花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

千葉県・船橋・松戸

千葉県の遊里跡、船橋、松戸を探索してきました。船橋(03年)・08年再訪。
↓船橋界隈(03年)船橋新地に唯一残る妓楼。かなりの大店だったと思われる。

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↓昭和の初め、千葉街道沿いに散在していた遊廓を一箇所に集められ、船橋新地と呼ばれるようになった。

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↓間口の倍ほどの奥行きがある。裏の建物は住まいだったのだろうか?
離れといった感じで繋がっています。

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↓裏口は休業中のクリーニング屋さんになっていました。

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↓新地近く、浄勝寺の境内にある通称「お女郎地蔵」。
八兵衛女郎と呼ばれた船橋宿の女郎衆が信仰してたという。

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↓船橋を訪れたのは5年ぶり。旧船橋新地の妓楼は変わることなく残っていたが、屋根部分の漆喰が剥がれ落ちています。道を挟んで広大な空地はゼファー(08年7月破綻)のマンション建設予定地。現在は看板のみ残る(08年)。

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↓船橋に在る大正10年創業割烹旅館の「玉川」は船橋新地の南側。国道を挟み当時の三田浜に現在も割烹旅館として営業をしています。

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↓玉川旅館のお隣には高層マンションが建設中です。

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2003年1月30日・2008年11月13日


松戸界隈(02年)松戸駅西口の商店街をまっすぐ西へ行くと江戸川の堤防へ突き当たる。
ちょうど樋古根川が江戸川に落ちる場所。右手には学生寮やマンションが建ち並ぶ一画が飯盛旅籠からなる歴史の古い松戸宿、平潟遊郭だった。戦後はそうそうと廃業を決め、学生寮に店替えをする業者が多く、今日でもこの付近には学生寮、日本大学歯学部松戸校舎などがある。

↓当時の面影を残すのはこの柳の木のみとなってしまった。大門通りには柳並木、通りの左右には奥行きのある大店があった。

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↓水神社

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↓平潟遊郭の裏方を流れていた樋古根川。当時は川面に映る灯りが美しかったと思われる。

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2002年3月21日


↓千葉市遊郭の在った千葉県栄町。現在はソープランド街になっています。日中は中々撮影することが出来ないですね。

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↓千葉市栄町のお隣蓮池、30年くらい前までは花街として賑わっていた。
現在は殆ど名残はない。数軒の料亭、割烹が残るのみ。

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2008年3月15日

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千葉県・銚子・勝浦・大多喜

千葉県の遊里跡、銚子を探索してきました。
「よるの女性街・全国案内版」によると、荒っぽい赤線で田中町に四十二軒、百四十七名とある。現在はひっそりとした呑み屋街になっています。銚子画像は03年のものです。勝浦は07年2月、覚翁寺から勝浦港に続く参道に趣のある旅館がありました。08年5月大多喜の町並みを探索してきました。

↓JR銚子駅から10分ほど歩いた所に在る飯沼観音です。旧赤線の田中町はその裏手、裏参道を5分ほど歩いた所にスナック等、飲食店が建ち並ぶ路地が在ります。

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↓飯沼観音裏参道を抜け、田中町(スナック街)の入口辺り。

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↓狭い路地にはスナックが所狭しと並んでいます。往時の建物は03年の時点で殆ど残っていませんでした。

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↓以前は旅館かホテルのような建物。

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↓廃屋になっているスナック。

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勝浦界隈
↓覚翁寺から勝浦港に続く参道に、趣のある建物が数軒残っていました。

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↓国登録有形文化財の「旅館松の家」はリーズナブルな料金で宿泊可能のようです。

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以前は旅館だったような造りの建物です。現在は八百屋さんになっていました。

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↓「かつうらビッグひな祭り」に向けて準備中でした。

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大多喜界隈
↓本多忠勝の城下町大多喜です。明治時代には桜台、新町界隈に九軒の旅籠、一軒の芸妓屋が在ったという。この大屋旅館は江戸時代から続く大多喜街道沿いの旅籠、国の登録有形文化財に指定されています。

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↓明治七年築、国の登録有形文化財の豊乃鶴酒造。

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↓レトロな建物も在ります。町探索をしていて愉しいことは、この様な建物に出会う事ですね。

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↓寿恵比楼旅館は、つげ義春の数少ない作品の中でも多くの作品を産むきっかけとなった旅館。
現在は残念ながら営業をしていません。

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↓JR大原からいすみ鉄道に乗り換え、大多喜へは30分程です。
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2003年8月21日・2007年2月8日・2008年5月1日

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千葉県・成田・佐原・佐倉

千葉県の遊里跡、成田、佐原(05年)佐倉(08年)を探索して来ました。
↓成田山新勝寺参道

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↓成田山新勝寺参道路地裏
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↓玉垣の屋号

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↓佐原界隈
昭和初期の建築で県の有形文化財の木内旅館本館です。
内部の二階には「木内旅館の百畳敷き」と地元では有名だった大広間があります。
残念ながら平成16年に取り壊されました。

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↓佐原界隈

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↓銭湯

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2005年3月10日


佐倉界隈
↓佐倉歴史生活資料館で見つけた戦前の佐倉市街鳥瞰図、妙経寺の裏手に「遊郭」の記載がありました。近代庶民生活誌「佐倉」によると妓楼数一軒娼妓約八人とある。名残は全く残っていなかったが、場所の確認と屋号「若葉楼」が分かりました。

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↓同じく佐倉歴史生活資料館写真集の1枚。確定は出来ないが当時の遊郭大門だと記載されていた。

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↓現妙経寺。裏手は住宅街になっている。

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↓妙経寺裏手の空き地。跡の跡、多分この辺りに「若葉楼」が在ったと思われる・・・と思いながら探索をしてみました。

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2008年12月25日

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