花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

福岡県・小倉・折尾

福岡県の遊里跡、小倉を探索してきました。


2017年再訪。

↓旧小倉駅(現西小倉駅)から、木橋に復元された常盤橋を渡り、現小倉駅に向かう途中に明治期に設けられた芸娼妓所、舟町があります。現在はソープ街になっています。

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↓室町通り商店街

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↓船頭町界隈

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↓駅前路地裏の入口です。数年後には再開発されてしまうのでしょうか?

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↓駅前路地裏を入ったところに成人映画専門館がありました。「薔薇族映画」上映中です。

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↓駅前のアーケード

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↓旧大正町で見つけた趣のある建物。

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↓趣のあるモスバーガー

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↓古船場町(三本松)にある無法松の石碑。

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↓折尾駅駅舎

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↓折尾駅前の飲み屋街

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2007年1月25日




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福岡県・門司港


2017年1月12日再訪。


帰路は新門司港から阪九フェリー「ひびき」で泉大津まで向かいます。

福岡県の遊里跡、門司港を探索してきました。
↓馬場遊廓に繋がる東本町の通りと商店街のアーチ。現在は面影が無く、テナントビル化したスナック、小料理店が点在しています。

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(05年)

↓錦町の銭湯。昭和10年築の銭湯は現在は閉店していました。

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(05年)

↓錦町の和風建築の銭湯。

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(05年)

↓「門司港レトロ散策マップ」にも紹介されている木造3階建ての建物が3軒建ち並ぶ路地。奥行きのある建物の裏口部分が現在の玄関となっています。

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(05年)

↓木造3階建ての建物が3軒建ち並ぶ路地裏。

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(05年)

↓木造3階建ての建物が3軒建ち並ぶ路地。

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(05年)

↓路地裏に面影のある玄関が残っています。
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(05年)

↓木造3階建て建物の玄関
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(05年)

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(05年)

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(05年)

↓豆タイルのある玄関

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(05年)

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(05年)
 
↓門司港駅舎、この日は雪まじりの冷たい雨で、凍えての探索でした。
九州鉄道記念館で暖をとりました。

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(05年)

2013年8年ぶりに門司港再訪。
今回は大阪南港からのフェリー旅、大洋名門フェリーで片道6700円と泊分含めると安いが、シティライントラベルのツアー扱いだと更に格安、サンフラワー弾丸同じく往復&門司駅迄の無料送迎バス、関門海峡1日フリーパスポート付きで8800円です(2013年)。

↓南港19:50出港のフェリーきょうと2で出発します。

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↓等級は最安のエコノミーですが、空いていれば快適空間です。
サンフラワーと比べるとマットが薄い。空いていたので2重にしました。

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↓パブリックスペースも広々。1日二便就航ですが、遅い時間の2便の方が設備は良いみたい。

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↓船内レストランのアルコールメニューもコンビニ価格。
レストラン内に自販機もある船もありました。食事はバイキングスタイル(夕食1500円)。
ワタクシは黒霧島紙パック購入。翌日の便で残りを飲む。氷、水は無料です。
今まで飲まず嫌いだった芋系が好きになりました。

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↓門司から門司港迄はJR、8年ぶりに門司港の遊里跡に向かいます。
二棟は完全になくなり(多分・・・)、新築のお宅、駐車場になっていました。

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↑↓前回では見落としていましたが、表通りの薬局と同じ建物なんですね。

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↓商店街に戻ります。此方の食堂は「しばらくの間だ休業致しますの」張り紙。

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↓三宣楼は修復保存工事中(因みに門司港駅舎も修復工事中)。

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↓修復工事中の門司港駅舎、現在は見る事が出来ません。
(2015年5月現在)
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↓2015年再訪。
三宣楼の修復は終え一般公開されていました。
観光客の皆さんは門司港レトロで港側メインに散策しますが、此方エリアの町並み探索も面白い。
見学無料、殆ど貸切状態でした。

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↑↓お玄関を入ると二階へ上がる階段と一階の客室になります。

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↓階段脇の下地窓。元、帳場だった所が展示室のなっています。
また、此方の窓にはちょっとした秘密が隠されています。

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↑↓お客さんの出入りを確認する為の覗き穴ならぬ覗き窓になっているのですね。

