花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

鹿児島県・鹿児島

2016年10月再訪してきました。
此方の記載と被りますが、スライドショーにしてみました。
かの有名なカフェスタイルの建物は更地になっていました。



↓鹿児島県の遊里跡、旧塩屋町を探索してきました。
旧塩屋町に廓が設けられたのは明治の半ば頃。昭和初年には二十三軒の妓楼と娼妓約三百五十名という。
当時の沖の村遊廓跡、メインの通りより外れた場所は現在ソープ街になり、ひっそりと当時の面影を残す建物が残っていました。

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↓モルタルモザイク調の建物も、奥行き部分は木造建築です。

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↓呑み屋のある小路

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↓行こか戻ろか「思案橋」。全国津々浦々花街の入口に多く見られる思案橋です。

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↓赤線跡を歩く・青本 P77の妓楼は更地になっていました(05年)。

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↓思案橋から城南交番を見る辺りに沖の村遊廓、大門があったと思われます。当時のメイン通りはローソン側、
現在はマンション、スーパー等が建ち並んでいました。

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↓南九州梅雨明け前日。暑い暑いと言いながら、探索歩いた歩数27448歩!天文館路地甘味処で地元のオバサマ達にまじって「白熊」を食す。ちなみにこれは「こぐま」です。

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2005年7月13日



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↑↓2011年再訪。モザイク調の建物は残っていました。

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2005年7月15日・2011年2月25日・2016年10月27日






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鹿児島県・奄美大島

鹿児島県の遊里跡(呑み屋街)、奄美大島を探索してきました。

はっきり言って情報は古いので悪しからず。

奄美大島を訪れたのは2011年、JALマイルがたまったので、
往路東京~奄美大島、復路鹿児島~東京のマイルで予約。
その奄美大島~鹿児島間をフェリー乗船と思った遊里旅行程でした。

同じ空港往復よりも割高になる旅計画ですが、
エア無料なので、ケチな私がフェリー代を別途奮発してしまいました。

↓奄美大島名瀬、唯一の歓楽街、呑み屋さんが軒を連ねています。

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↑↓もっとあばら屋的な呑み屋街を想像していたのですが、もしかしたら見落としだったのかな?
全体的に小綺麗なお店が並んでいました。

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↓遊里跡探索は程々に、翌日はガイドさんお願いして金作原(きんさくばら)原生林に来てみました。
メジャーな沖縄那覇よりエアホツアーだと割高な奄美大島なので、町歩きだけでは勿体ない。
基本的に広く浅くなのです。専門家ではないのですからね。

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↓でもやっぱ気になるのが、遊里情報。
たまたま訪れた奄美大島博物館には「遊女の図」がありました。
これってどう見ても琉球の絵面ですよね。

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↓ホテルから見た名瀬港の様子です。

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↓奄美大島1泊し翌日夜にマルエーフェリー「なみのうえ」にて鹿児島へ。
フェリー乗船はこれが初めてだったかも知れません。
翌、此って最近噴火した「口永良部島」なのかな?
多分、そう思っています。

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↓開聞岳も海上から見るとこの様な感じですね。
お天気快晴で良かった。

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↓桜島も市内から見るのと違いますかね。

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↓多少遅れたものの、無事鹿児島に到着しました。
マリックスラインを望みます。

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↓下船。初めての長旅フェリーを愉しめました。
乗船は2011年ですが、この「なみのうえ」は乗船後韓国 (2013 - 2014)に行き、
セウォル号となり今も海底に沈んでおります。

~~この度は、誠にご愁傷さまでございます。心からお悔やみ申し上げます。~~

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↓鹿児島到着後、鹿児島の遊里跡を探索しました。

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~~以降の遊里跡探索は旧塩屋町にて続きます。

2011年2月25日

毎回ほろ酔い加減更新で失礼いたします。
後日誤字脱字はなるべく気が付いたときに直しますのでご了承下さい。

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鹿児島県・志布志

鹿児島県志布志の歓楽街を探索してきました。
前回の南港~別府に引き続き、弾丸フェリー第2弾は鹿児島県志布志、日南線の終着駅にあたります。

↓日南線は油津までは乗車した事があり、
油津~志布志を乗車すると乗り潰しする事も出来ましたが今回はパス。
海路での志布志探索旅です。夕刻大阪南港を出港すると翌日9時前に志布志に到着します。

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↓フェリーターミナルから町中(駅)に行くにはタクシーか徒歩、路線バスはありません。
距離にして2キロ弱なので徒歩圏内ですね。駅舎は想像していたより小さかった。

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↓駅前通りのレトロな理容室。営業はしていない様子です。

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↓駅より数分の所に呑み屋が集まる歓楽街がありました。
その名も「銀座街」。

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↓どことなく南国チックな呑み屋街です。

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↓建物自体結構新しいので、かつては細々していた呑み屋街をテナント呑み屋街にしたようですね。
此方のスナックは新たな店舗に移っていました(同じ屋号)。

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↓志布志駅観光案内所にて無料のレンタサイクルを借り、町中探索に出かけました。
と、言っても滞在時間7時間は長すぎた。

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取りあえず観光案内マップにある寺社仏閣、文化財的な建物を巡ってみる。

↓大正6年(1917年)建築の東郷医院、現在は閉院されています。
当時は志布志唯一の洋館だったそうです。

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↓此方も病院、中島病院はガラスも割れかなり荒れています。
もじゃハウスになりつつあります。

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↓廃墟になったホテルのような建物もありました。

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↓今回志布志の町で一番のお気に入りの建物は此方。
幹線道路から見ると飲食店ビルですが。

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↓路地を入ると2軒のスナック(共に廃業)。

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↓そのお隣は旅館のお玄関のようにも見えます。

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↓そして一番の謎がこの建物ですが、出入り口がふたつ、中央に屋号を掲げた看板の跡、サタデー・ナイト・フィーバーをイメージしたイラストは何なんでしょうね?巷に良くある落書きでもなさそう。
映画自体70年代後半なので、それ以降80年代は賑わっていたのでしょうか?

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↓お隣が空き地だったので横から眺めて見ました。
此のフィーバー建物から幹線道路まで同じ敷地なのです。

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2013年9月12日

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