花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

沖縄県・牧志・辻


2016年再訪と、


本部港までフェリー乗船です。

那覇の遊里跡、牧志・辻を探索してきました(02年・04年・10年・15年・16年)。
~~2010年探索より5年ぶりに探索、画像枚数の少ない辻界隈(04年)は追記から覗いて見て下さい~~

2010年6年ぶりの再訪。桜坂アーチの在った界隈は全く面影が無くなっていました。
↓この画像は2002年に撮影したものです。国際通りからの桜坂入り口のアーチ。

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↓牧志桜坂周辺(2004年)アーチは取り払われ、テナントビルが建設中です。

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↓同じく2002年に桜坂より国際通り方面を望みます。

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↓牧志桜坂周辺(2010年)定点観測ではありませんが、6年ぶりの桜坂界隈は広い道路が整備されていました。
唯一目印になるのが02年からある右側ピンクのビルです。

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↓2004年の風景。テナントビルに三越が遮られています。

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↓牧志桜坂周辺(2010年)

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↓牧志桜坂周辺(2002年)

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(02年)

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(02年)

↓スナック屋号あわせすると面白いかも知れません。
「古都」「左恵」の屋号は02年~15年と変わらず同じ場所に在りますね。

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(02年)

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(02年)

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(02年)

↓牧志桜坂周辺(2004年)
再開発中の桜坂、寅さんの映画看板が何とも良い雰囲気です。

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↓牧志桜坂周辺(2010年)以前は桜坂メインストリートだった路地も右側は広い道路に、
しかしながら6年経ってもまだ全通はしてない様子でした。

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↓反対方向から眺めてみました。

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↓此方の路地は02年と殆ど変わっていません。

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↓昭和の面影残る竜宮通りの路地。

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↓桜坂社交街のアーチ(2010年)

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2015年沖縄県を5年ぶりに探索してきました。
追記ですので当時の画像そのままに、差し込み&追記でアップ。
基本的に面倒くさがり屋なので、数枚ずつアップしていきますね。

↓牧志駅前再開発中。

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(10年)

↓駅前のホテルが完成していました。

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(15年)

↓竜宮通り社交街の通りも片側が工事中でした。

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(15年)

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(15年)

↓高層のホテル?が建設中。

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(15年)

↓高層ビルが建設中の中、解体が進むスナックもありました。
古都、左恵の隣のスナックですね。

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(15年)

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(15年)

↓この路地裏はかろうじて余り変わらない。
十和田の看板が目印ですね。

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(15年)

↓国際通りのシンボルだった沖縄三越も2014年9月21日に閉店してしまったようです。
覆われているのは那覇タワーの取り壊しみたいですね。

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(15年)

↓那覇辻界隈(04年)全国遊郭案内によると貸座敷十三軒、娼妓約百二十名とある。
現在はソープ店舗が建ち並ぶ歓楽街のようだ。
しかしながら、現役泡店舗にデジカメ向けるのは出来ぬもの、界隈面白そうな建物をデジカメしてみました。

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↓駐車場の壁に残されたエジプト風のオブジェ。

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2002年1月31日・2004年1月21日・2010年2月24日・2015年2月20日

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沖縄県・名護市

沖縄県は名護の歓楽街を探索してきました。

那覇バスターミナルから沖縄本島北のバスターミナル名護へは、3ルートあり、路線バスでは西ルート、東ルートと分かれ、高速バスではやんばる急行バスがあるようです(共に路線バス料金は2000円~2300円位)。島内交通手段ではレンタカーか路線バスなので、お得な切符もあまりありませんでした。今回はコザ十字路を第1の目標としたので路線バスは東ルート。
コザ十字路から名護に向かうバス車窓にも米軍基地=○○社交街を見つける事が出来ましたが、日も高くなってきたので、遊里跡探索にはちょっと不向き、場所確認をして名護に向かいました。因みに社交街がある町並みは、石川、金武だったような気がします。

↓名護市市街地入口付近、映画「がじまる食堂の恋」で、名護のシンボル「ひんぷんガジュマル」が迎えてくれます。
因みに路線バスもこの木の下をくぐります。

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↓ロケ地でだったのかな?がじまる食堂。映画も沖縄に行く前にDVDで観ましたが、まあ其れなり。舞台が沖縄なのに標準語だった(年寄りが字幕付けるほどの方言とは言わないが、もうちょっと沖縄っぽくても良いかと)。この映画って名護市がタイアップしているようですね。がじまる食堂の外観。

