花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

大分県・かんたん・豊後竹田

大分県の遊里跡、「かんたん」を探索してきました。


2016年かんたん再訪。


遊里跡ではありませんが、豊後竹田の町探索はこちら。

↓以前は大分より別府市内を結ぶ大分電鉄線が走っており、
旧港町の「かんたん」という街に遊廓があった。

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(03年)

↓妓楼があったと思われる大通りの建物も姿を消してゆくのだろうか、空地、駐車場が目立ちます。

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(03年)

↓大分港を望む大通りには木造2階建ての建物が残っています。

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(03年)

↓アパートとして活用されているようです。

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(03年)

↓かんたん町で見つけた解体跡の空地。タイルが残っていました。

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(03年)

↓旧港町にある古い建物は新しくレストラン等にリニューアル中です。

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(03年)

↓2013年かんたん再訪。此方は時代がとまったかのように殆ど変わっていませんでした。
かんたん町の町並み(13年撮影)。

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(13年)

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(13年)

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(13年)

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(13年)

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(13年)

2003年5月21日.2013年3月8日・2016年8月3日


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大分県・別府

大分県の遊里跡「別府」探索してきました。

↓別府・浜脇温泉。別府八湯の一つに数えられている浜脇温泉はJR東別府駅近く、
朝見川の袂に数軒の建物が残っていました(03年)

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(03年)

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(03年)

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(03年)

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(03年)

↓2013年10年ぶりに別府を再訪。NHKbsプレミアム「新日本風土記・別府」で浜脇界隈が以前遊里だったことが紹介されていたので、過去に撮った画像と確認しました。10年前は半信半疑ながらのアップでした。
此方のお宅は10年前と殆ど変わらず。新日本風土記でも映っていましたね。

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↓新日本風土記の中で紹介されていた「二幸荘」は旧遊里の建物そのままに、
仮装が出来る宿としても有名だとか。奥の提灯がある旅館です。

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↓裏から見てみました。コの字型で坪庭があるのでしょうかね。

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↓03年年前探索はスピード探索でかなり見落としもありました。
空地等も多いのですが、ちょっとした路地裏も良い雰囲気を醸し出しています。

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↓オマケ
今回別府行きの行程は東京東海道昼特急高速バスにて畿内入り。その夕刻南港から別府行きのさんふらわぁフェリーにて別府でした。ツアー名「弾丸フェリー」で別府泊なし。早朝着いて夕刻帰る。
画像は帰路の明石海峡大橋です。

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↓もう一つオマケは帰路の高速バスターミナル近くの梅田貨物駅。廃止になってしまったんですよね。と言っても関東人間なので余り愛着もなし。バス乗り場から近かったのでついデジカメしてしまいました。
(13年)

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↓すっかり更地になってしまいましたね。これから再開発なのでしょう。

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(15年)

↓BS-TBS 湯のまち放浪記「別府」では浜脇界隈の遊里跡を紹介。
当時の屋号も確認されました。

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↓画像真ん中辺りの空き地にはつい最近まで「てんぐや」という妓楼が在ったそうです。

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↓2015年再訪。
浜脇の妓楼は2015年10月、まだ残っていました。
遊里跡のネット情報は最近数あれど、情報古いと現在空地&駐車場の可能性大ですからね。
今後サブカルチャー等のご趣味で訪れる方は最新の日付画像に注意しましょう。
当方サイトの画像はクリックで撮影日時が確認出来ます。

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↓別府駅前通から、竹瓦温泉に抜ける路地裏、北浜界隈は別府の歓楽街。
スナック、呑み屋が軒を連ねる一画です。

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↓早朝の竹瓦温泉。人も疎らです。

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↓駅近くのピンク映画館。

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↓オマケ・パート2
今回の別府行程もさんふらわぁ別府弾丸。
遊里跡探索よりもフェリーしたかったのです。
早朝到着で杵築巡り、空き時間で別府探索。
別府再訪エリアも愉しめました。
此方は早朝の別府の町並み。

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↓2度目の別府弾丸、前回は名門大洋フェリー帰路1便だったので、夜景ではなかった。
画像では余り感じ取られませんが、出港して暫くは別府の夜景を満喫出来ます。
なだらかな別府温泉街夜景がとても綺麗でした。

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2003年5月21日・2013年3月9日・2015年10月7日

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大分県・杵築

大分県の遊里跡、杵築を探索してきました。
今回の遊里探索はネットでの前情報は全く入れていませんでした。

大分県の中ではまだ訪れた事のない杵築か豊後竹田か迷いましたが、
滞在時間の関係で杵築に決定。
まあ、今回は一般の観光を目的(フェリー乗船含む)としていたのでしたが、城下町という場所柄、
遊里が在っても不思議ではないという期待は多少ありました。

