花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

新潟県・佐渡

新潟県の遊里跡、佐渡を探索してきました。
今回の佐渡旅メインは両津港「金沢屋」旅館に宿泊することでした。明治築の元妓楼、温泉宿ではありませんが、お部屋、備品等が当時のままだと思うと、滞在しているだけで愉しい。当時の栄華が偲ばれます。



↓1717年会津町にあった山先遊廓が移転して出来たといわれる水金遊廓。当時の面影は残っていないが、水金川に架かる円形の石橋と石畳が僅かに残っています。

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↓海側から水金遊廓跡を望む。

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↓「相川みちしるべ」のサイトにも載っているが、観光案内スポットとして案内板にも遊廓跡地を紹介されている。負のイメージとして隠されてしまうことも多いが、素晴らしい事だと思う。

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↓当時の妓楼、案内板より拝借してしましました。

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↑↓現在名残なきこの土地にこのような大店が在ったとは想像もつきません。

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↓当時の地図を案内板から拝借。碑の建っている場所は他の方のサイトで見た「大黒屋」の在った場所だろうか?数年前までは廃屋が残っていた。

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↓水金川に架かる幅二メートルの円形の石橋。

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↓僅かに残る当時の石畳

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↓佐渡金山に行く途中に在った観光案内地図看板。山先遊廓跡が記載されています。

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↓実際山先遊廓跡地に行ってみると面影は全くなく、民家と駐車場になっていました。

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↓その中で一軒のお宅の中に旧旅館と思わせる建物があります。

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↓蔦、木々に埋もれていますが玄関の名残があります。

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↓両津港金沢屋旅館は明治二十年築の旅館。旧妓楼名は金沢楼。宿の方のお話によると道路拡張の為、玄関部分の改築を余儀なくされたの事、現在は正面右側が入口になっています。

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↓玄関部分、改築されているとは言え、趣のある良い雰囲気です。

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↓二階へ上がる階段

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↓二階廊下、道路に面しています。

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↓今宵のお部屋は二階三番六畳間。内部はほぼ当時のままだという。襖で仕切られていますが、開くと二番の部屋に続く。

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↓部屋にあった館内見取り図。私の部屋は二階三番。

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↓リーズナブルなお値段だが品数が多く、ビールもスーパードライだが大瓶なのが気に入った。画像にはないが白身魚の餡かけ、つみれ汁も付く。只、何処の旅館ににも言えることだが座敷は苦手。当方、胡座出来ないし正座も疲れる。横座りも恥ずかしい。風呂場の腰掛けでも良いので、腰掛けが欲しい。

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↓朝、夕食は食事処に用意されている。間仕切りで仕切られている。此方はお隣の食卓から見たお部屋内部。壁は屏風なんです。骨董的価値は分かりませんが凄いです。

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↓此方も普通に宴会などで使われていていた大皿の数々。バブルの頃などは骨董屋が買い付けに来たというが、骨董的価値金額の問題ではなく、このような大皿で宴をしていた頃の様子を想像してみたい。

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↓朝の風景。朝日が眩しい。

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両津夷界隈の町並み
↓以前はこの界隈も遊里だったという。現在は小規模だが呑み屋街になっています。

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↓一泊二日の佐渡旅。往復ともフェリー利用(2時間半2320円片道)、ジェットホイルだと1時間強です。遊里跡探索のみではなく、一般観光地の佐渡金山、ときの森公園も見ることが出来た。只、寅さんのロケ地は小木のようなので、次回また機会があれば行ってみようと思います。

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2010年10月17日

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新潟県・新潟・新発田

新潟県の遊里跡、新潟、新発田を探索してきました。
「よるの女性街・全国案内版」では、市街中央を貫く東堀と西へ流れる西堀に挟まれた古町、東堀通、西堀などに置屋五十八軒、芸者百七十八名とある。

~~2016年5月再訪。古町界隈は殆ど変わらぬ佇まいでした。~~

↓初三郎の鳥瞰図のも描かれている料亭鍋茶屋です。当時は堀割に囲まれていました。

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(06年)

↑↓鍋茶屋

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(06年)

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(16年)

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(16年)

↓古町界隈の町並み

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(06年)

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(06年)

↓西堀通に在る三業会館

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(06年)

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(06年)

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(06年)

↓十四番町界隈
古町通り、商店街を抜けると不自然に道幅が広い一画になります。

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(06年)

