花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

群馬県・水上・伊香保温泉

歓楽温泉街として賑わった群馬県の温泉街、水上・伊香保温泉を探索してきました。

昭和30年代に発行された「よるの女性街・全国案内版・渡辺寛著」によると、「吹雪で有名な温泉場だが、乱暴な赤線女がいるのでも有名。宿の間に分散していて、二十軒、百名」 と記載されています。



スライドショーにまとめてみました。

2001年8月23日・2007年12月13日・2017年11月2日



伊香保温泉界隈
↓同じく「よるの女性街・全国案内」の伊香保では、赤線は石段街左右に三カ所ほど固まっており、三十年代急激に増え約三十五軒、百二十名と記載されています。私娼に関しても歴史は古く、寛永八年に公許され、「餅売湯女」と呼ばれていました。

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↓大型観光ホテルを挟み、路地裏は飲食店が建ち並んでいます。

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↓石段と平行している伊香保の坂道、スナックなどの飲食店が並びます。

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↓カフェ風の建物でなくとも、豆タイルを見ると萌えです。こちらは射的遊技場でした。

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↓伊香保石段からの眺め

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2001年8月23日・2007年12月13日

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千葉県・船橋・松戸

千葉県の遊里跡、船橋、松戸を探索してきました。船橋 03年・08年・2017年再訪。



↓船橋に在る大正10年創業割烹旅館の「玉川」は船橋新地の南側。
国道を挟み当時の三田浜に現在も割烹旅館として営業をしています。

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↓玉川旅館のお隣には高層マンションが建設中です。

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(2008年)


2003年1月30日・2008年11月13日・2017年10月2日


松戸界隈(02年)松戸駅西口の商店街をまっすぐ西へ行くと江戸川の堤防へ突き当たる。
ちょうど樋古根川が江戸川に落ちる場所。右手には学生寮やマンションが建ち並ぶ一画が飯盛旅籠からなる歴史の古い松戸宿、平潟遊郭だった。戦後はそうそうと廃業を決め、学生寮に店替えをする業者が多く、今日でもこの付近には学生寮、日本大学歯学部松戸校舎などがある。

↓当時の面影を残すのはこの柳の木のみとなってしまった。大門通りには柳並木、通りの左右には奥行きのある大店があった。

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↓水神社

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↓平潟遊郭の裏方を流れていた樋古根川。当時は川面に映る灯りが美しかったと思われる。

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2002年3月21日


↓千葉市遊郭の在った千葉県栄町。現在はソープランド街になっています。日中は中々撮影することが出来ないですね。

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↓千葉市栄町のお隣蓮池、30年くらい前までは花街として賑わっていた。
現在は殆ど名残はない。数軒の料亭、割烹が残るのみ。

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2008年3月15日

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神奈川県・安浦・柏木田

神奈川県の遊里跡、柏木田、安浦を探索してきました。



2005年5月5日・2017年8月28日



2002年8月15日・2005年4月14日・2005年5月5日・2017年8月27日

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神奈川県・皆ヶ作

神奈川県の遊里跡、皆ヶ作を探索してきました。
↓皆ヶ作界隈の町並み



2005年4月14日・2017年8月24日

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茨城県・水戸

茨城県の遊里跡、水戸を探索してきました(04年)
2016年6月、12年ぶりに再訪。

↓水戸駅前の東照宮参道は坂道のアーケードになっており、
坂を下った所が当時の旧町名「奈良屋町」になっています。
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(04年)

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(04年)
↑↓東照宮参道のアーチも取り除かれ、東映シネマも駐車場になっていました。
何か殺風景な雰囲気になってしまいましたね。
元々神社仏閣などの神聖な場所の回りには歓楽街や遊里などの悪所が存在しているものなのですが、此方東照宮の界隈は表参道には映画館、飲食店などの娯楽施設に始まり、裏手には遊里が在るというとても良い区画だったのです。

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(16年)
↓奈良屋町路地裏にはスナック、小料理屋などが建ち並んでいますが、
新築の住宅、空き地も目立ちます。

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(04年)
↑↓位置からすると、「ほおずき」の建物が外装直しで
「まゆみ」になっているような気がします。