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↓お二階の大広間、大舞台、格天井(通称 百畳間)です。

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↓一階展示室の一部です。

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↓オマケ
今回も南港からの名門大洋フェリーきょうと2で門司入り。
朝焼けが綺麗でした。

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2005年2月24日・2013年11月14日・2015年5月14日・2016年1月12日


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福岡県・博多大浜

福岡県の遊里跡、博多大浜を探索してきました。
2002年・2016年再訪。

↓旧博多港に面した大浜は、博多のもう一つの遊廓跡であり潮風が心地よい。
現在は地下鉄呉服町付近。
博多駅が現在の位置に移動するまでは駅からも歩いて行ける距離だったという(02年)。

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↓旅館「西海荘」、窓枠などに豆タイルの装飾を施している。
ストリートビューだと14年頃までは在ったと思われますが、現在は更地になっています。(更地クリックで現在の様子がご覧いただけます)

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(02年・現存せず)

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(02年・現存せず)

↓化粧タイルの建物

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(02年・現存せず)

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(02年・多分現存せず)

↑↓ 下のオブジェのような物のあるお宅は路面に面しているので確認出来ましたが、
上のブルータイルの建物は赤いオブジェの私有地内路地だったと思います。
02年は図々しく入って行きましたが、今回は遠慮させて頂きました。

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(02年・現存せず)

↓赤線跡を歩く・青本に載っている大衆食堂。

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(02年・現存せず)

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(02年)

↑↓16年再訪。02年と変わらず現存している建物も在りました。

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(16年)

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(16年)

↓地下鉄呉服町駅の程近く、
選擇寺(せんちゃくじ)には博多柳町遊郭の遊女雪友の墓があります。
ネットの情報では寺の過去帳には580人の遊女の記録があり、
選擇寺は元々遊女の投げ込み寺だったようです。

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↓その中でも遊女雪友は手厚く葬られたようです。

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また、ネット情報では

~~柳町の歴史
江戸初期、現在の福岡市博多区下呉服町に藩公認の遊郭として開始。1907(明治40)年ごろ現在の中央区清川に移った。売春防止法施行により、1962(昭和37)年ごろまでにその名を消した。~~

と、言うことなので、元々の柳町は此所大浜であったのかなと思います。
なので、先に探索した新柳町に「新」が付いているのでしょうかね。

2002年12月12日・2016年1月13日

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福岡県・博多新柳町

福岡県の遊里跡、新柳町を探索してきました。
2002年・2016年再訪。

博多の台所と言われている柳橋市場。遊里跡は市場向側の大門通り、
那珂川に沿って和洋様々なお店が揃っていたという。
大正4年には貸座敷47軒に650人の女性がいたとされている。

↓柳橋連合市場

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(02年)

↓料亭「三光園」

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(02年)

↓大門通りロータリーのある十字路。
角地に建つ長屋風の建物だが工事中なのが残念です。

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(02年)

↓此方もロータリー反対側の建物

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(02年)

↓路地

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(02年・現存せず)

↓川端通りの建物

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(02年・現存せず)
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(02年・現存せず)

↑↓グリーンタイル部分に屋号が残る。
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(02年)

↓木造3階建ての建物

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(02年・A)

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(02年・B)

2016年14年ぶりに博多新柳橋を再訪してきました。
数軒の建物は無くなっていましたが、町並みの感じは余り変わっていませんでした。

↓ロータリーは綺麗に整備されていました。

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(16年)

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(16年)

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(16年)

↓三光園の佇まいはそのままに、その回りにスナック等の飲食店が点在しています。

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(16年)

↓(02年・A)の建物はそのままに、屋号とテントがなくなっていますね。

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(16年)

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(16年)

↓(02年・B)の路地、右側の店舗は外壁が綺麗になっていました。

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(16年)

↓此所のスナック群は02年の時には撮っていなかった。
見落としだったか、現駐車場の場所に建物が在ったかで撮らなかったのかな。

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(16年)

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(16年)

↓かつては大店だったと思われる三階建ての建物。

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(16年)

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(16年)