↓商店街から浄信院を眺めます。
十四番町遊廓が出来たのは明治31年、此所からの風景は絵葉書にも新潟遊廓として残っています。
(筑摩書房・遊廓をみる参照)

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(06年)

↑↓殆ど変わりのない町並みでした。
変わったといえばセンターラインが無くなっていました。

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(16年)

↓浄信院を背に十四番町を眺めます。「赤線跡を歩く・青本」の古い妓楼は無くなっていました。

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(06年)

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(16年)


↓十四番町浄信院参道に数軒の旅館が残っています。

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(06年)

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(06年)

↓寄附町界隈の町並み
「赤線跡を歩く・青本」に載っている寄附町の建物です。

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(06年)

↓横から眺めてみました。

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(06年)

↓2016年5月、廃屋のまま取り残されていました。
お隣には新築のお宅がありますが、今にも崩れそうな雰囲気です。

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(16年)

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(16年)

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(16年)

↓本町界隈近くで見つけた成人映画館。

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(16年)

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(16年)

↓新潟駅前、ビルに囲まれた小路がありました。

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(15年)

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(15年)

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(15年)

↓オマケ・新潟探索後、新日本海フェリー「あざれあ」乗船。
敦賀に向かいました。




☆新発田界隈の町並み
全国遊廓案内によると新発田遊廓は駅より西へ十三丁、「神明社前」で下車するとある。
貸座敷十九軒、娼妓百十八人記載あり。
↓新発田「明神前」で見つけた料亭と思われる建物です。

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(06年)

↓アーケードがちょっと邪魔ですね。

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(06年)

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(06年)

2006年4月27日・2015年11月13日・2016年5月15日

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長野県・上田

長野県の遊里跡、上田を探索してきました。
上田の遊里、常盤城遊廓は上田市花園に在ると記載されていますが、場所特定が出来ず、知ったのは帰宅してからの事でした。「上信線上田駅で下車し市電ににて花園停留場で下車とある」と記載されています。現在上田市に市電は走っていませんが、バス停として花園の名は残っています。
実際花園/常盤城界隈を探索することは出来ませんでしたが、帰宅後地図サイトで見てみても余り名残のなさそうな町並みでした。再度機会があれば探索もしてみたいです。
それとは別に駅から程近い袋町、大工町に現在上田の歓楽街がありました。

↓上田なのに「花やしき通り」、「あさくさ雷門ホール」?と謎のエリアに遭遇。

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↑↓此方の「上田映劇」は現在ではレンタルホールとして使われています。
あさくさ雷門ホールの名称は映画「青天の霹靂」ロケセットの名残だったようです。

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↓それにしてもこのストリップ劇場のテントの破れ、寂れ具合が本物と見分けがつかないほどの出来のよさです。

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↓上田映劇を北上、79号線を渡った辺りが袋町。
現在上田の歓楽街になっているようです。

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↑↓界隈商業地図

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長野県・戸倉上山田温泉

長野県の遊里跡、戸倉温泉を探索してきました。
面白かったのは戸倉上山田温泉で、平日昼間、人影疎らな飲食街とストリップ劇場、歓楽温泉街風情が残ります。
長野善光寺、精進落としの温泉場の名残でしょうか。

2015年1月再訪。
「続く」から覗いて見て下さい。

↓しなの鉄道戸倉駅前。温泉街独特の温泉歓迎アーチと観光案内所が在りますが、
観光案内所は営業をしていない様子。看板を縁取る豆タイルが綺麗です。

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(07年)

↓温泉街は駅から1.5キロ程の距離です。四方、山に囲まれ、千曲川沿いの鄙びた温泉街です。

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(07年)

↓縦横に交わる小路には、バー・小料理屋などが多数り、細い路地にも通りの名がついています。

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(07年)

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(07年)

↓戸倉上山田温泉界隈の町並み

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(07年)

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(07年)

↓遊技場「射的屋」とスナックが入っている建物。

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(07年)

↓射的場を脇から見てみました。

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(07年)

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(07年)

↓温泉街のストリップ劇場、最近は余り見かけなくなりましたね。

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(07年)

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(07年)

↓「バー」の鑑札

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(07年)