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(16年)
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(16年)
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(16年)
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(04年・現存せず)
↓旅館が建ち並ぶ一画
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(04年・現存せず)
唯一残る旅館だった建物ですね。
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(04年)
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(16年)
↓お隣の建物は現在駐車場になっていました。

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(04年・現存せず)

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(04年・現存せず)

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(04年・現存せず)
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(16年)
↓旧旅館街真ん中辺り、04年探索時には気にも留めておかなかった泉神社です。
玉垣見ると旅館組合があります。信仰されていたのでしょうね。
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(16年)
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(16年)
↓水戸東照宮から見た奈良屋町の全景です。中央は旅館の建物。

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(04年)
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(16年)
↓大工町三業地アーチ

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(04年・現存せず)
↓三業地アーチも取り除かれていました。
三業地と言っても現在はソープ街になっています。

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(16年)
↓廃墟のまま放置されているソープクイーンシャトーの建物。

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(04年)
↑↓04年探索時もかなりインパクト強いソープランドの廃墟だったのですが、
驚くなかれ現在も残っていました。廃墟サイトでも有名みたいですね。
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(16年)
↓窓ガラスの破損など、かなり朽ち果ててきましたね。
Queenのお顔部分も剥がれ落ちています。
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↓オマケ・水戸探索後、「さんふらわあ」で北海道に向かいました。
東京駅~小樽駅・パシフィックストーリー利用です。


2004年1月8日・2016年6月27日

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神奈川県・横須賀

神奈川県の遊里跡、横須賀を探索してきました。
2007年・2015年再訪。

↓横須賀というと「ドブ板通り」が有名ですが、横須賀中央駅前の一画に「若松マーケット」という、
飲食店が軒を連ねる場所があります。

↓若松マーケット入口

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(07年)

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(07年)

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(07年)

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(07年)

↓迷路のように入り組んだ路地が続きます。

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(07年)

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(07年)

↓解体中の建物に遭遇し・・・。

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(07年)

↓ちょっとだけ中を覗かせて頂きました。

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(07年)

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(07年)

↓駅前、諏訪神社の玉垣には、待合の屋号も見受けられます。

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(07年)

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(07年)

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(07年)

↓2015年再訪。
入口のアーチは提灯に変わっていました。

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(15年)

↓諏訪神社のまわりは工事中。奥にタワーマンションが建設中でした。

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(15年)

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(15年)

↓奥に進むと07年と変わらぬ風景。貸店舗の看板も目立ちますが、
07年と同じ屋号の看板も残っています。「宮古」「しれとこ」。
正面お山の木が伐採されていますね。
 
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(15年)

↓若松マーケットMAP

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(15年)

↓オマケ
お天気も良く気持ちが良いので、猿島にも渡ってみました。
ちょうど横浜港大桟橋を出港した飛鳥Ⅱを眺めることが出来ました。
最近よく遭遇するお船のお見送り。

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栃木県・塩原温泉

栃木県の遊里跡、塩原温泉を探索してきました。
「よるの女性街・全国案内版」によると、「箒川の渓流に沿って塩原十一湯が点在している。大きいのは古町、この古町を中心に170名の芸妓が散在している」とあるが、現在の塩原温泉古町には歓楽色は殆ど見受けられなかった。
今回は古町、門前界隈を中心に探索してみました。

↓古町の中心地、塩原温泉バスセンター

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↓バスセンターの前には廃屋のお土産屋もあり、
塩原を代表する「ホテルニュー塩原」等のマンモス観光ホテルの他は、こぢんまりとしている温泉街の印象です。

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↓昭和探し町歩きには面白い。

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↓因みに塩原温泉古町エリアの商業地図は此方。
中心地といっても余り歓楽色はありませんでした。

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↓レトロな理容室。

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↓あまり歓楽色のない現在の塩原温泉ですが、ちょっと気になった建物一棟。
外壁リニューアルされているものの、ちょっこと残るタイル装飾が気になります。

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↑↓土産物屋やレトロな美容室の看板建築縁取り黒い豆タイルは良く在るのですが、
何か気になる。「銀座横町」地蔵菩薩も気になる。

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↓結構奥行きのある建物でした。
数軒の呑み屋が入居していたみたいです。

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↓今回は塩原十一湯の内、古町、門前、畑下界隈を探索してみましたが、他の温泉街路地裏探索も愉しそうです。
橋の袂、飲食店が軒を連ねていますが、営業はしていない様子でした。