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2002年12月12日・2016年1月13日

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福岡県・八幡

福岡県の遊里跡、八幡を探索してきました。
かつて此辺は一帯に工場地帯であって、
急激な発展を遂げ人口は既に十万を突破している有様である。
従って遊廓の発展も素晴らしく、大正四年当時は、僅か数軒の同業者に過ぎなかったものが、
今日では(昭和五年当時)26軒270名に増えている。
(全国遊廓案内)
また、昭和三十年代記載では100軒、400名となり、
一大歓楽街だったと想像できますが、現在は殆ど名残は残っていませんでした。
此所はこうだという特定も出来ませんので、昭和の名残残す建物を探し探索してみました。

↓枝光駅より探索開始。
遊里だった白川町へは1キロほどの距離です。

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↓界隈の区画は今も昔も変わって居ないような気がします

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↓かつてはスナックだったと思わせる建物。
左の窓枠だけが何故かサッシではないですね。

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↓此方も以前はアパートか飲食店入居の建物みたい。
現在は学習塾と駐車場になっていました。

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↑↓中央部分の意匠が何ともいえません。

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↓メイン通りと平行する裏通りに、かつては旅館か料亭だったと思わせる建物がありました。

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↑↓廃屋のようですが、外壁の長さからしても、かなり大きなお宅のようです。

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↓隙間から一寸だけお庭を拝見。植物が蔓延ってジャングルのようでした。

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↓商店街の昭和チックな建物。
理容室から定食屋までの流れが良い雰囲気を出しています。

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↓よく見ると定食屋さんは木造三階建てのようです。

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↓殆ど名残を見つける事の遊里探索。
折角なので緩やかな坂道を上ってみました。

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↓他の方のサイトによるとこの門柱のある現駐車場は
以前は病院だったそうです。

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他の方ついでにもう一つ。毎回の事ながら今回も見落とし1件。
廃屋旅館に気を取られていた為、北側の路地を探索しなかったこと。
帰宅後地図サイトで確認。転業アパートみたいな建物が在るんですよ。
悔やまれるのは途中までしつつも、殆ど住宅街だったので引き返してしまったのです。

↓気を取り直して枝光商店街。
商店街西側にはジェットコースターやらスペースシャトル等を望む「スペースワールド」何ですけれどね。
此方はとても懐かしい商店街です。

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↓オマケ
今回の行程は初LCCにて福岡へ向かい、
新門司港から名門大洋フェリー~南港~京都から新幹線の行程でした。
LCC福岡往復より割高かつ時間も掛かりますが、エアホだけでは面白くもなく、
九州と畿内両方を愉しめるということなのです。
まあ、八幡遊里はその途中に在ったのでちょうど良かった。

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↓翌朝の明石海峡大橋。快晴でした。

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2015年9月10日












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福岡県・若松

福岡県の遊里跡、若松を探索してきました。

初めて訪れたのは2005年の事、
赤線跡を歩く・青本(初版2002年9月)を見てからだったと思います。
2005年探索時、新地通りの旅館宵月は残っていましたが、袖看板は外され屋号も分からなくなっていましたが、どうにか辿り着くことが出来ました。2015年10年ぶりに再訪。ネット上での噂では解体されたと言うことでしたので、元々在った場所を確認しようと思いつつつ、自ら撮った画像を参考に探索してきました。

↓若松界隈
赤線跡を歩く・青本「若松」でも紹介されている宵月のカフェー式の建物。

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(05年)

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(05年)

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(05年)

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(05年)

↑↓かつて宵月旅館が在った場所。若戸大橋と電柱が目印でした。

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(15年)

↓もうちょい引き下がると、ちどり横町という呑み屋街になりますね。

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(15年)

↓とある場所で見つけた昭和33年の商業地図。失礼かと思いつつデジカメしてしまいました。
「宵月」の場所分かりますか?その当時新地通りには既に歓楽色は余りありませんが、
並びのちどり横町、屋台横町等に囲まれ、少なからずも色街が残ります。

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↑↓若松界隈、港のそばの呑み屋横町。
上の商業地図にも記載されている(右下)屋台横町ですが、
2015年再訪時には現存せず、有料老人ホームに建て替えられていました。

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(05年・現存せず)

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(05年・現存せず)

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(05年)

↓明治9年に貸座敷免許地に指定されたという連歌町(中川町)には
現在名残は全く残っていませんでした。
渡船場で見つけた若松観光案内板に連歌町跡と記されていました。