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長野県・長野市

長野県の遊里跡、長野市を探索してきました。
長野を探索したのは07年頃。訪れたはずなのに過去の画像はなくなったいました。
まあ、バックアップをとっていなかった事と、デジカメメディアが今みたいに安くなかったので、
削除しつつ使用していたのかも知れませんね(反省の為再訪)。
長野市の遊里跡は東鶴賀町にあったとされています。
貸座敷27軒。

↓駅より善光寺への参道を進み、途中権堂アーケードを東へ進むと鶴賀町にたどり着けます。
進むにつれ歓楽色が次第に強くなってきます。

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↓権堂界隈の路地裏。

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↓町並みは「権堂」「西鶴賀」「東鶴賀」と続き、長電の権堂駅手前でアーケードは途切れ、
長野大通りを渡ると西鶴賀町。小さめの呑み屋が軒を連ねています。

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↓西鶴賀町を抜けると、長野市遊廓が在ったとされる東鶴賀町になり、
此方の町並みは呑み屋街というより、数軒のホテルが建ち並ぶ町並みになっていました。
貸座敷→転業旅館→ホテルになったかも知れませんね。
近くに病院があるのも頷けます。

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↓空き地、駐車場も目立ちます。

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2015年1月27日

~~今回探索したのは長野を皮切りに、戸倉上山田(再訪)、上田(此方も再訪なのですが、過去画像がなくなっていたのでリベンジ探索です。)~~






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山梨県・月江寺

山梨県の遊里跡、月江寺を探索してきました。
最初に訪れたのは2006年の事、今回2014年に再訪してきました。
8年ぶりでしたが、町並みは殆ど変わりなく、昭和の面影を残していました。
しかしながら、画像を見比べると無くなってしまって空き地もしくは駐車場になってしまった箇所もちらほら。
再訪画像は追記(続きから始まります)画像後に14年の記載を入れておきますね。

↓月江寺界隈の町並み

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↓呑み屋街が軒を連ねる月江寺の町並み、路地裏探索が愉しいです。

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↓元は旅館か料亭だったのでしょうか?立派な唐破風の玄関を持つ角田医院です。

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↓2006年探索時の建物。
2014年時は見つける事が出来ませんでした。

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↓旅チャンネル町田忍の昭和レトロ紀行、#8「富士山を愛する」みんなの町 富士吉田市(山梨県)では此方の建物は旧検番だと紹介されていましたね。

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新潟県・柏崎

新潟県の遊里跡、柏崎を探索してきました。「全国遊廓案内」では柏崎遊廓は駅より東北へ十五丁、新花町にあると記載されています。約1.5キロ、基本的に街探索は2キロ以内であれば歩く事にしています。
今回は柏崎から歩きましたが、東柏崎駅からの方が近いようです。

明暦の頃には現在の町中心部、西本町街道筋に在ったとされるが、明治四十四年の大火により現在の新花町に移転されたとされる。貸座敷二十軒、娼妓六十人。

↓地図サイトで見ると現新花町の区画に遊里の名残があります。
現在は数軒の旅館と料亭、海からの西風による火災類焼を防ぐ為か、
道幅を広くとっています。

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↓金刀比羅神社(画像中央)の参道のような感じで、
中央に植え込みを配置し両側に道路が在ります。

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↓遊里の方々に信仰されていたのでしょう。
玉垣には寄進された妓楼の屋号が刻まれています。

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↓金刀比羅神社前には新花町と金刀比羅神社に由来する碑があります。
中央の火除け地はそのまま花壇として残ったようです。

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↓碑には1949年に温泉が湧出し、華やかな街の面影を残しています。と記載されています。
所謂石油掘削で出た温泉で、遊廓時代から石油の街として栄えた地に湧き出した温泉。
歓楽温泉街の雰囲気が残ります。

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↓日中は人影も疎ら、夜にはネオンの灯がともるのでしょうか?