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↓名護は○○社交街のアーチはないものの呑み屋街が軒を連ねる歓楽街はありました。
お昼過ぎなので何処も閑散としていますね。

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名護市から路線バスで20分ほど、本部町のスナック街を探索します。
かつては近隣の離島を結ぶ本部港を中心に栄えていましたが、伊江島へは本部新港、伊是名島、伊平屋島への連絡船は隣の今帰仁村の運天港に移ってしまい、街全体の活気が無くなりつつある。と、ウィキペディアには記載されています。

↓町の中心、本部漁港のすぐ近くに雰囲気のある呑み屋がありました。

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↓県道219号線沿いのスナック。
良い雰囲気を醸し出していますね。

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↓マツコ・デラックスならぬ「デラックスてつこ」という屋号のスナック。

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↓オマケ
今帰仁城からの眺め。
ちょうど、那覇~本部~鹿児島行きのマルエーフェリーが航行中でした。

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2015年2月20日






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沖縄県・沖縄市(コザ)

沖縄県の遊里跡、沖縄市(コザ)を探索してきました。

早朝6時10分那覇バスターミナルよりコザに向け出発。2月の下旬沖縄の日の出は午前7時なので、6時は早朝ともいえぬ外はまだ真っ暗です。まあ、日の入りは18時20分位なので、東京と比べると夕刻は良いが、早朝散歩はちょっとですね。
約1時間程で沖縄市に到着します。

↓中の町社交街のアーチ。
丁度日の出時間に到着です。

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↓歓楽街探索は基本早朝がベスト。
地図サイトを見ても分かりますが、国道330号線と平行して、「中の町なかどおり」があります。

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↓アーチを反対側から眺めて見ました。

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↓中の町社交街は余り歓楽色が強くなく、呑み屋が連なる印象ですね。
建物も比較的新しい。横文字屋号が多い中、此方の屋号は何となく昭和っぽい。

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↓中の町なかどおりは名護方面に向け緩やかな下り坂。
お天気も良いので目的地コザ十字路迄2キロ強を歩きます。

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↓中の町商業地図

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↓中の町から歩き30分くらいでコザ十字路に到着しました。
ここが「コザの○原」と言う場所なのですね。

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↓遊里跡は丘の上のようです。
信号からの路地は何となく色里の雰囲気も感じ感じられますね。

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↓屋号看板の付いた建物も軒を連ねますが・・・。

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↑↓看板を取り払ったと思われる店舗もありました。
番犬のワンちゃんに吠えられっぱなしでした。早急に退散。

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国道沿いから丘に上がりコザの○原のエリアは結構広いです。
今回バス時間までの待ち時間は約2時間半。結構探索しましたが、
見落としもあるかと思われます。
他の方のサイトによると丘の上は白人専用、鄙びたアーケードがある「銀天街」奥は黒人専用の遊里とされていました。詳しくは他の方のサイトを参照して下さい。

↓此方の丘は夕刻には灯りが灯るのかな?
何となく寂れているようなエリアです。
まあ、朝っぱらから人影疎らも当たり前の事ですがね。
(よくありがちな他の方のブログ、「人影なく廃墟のようだ」←昼間は人はいないのです)

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↑↓硝子に手書きの料亭の文字が何ともいえない。カフェよりも高級感があるよね。
でも、どこが料亭なんだろう?

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↓町並みが碁盤の目ではないので、探索には面白い反面行ったり来たりです。
イメージとして丘の尾根に呑み屋集約されていました。

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↓コザの○原界隈に廃屋建物がありました。
かつては料亭か宿の佇まい。
ネット検索、コザ十字路廃墟で検索しても出てきませんでしたね。

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↓建物は玄関から渡り廊下のようなもので繋がれていました。
駐車場も完備されています。

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↓お玄関からちょっと失礼させて頂きました。

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↓コザの○原とコザ十字路を挟み対角線上にある照屋エリア、此方の遊里は黒人専用の呑み屋街とされていますが、現在その名残は殆どありませんでした。交差点前の銀天街というアーケード、もっとその奥んだったかも知れませんが、バス時間近くなり探索断念。北部のバスターミナル名護に向かいました。

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↓照屋エリアの商業地図。

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2015年2月18日



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