↓まずはお決まりの観光コース、酢屋の坂、塩屋の坂からスタートです。

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↓杵築城、お天気快晴でとても爽やかでした。

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↓さて、観光地図看板を眺め、何処かしら遊里風情を感じさせられる場所を探しましょう。
町名的には新地、新町、祇園、梅が枝などの町名が可能性大。寺社仏閣の参道も含みます。

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↓富坂界隈。観光マップには載っていませんがレトロな洋館、文具店がありました。

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↑↓此方の「柳家」さんは結構立派な佇まい。
仕出しやも兼ねていたようですね。

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↓ショーウインドウ?の中も中々レトロです。
ちゃんぽん650円というのも気になりましたが、
何かあまり営業している様子もなかったんだよね。

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↑↓逆光写り込み入って失礼致します。

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↓折角なので八坂神社にも訪れ。
玉垣チェックでしたが参考となる物はありませんでした。

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↓それでは一番気になる場所に訪れてみましょう。
最初の観光看板地図に戻り、富坂上、八坂神社、礼の辻辺りを見てみると、
何となく区画が違う場所があります。
一寸気になる建物。
観光地図には「近藤家」と記載されている建物が見えてきました。

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↓近藤家というのは「近藤産婦人科」で、現在は廃屋になっています。
表玄関のファサードは洋風になっていますが、奥の和風木造三階建てが気になりますね。

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↑↓地図サイトで確認すると、産婦人科と奥の木造家屋は同じ敷地内でした。

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↓武家屋敷を案内されている方に、さり気なく伺ったところ、
どうやら杵築の遊里(遊廓)は此方の場所にだったようです。
それにしても立派な和洋折衷の建物ですね。

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↑↓木造家屋丸窓にバルコニー。
それも手摺り部分が、石かコンクリートの様にも見えます。
バルコニーからは海も望めた事でしょう。

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↓木造家屋のお玄関。初めは産婦人科棟と木造家屋とは別のお宅かと思っていましたが、
地図サイトによると同じ敷地内にあるようです。緩やかな下り坂です。

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↓お勝手口だったんでしょうね。

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↓勝手口から伸びる緩やかな下り坂を巡ってみました。
左の木造家屋が近藤家になります。

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↑↓ 火防(ひよけ)・火伏せの神として広く信仰された秋葉神社の祠があります。

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↓オマケ
今回も九州別府は南港からの弾丸フェリー別府でした。
杵築探索、別府温泉浸かり帰路。
画像は別府観光港到着前の日の出と停泊中のさんふらわぁ こばると。

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2015年10月7日

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大分県・中津

大分県の遊里跡、中津を探索してきました。
「よるの女性街・全国案内版」によると、芸者は市内中央の桜町界隈にあって275名。但し、五分の四は芸者というより酌婦級である。と記載されている。

↓取りあえず中津駅より歩くこと10分ほどの桜町を探索してみた。

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↓地図サイトで確認すると、二軒の割烹料理店が在るのが分かります。

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↓桜町の中央部分に位置し、かなり大きな割烹旅館みたいですね。
四つ角横から眺めて見ました。

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↓もう一軒の割烹料理店、ここ桜町は中津城からも近く、丁度寺町に挟まれた場所に位置します。明蓮寺参道、お寺の参道が遊里というのはよく在るのですが、参道の北側は福澤諭吉旧居というのも興味深いですね。

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悔やまれるのは、毎度見落とし町名「桜町」ばかりに気を取られ、料亭筑紫亭を見ていなかった事です。

↓中津駅前から寺町、桜町、中津城に行く途中、商業地図を見てもスナック、飲み屋街がとても多いです。
中津名物鶏唐揚げ屋は見当たらないですね。

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↓此方の建物より歓楽色が強くなって来ます(商業地図とてらしあわせて見て下さい)。
駅北口から寺町、中津城方面へは緩やかな扇状になっているで、土地勘無いと迷いそうです。

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↓寺町通りの裏側(南側)には昭和の名残残す飲み屋街がありました。
鑑札プレートは見当たらなかったなぁ。

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↓廃業、貸店舗看板も多いですが、ワタシ好みの飲み屋街です。

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↓中でもこの幾何学模様のタイル建物、とても良い雰囲気を醸し出していますね。

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↓宮島通りの建物、瓦葺きの屋根を見ると何気に古そう。

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↓外壁リニューアルして数軒のスナックが入居しているみたいですね。

