花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

埼玉県・川越

埼玉県の遊里跡、川越を探索してきました。

小江戸と呼ばれ、蔵造りの店舗が建ち並ぶ一番街の通りには毎日観光客であふれています。周りには川越城本丸御殿や喜多院も点在し、城下町の名残を残しています。公娼制度を認めていなかった埼玉県は乙種料理店(達磨屋)と呼ばれる料理屋、待合などが各所にあり、川越にも熊谷とならぶ遊廓が存在していました。場所は喜多院の裏手あたり、一般の観光客からは素通りされてしまいそうな一画に、現在でも当時の木造家屋が静かな佇まいを見せています。
↓住宅街の中に堂々たる佇まいを見せる木造家屋。数年前まであった手前の旅館は取り壊され新築中だった。
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↓左の建物を横から撮影

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↓旅館として営業をしている建物(07年)、出来れば宿泊をして中の様子を見てみたい。

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↓2011年再訪。旅館は休業中でした。

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↓多分外壁をリニューアルされていると思われる旅館(休業中)。

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↓左の建物を横から見ると、立派な和風木造家屋であることが分かる。

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↓見越しの松が見事な飲食店。ランチも営業、ちょっと気になるお店です。

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↓多分外壁をリニューアルされていると思われる建物。

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↓裏路地にも門が残っている。2011年見つける事は出来ませんでした。

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↓旅館の裏口2011年、此方も見つける事は出来ませんでした。

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2007年7月29日・2011年5月26日

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埼玉県・川越

埼玉県の遊里跡、川越を探索してきました。
秩父神社の参道、番場町、本町の下平通りには戦前から昭和三十年代にかけて、秩父の繁栄を今に伝える建築物が多く残っていました。
↓番場通りと昭和通りの交差点に、有形文化財に指定されている建物が数軒並びます。

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↓昔懐かしいサンプルケースです。メニューも中華そば、オムライス、カレーライスと定番物が並びます。

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↓カフェーパリーは木製の「料亭」鑑札

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↓現在は使われていないと思われるネオン管。

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↓丁度お昼時、今回はカフェーパリにてランチです。カツライス定食850円なり。此処ではとんかつ定食ではなく、あくまでも洋食屋さんのカツライス。「パリー」と金文字で名前が入った白い洋皿。厚めのカツに添えられた揚げナスとポテトサラダにトマト、デザートにメロンも付いていました。時が止まったような店内で、1枚デジカメしてしまいました。

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↓敷地内にあったお稲荷さん。

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↓大正15年に「旧大月旅館別館」として建てられた建物です。
当時は一階が遊技場、二階が従業員の部屋(?)として使用されていたようです。現在は飲食店のようですね。

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↓番場町界隈の町並み
番場町商店街です。秩父神社の参道にもなっています。最寄り駅は西武秩父駅よりも、秩父鉄道「お花畑駅」近く、以前は映画館なども在りました。

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↓再訪の秩父、今回は「新メバエ」で昼食。ランチメニューの和風定食は650円ととってもリーズナブル。お膳の上に手作りのお総菜、数品目の小鉢が並びます。

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↓銭湯

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↓かなり時代を感じさせられる商業地図がありました。
現在では無くなってしまった映画館等が記載されています。

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↓本町下平通りにある当時の面影を残す建物。個人宅か営業施設かは分かりませんが内装業者が入っていました。当分の間取り壊しはなさそうです。

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↓屋根瓦の意匠、鯱と招き猫

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↓本町下平通りにはこの界隈が当時花柳界であった事を示す案内板がありました。

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↓この界隈には二軒程当時の名残を示す建物があります。

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↓路地裏のお稲荷さん

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↓お稲荷さんの扁額。芸妓組合と料理組合を見ることが出来ます。

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↓オマケ・終盤を迎えた巾着田の曼珠沙華です。

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2007年7月5日・2008年10月2日

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埼玉県・飯能・所沢

埼玉県の遊里跡、飯能、所沢を探索してきました。
↓飯能芸妓屋組合があったとされる、飯能市本町界隈を探索してきました。 界隈には数軒の料亭が残っていました。
通り沿いの食事処にも「料亭」の門標があり、昼食はここで食す。
昔ながらのラーメンは鶏ガラ出汁の透明スープ。トッピングも焼豚、メンマ、ナルト、ネギと基本中の基本です。
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↓「料亭」の鑑札があります。

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↓老舗の鰻屋さんは元料亭らしく木造三階建て、本玄関は使用していない様子です。

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↓所沢界隈
所沢の花街は大正六年に浦町(現有楽町)を指定地にし、当時は織物商や軍人達で多いに賑わいました。これは近隣に所沢飛行場が出来た事がきっかけになっています。

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↓有楽町に唯一残る料亭の「三好亭」です。現在は営業しておらず、空き家のようになっていました。

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↓東川三浦橋の袂に建つ「三好亭」を横から眺めてみました。

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↓所沢界隈の町並み

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↓界隈で唯一営業をしている創業百年の割烹「美好軒」です。ランチはリーズナブルな金額で愉しむことが出来ます。

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↓この所沢も再開発が進み、タワーマンションが多く建てられていました。薬王寺からの眺めです。

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↓有楽町の一画に「盃横丁」となるものがありました。
小店が連なる小路には昭和レトロを彷彿させる映画看板が随所に飾られていました。

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2008年2月21日

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埼玉県・小川町

埼玉県の遊里跡、小川町を探索してきました。
「全国遊郭案内」によると、埼玉県は廃娼県で、貸座敷業は一軒もない。従って娼妓も居ないわけだ。とあり、これに代わって甲乙料理店というのが存在する。ともある。
形式は変わっていても内容は殆ど同一なのですね。
↓小川町探索中に見つけた女郎うなぎ「福助」此方でお昼を頂きました(2004年)。

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↓小川町の町並み

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2004年9月16日






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