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↑↓連歌町の入口だったと思われるえびす市場界隈、
33年の商業地図だと映画館、キャバレー等が軒を連ねているのが分かりますね。

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↓本町の料亭金鍋は国の有形文化財に登録されています。

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↓若戸大橋、今回は戸畑から若松まで渡船でまわりました。

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2005年2月23日・2015年5月14日



 

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福岡県・戸畑

福岡県の遊里跡、戸畑を探索してきました。
05年から10年、豆タイルの建物は殆ど姿を消し、名残は無くなりつつあります。
「赤線跡を歩く」青本での戸畑のページ、
現存しているのはP38の「玄関回りに残っていた飾りの跡」のお宅のみのようでした。

↓戸畑駅前

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(05年)

↓戸畑界隈

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(05年・現存せず)

↑↓空き地に変わっていました。

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(15年)

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(05年)

↑↓此方の呑み屋街は現在も残っていましたね。

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(15年)

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(05年)

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(05年)

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(05年・現存せず) と思うのですが、残っていたら失礼しました。

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(05年・現存せず)

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(05年)

↑↓渡船場近くの建物。
コンパクトデジカメですが、地元住民以外殆ど歩いていない住宅街では、やはり撮りづらいですね。

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(15年)


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(15年)

↑↓此方からの眺めも変わりましたね。

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(05年)

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(05年)

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(05年)

↑↓駅から渡船場に向かう右側、烏旗町の旅館(営業はしていない様子)
はそのままに。

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↓此方も10年ぶり、若松に渡って来ました。

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若松界隈を探索します。



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福岡県・二日市

福岡県の遊里跡、二日市を探索してきました。
「よるの女性街・全国案内版」によると、博多駅から二七分の二日市で降りた武蔵温泉。延寿館など旅館十二軒に入る芸者が二十名とある。当時は見番もあったのだろう。現在は歓楽色もなく、数軒の老舗旅館がある。
二日市界隈の町並み
↓延寿館の「別館」として建てられたのが、現在の玉泉館だそうです。

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↓旅館通用門から覗くステンドグラス、浴室の装飾でしょうか?

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↓玉泉館さんの脇道、正面に丸清旅館さんが望めます。

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↓昭和の面影残す素敵な佇まいです。

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↓現在の二日市温泉街メインストリート

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↓メインストリートに在る大丸別荘さん。立派な老舗旅館です。

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↓JR二日市界隈を探索です。遊里がこの辺りにも在ったようですが、
二日市八幡宮の参道に木造三階建ての建物が在りました。現在1階部分は飲食店になっています。

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↓界隈は呑み屋街にもなっているようです。

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↓二日市八幡宮
八幡宮を背に歩いて行くと商店街を挟み木造三階建ての建物に辿り着きます。

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2012年4月22日

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福岡県・大川若津

福岡県の遊里跡、大川若津を探索してきました。
国の重要文化財昇開橋の程近く、料亭、旅館が残っていました。

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↓メインストリートには数件の旅館が軒を連ねます。多くは営業をしていないようです。

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↓サッシの中の丸窓

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↓旅館新盛は「全国遊廓案内」にも屋号が掲載されています。

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↓和洋折衷風の玄関付近

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↓裏側から見た風景

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↓中央部分坪庭から松の木が覗けます。
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↓オマケ

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2011年5月8日

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福岡県・久留米

福岡県の遊里跡、久留米を探索してきました。
↓水天宮に行く途中、池町川畔にある旅館です。営業はしていないようでした。
この旅館は「赤線跡を歩く・2」にも載っています。

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↓反対側からの眺め。

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↓昭和30年代に遊里として栄えた水天宮瀬ノ下町、現在は殆ど名残が在りませんでした。

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↓水天宮門前

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↓JR久留米と西鉄久留米の丁度中間にある六ツ門町、日吉町界隈、
六ツ門町路地裏には飲食店が建ち並んでいました。

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↓再開発地域に指定されているようです。空き店舗も目立ちます。

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↓橋の袂の呑み屋街

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↓「赤線跡を歩く・青本」の久留米に載っていた原古賀町、現在の街並みです。

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↓住宅街の中で見つけた小さな祠、当時の名残でしょうかね。

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2007年1月24日

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