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↓社交飲食店の鑑札。まだ新しい。

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↓オマケ
箒川遊歩道にある「もみじの湯」。ちょっと勇気が要りますが、100円程でざぶん出来ます。

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2014年5月8日

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栃木県・鬼怒川温泉

栃木県の遊里跡、鬼怒川温泉を探索してきました。昭和三十年代では歓楽温泉街のイメージが強かった鬼怒川温泉です。鬼怒川を挟み大型観光ホテルが軒を連ねていますが、廃業したホテルもあります。鬼怒川温泉は05年に探索した時のもの、再訪12年に見番も見つける事が出来ました。

↓鬼怒川を挟み大型観光ホテルが軒を連ねています。

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↓「よるの女性街・全国案内版」によると「浅草から2時間半というのが呼び物になり、近頃は荒れ気味の温泉。芸者は百五十名、ミソもクソも混合である」と記載されています。05年に訪れたときは廃墟化したスナックなどが点在していました。

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(05年)

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(05年)

↓赤線の方は町外れの京街に十一軒二十七名とある(昭和30年)。

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(05年)

↓12年再訪。京街坂。
05年時と微妙に違う石垣、空き地に何があったのか思い出せませんでした。

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(12年)

↓かなりもじゃハウスになってしまっている廃屋スナック。

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(05年)

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(05年)

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(05年)

↓何とも言えぬ不思議な造りの建物。映画館のような券売所か小窓がある。

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(05年)

↓横から眺めて見ました。

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(05年)

↓12年再訪。
鬼怒川温泉芸妓・芸妓屋組合

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神奈川県・横浜港崎遊廓跡の跡

神奈川県の遊里跡、港崎遊廓跡の跡を探索してきました。
港崎遊廓に関しましてはウィキペディアを参考にして下さい。
↓横浜公園横浜スタジアム脇にある日本庭園に「岩亀楼の灯籠」が現存しています。
三春台にある妙音寺から横浜市に寄贈されたとあるが、いつ妙音寺に移されたかは判明していない。
「ふるあめりかに袖はぬらさじ」の舞台にもなった岩亀楼、2012年は久々に玉三郎出演で舞台があるようです。私は杉村春子出演で観ていますが、久々に玉さんで観てみたいですね。

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↓大火等で類焼、以後二転三転して明治十六年に永楽町に移転あるが、
一年後には廃業とも記載されています。
一二を争う大店だったわりには終焉も早かったようですね。

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↓遊女達が病に倒れた際に静養する寮があったとされる岩亀稲荷界隈。
現在でも岩亀横丁と呼ばれています。

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↓一瞬通り過ぎそうな岩亀稲荷入口。

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2011年5月22日・2012年5月11日 

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神奈川県・戸塚

神奈川県の遊里跡、戸塚を探索してきました(06年探索・12年再訪)。
2006年7月、国道1号線の拡張工事と駅前再開発の為、店舗移転と閉店のお知らせが多く見受けられました。
戸塚宿の遊里は清源院入口の路地を入り、東海道からは廓が見えないようになっていたようです。明治十五年、貸座敷二十軒、芸妓二十一名、娼妓三十四名と記載されています。
↓清源院入口の交差点。
永禄3年の頃から旅籠屋などを営んでいた丁子屋、現在は蕎麦屋として営業中(06年)でした。
以前はお隣のローソンも丁子屋の敷地だったようです。

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↓ローソンのお二階にあった西洋料理屋さんも閉店のようでした。

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↓清源院入口の路地を入って行くと大門が在ったそうです。
丁字屋の建物は間口は程々に奥行きがあることが分かります。

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↓大門が在ったとされる緩やかなカーブよりローソンを望みます。
自転車のある辺りが旧丁字屋敷地部分です。

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↓小さな祠が在りました。後で知った事なのですが、その隣には句碑が在ったそうです。
見落としました。反省。「井にうかふ番いの果や秋の蝶」心中句碑だそうです。

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↓元々は何だったんだろうと思ってしまう町内会館です。

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↓清源院参道

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↓清源院の無縁仏群

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↓遊里跡とは違いますが、駅前商店街に在った趣のある建物。
酒屋さんのようでした。

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2006年7月6日・2012年5月11日再訪

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