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2014年1月28日








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大分県・大分

大分県の遊里跡、大分都町を探索してきました。
「夜の女性街・全国案内版」によると、大分市内中央にジャングル公園という変わった名の公園があり、その近くの魚町界隈が花柳界である。出先料亭40軒に芸妓67名。
現在大分駅より徒歩10分程のジャングル公園界隈近くには「魚町」という地名はない。1945年7月16日の大分空襲では、大分市の中心市街地は壊滅的被害を受けたとあり、魚町も含まれているが「都町」の名はないので、町名変更などで変わったと思われます。その界隈「都町」が大分市最大の歓楽街のようです。

↓大分市内規模にしては都町の歓楽街はとても大きい。
城址公園より広いのではないかな?
ジャングル公園程近く、如何にも昭和の風情残す呑み屋街がありました。

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↓殆どがテナントビルなので、余り面白そうな建物もありませんが、
早朝だとお帰りの従業員さん、朝まで飲んでいたお客さんの姿もちらほらですね。

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↓通りすがり、風のようにデジって去ります。

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2014年1月28日





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大分県・豊後高田

大分県の遊里跡、豊後高田を探索してきました。
かつては国東半島一賑わいをみせていた豊後高田。
その後、大型店の郊外への出店や過疎化のために衰退し寂れていった。
昭和の町商店街は現存している建物をあえて昭和30年代の町並みに再現した町おこしの商店街です。かつて賑わいをみせていた町には必ず歓楽街もある。と言う定説に豊後高田をぶらり。観光案内所で配られている「昭和の町散策順路のご案内」地図の枠外に高田の歓楽街がありました。

↓まずは豊後高田のバスターミナルから探索開始です。

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↓メインの商店街からちょっと奥まった外れに映画館があり、
その周辺が呑み屋街としての町並みが形成されているようです。

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↓神社仏閣参道も歓楽街になりがちですね。

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↓町おこしとは関係なさそうですが、スナックの軒数が意外と多いです。

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↓呑み屋街集合テナントになる前は、この様な小店が軒を連ねていたのでしょうね。
路地裏に残る最後の物件。廃屋のようでした。

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↓この銭湯、営業はしていない様子です。

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↓今回豊後高田へは宇佐駅より路線バス利用。
宇佐の駅前にはかつては旅館だったと思わせる佇まいの建物がありました。

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↓旅館のお玄関と食堂の入口が分かれているような造りですね。
此方は旅館の玄関かな?

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↓豆タイルに彩られた丸柱は食堂だったのかと勝手に想像してしまいます。

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↓オマケ・宮島上空
快晴だったので中国地方の瀬戸内側が一望出来ました。

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2014年1月28日

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大分県・臼杵

大分県の遊里跡臼杵を探索してきました。
臼杵を訪れたのは10年前の事、当時は遊里探索は程々に臼杵磨崖仏目的で大分空港からレンタカーしました。
磨崖仏拝観後訪れたのが臼杵駅で、何気に撮った町並みが現唐人町であり、以前は遊里であったことをネット情報で知り今回の再訪です。

↓2003年臼杵界隈の町並み。
上臼杵駅からスタートです。

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↓唐人町界隈は現在も呑み屋街になっていました。

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↓此方二軒のスナックは今回訪れ時には見つけることが出来ませんでした。
時間情報でも然程離れていないことは確かなのですけれど・・・。

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↓今回2013年臼杵界隈の町並み。
路地などは殆ど変わっていませんでした。
10年ぶりの再訪で、路地の参考になったのが呑み屋の屋号ですね。
「木屋」「ゆふ」は変わらぬ佇まいでした。

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↓鳥料理「ゆふ」は大正二年建立の木造三階建ての料理屋さんです。

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↓横から眺めて見ました。

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↓此の「ダーリン」の屋号は03年の画像でもちょこっと写っていました。

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↓臼杵界隈の町並み。

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↓唐人町のお隣、掛町の呑み屋街。

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2003年5月21日・2013年3月8日









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大分県・日田

大分県の遊里跡、日田を探索してきました。幕府の天領として栄えた「日田」です。
ここでは遊里跡と言うよりも、現在に残る建物をお愉しみ下さい。
↓旧豆田町検番(大正12年築)です。
この資料館の展示物には、当時実際に使われていた勘定帳、生活道具などが展示されています。

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↓旧豆田町検番

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↓昭和9年築の薬局

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↓横から眺めてみました。

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↓市山亭懐古館(寛永5年築)は旧料亭、館内を公開しています。

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↓検番のお隣の旧船津歯科医院、大正3年築の3階建て洋館です。

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↓日田豆田町界隈

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↓豆田町とは反対方向の日田温泉街、営業をしていないスナック。

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↓温泉街の趣のある建物。

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↓温泉街のスナック

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2007年1月24日








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