花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

新潟県・新潟・新発田

新潟県の遊里跡、新潟、新発田を探索してきました。
「よるの女性街・全国案内版」では、市街中央を貫く東堀と西へ流れる西堀に挟まれた古町、東堀通、西堀などに置屋五十八軒、芸者百七十八名とある。


2017年再訪。

~~2016年5月再訪。古町界隈は殆ど変わらぬ佇まいでした。~~

↓初三郎の鳥瞰図のも描かれている料亭鍋茶屋です。当時は堀割に囲まれていました。

2006_0427_134952AA.jpg
(06年)

↑↓鍋茶屋

2006_0427_135103AA.jpg
(06年)

20160515_141036.jpg
(16年)

20160515_140956.jpg
(16年)

20160515_141210.jpg
(16年)

↓古町界隈の町並み

2006_0427_135309AA.jpg
(06年)

2006_0427_135332AA.jpg
(06年)

↓西堀通に在る三業会館

2006_0427_145547AA.jpg
(06年)

2012_0418_083433AA.jpg
(06年)

2006_0427_145514AA.jpg
(06年)

↓十四番町界隈
古町通り、商店街を抜けると不自然に道幅が広い一画になります。

2006_0427_142609AA.jpg
(06年)

↓商店街から浄信院を眺めます。
十四番町遊廓が出来たのは明治31年、此所からの風景は絵葉書にも新潟遊廓として残っています。
(筑摩書房・遊廓をみる参照)

2006_0427_142350AA.jpg
(06年)

↑↓殆ど変わりのない町並みでした。
変わったといえばセンターラインが無くなっていました。

20160515_134225.jpg
(16年)

↓浄信院を背に十四番町を眺めます。「赤線跡を歩く・青本」の古い妓楼は無くなっていました。

2006_0427_141956AA.jpg
(06年)

20160515_133152.jpg
(16年)


↓十四番町浄信院参道に数軒の旅館が残っています。

2006_0427_142227AA.jpg
(06年)

2006_0427_142340AA.jpg
(06年)

↓寄附町界隈の町並み
「赤線跡を歩く・青本」に載っている寄附町の建物です。

2006_0427_141430AA.jpg
(06年)

↓横から眺めてみました。

2006_0427_141557AA.jpg
(06年)

↓2016年5月、廃屋のまま取り残されていました。
お隣には新築のお宅がありますが、今にも崩れそうな雰囲気です。

20160515_134026.jpg
(16年)

20160515_133828.jpg
(16年)

20160515_134115.jpg
(16年)

↓本町界隈近くで見つけた成人映画館。

20160515_135149.jpg
(16年)

20160515_135343.jpg
(16年)

↓新潟駅前、ビルに囲まれた小路がありました。

2015_1113_150401AA.jpg
(15年)

2015_1113_150415AA.jpg
(15年)

2015_1113_150112AA.jpg
(15年)

2015_1113_150200AA.jpg
(15年)

2015_1113_150439AA.jpg
(15年)

↓オマケ・新潟探索後、新日本海フェリー「あざれあ」乗船。
敦賀に向かいました。




☆新発田界隈の町並み
全国遊廓案内によると新発田遊廓は駅より西へ十三丁、「神明社前」で下車するとある。
貸座敷十九軒、娼妓百十八人記載あり。
↓新発田「明神前」で見つけた料亭と思われる建物です。

2006_0427_115607AA.jpg
(06年)

↓アーケードがちょっと邪魔ですね。

2006_0427_114655AA.jpg
(06年)

2006_0427_115513AA.jpg
(06年)

2006_0427_115221AA.jpg
(06年)

2006_0427_114254AA.jpg
(06年)

2006年4月27日・2015年11月13日・2016年5月15日

スポンサーサイト

PageTop