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↓アーチを裏側から見てみました。

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↓営業してそうだったり、休業していたりまちまちですね。

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↓区画からちょっと離れた一画の呑み屋街

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2012年6月26日





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新潟県・高田

新潟県の遊里跡、高田を探索してきました。
「全国遊廓案内」高田遊廓は栄町にあり、貸座敷十九軒、娼妓百三十と記載されている。
また、昭和30年発行の「よるの女性街・全国案内版」貸座敷数はそのままに娼妓数が七十三名と若干減っています。現在栄町は住宅街になり面影は殆ど残っていません。

高田駅を挟み東北へ約1キロの場所が栄町、その反対側東南の田端町(現仲町)はかつての花街であり、現在でも老舗料亭、呑み屋が多く点在している。「よるの女性街・全国案内版」では、置屋十三軒に五十名と記載されています。

↓旧下田端町、雁木に通りには呑み屋が多いが、休業中の店舗もあります。

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↓此方の小路は休業中でした。

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↓恐る恐る小路を探索。

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↓風俗営業の鑑札のあるスナック。営業はしていませんでした。

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↓下田端町は肴商売などの特権を与えられており、その問屋を田端問屋と呼ばれていたそうです。

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↓田端界隈商業地図

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↓下田端町町名由来に書かれているとおり、料亭「宇喜世」は百年以上も続く老舗料亭です。
明治の末に陸軍十三師団を誘致し、高官達が三階の座敷から金谷山を望んだといわれています。

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↓国登録有形文化財にも登録されている「宇喜世」、浄興寺大門通りに面した茅葺き門と塀、
ちょっとだけ庭園も覗かせて頂きました。

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長野県・飯田・駒ヶ根

長野県の遊里跡、飯田、駒ヶ根を探索してきました。
京王高速バス利用し、飯田から駒ヶ根迄は飯田線部分乗り潰し、時刻表が薄い飯田線ですが、高速バス利用により効率良く回れます。
↓飯田遊廓は1882年に開設されたのち、二本松遊廓と改められ、昭和の時代まで続いたと記載されています。大門近くの「久保田楼」も02年に取り壊され、現在はその面影は殆ど残っていませんでした。

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↓天満宮参道の呑み屋街。

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↓天満宮近くの廃業した銭湯。

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↓脇には下駄箱がありました。此ってどう見ても銭湯の下駄箱ですよね。

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↓飯田界隈の呑み屋街

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↓阿部定(当時は静香という売れっ子芸者)が20歳の頃、飯田市の「三河屋」に移転する。とある。当時の三河屋は三階建ての建物であったが、昭和22年の飯田の大火によって全焼、現在はお蕎麦さんに転業しています。遅めのお昼は此方で鍋焼きうどんを食す。こぢんまりとしている店舗ながら、有名人が数多く訪れているのだろう。壁には多数のサインが飾られていた。

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駒ヶ根界隈の町並み
↓飯田から駒ヶ根まで飯田線部分乗り潰し(鉄道路線図白地図に赤線を引く)。
駒ヶ根からの高速バス時間まで駒ヶ根界隈を探索。小さい街ながら、呑み屋が多い印象をうける。

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↓表向きはちょっぴりハイカラな洋食屋も・・・。

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↑↓奥行き長し、立派な木造家屋です。鑑札は「料理屋」でした。

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↓駒ヶ根界隈の呑み屋の風景

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↓ポツンと石灯籠

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↓戸建ての呑み屋。トリスバーの看板と入口付近が素敵!鑑札は「バー」でした。

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2010年2月4日

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新潟県・長岡・三条

新潟県の遊里跡、長岡、三条を探索してきました。
新宿より18きっぷの越後旅。新宿6:21発埼京線は赤羽乗換により水上・土合の国境越えに繋がります(上野6:27発高崎線)。長岡着11:45。急ぐ旅でもないので、ノンビリ18きっぷ旅。と言ってみたいが、店暇やし自営なんで金無いの。無いなら無いの愉しみ方です。其れなりの探索成果にちょっと満足。帰路はさすがに新潟よりモバイルスイカ特急券9000円利用し、駅弁とビールで一人宴会!!18きっぷ2300円+新幹線9000円 計11300円の新潟往復でした。
↓「全国遊廓案内」によると駅より西南へ二十丁、柳原界隈に貸座敷三十二軒、娼妓百二十名とある。現在は数軒の旅館が残り、当時の屋号を引き継いでいる旅館もある。

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↓長岡駅近くの殿町はスナックなどが連なる歓楽街になっているようです。

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三条界隈の町並み
↓「全国遊廓案内」によると三条の遊里は本寺小路にあり、貸座敷五十軒、百五十七名とある。
三条別院の参道にあたる本寺小路の道筋にはスナック等の飲食店が連なります。
最寄り駅は弥彦線の北三条だが、時刻表が薄いので今回は信越線三条駅より徒歩。

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↓本寺小路という町の真ん中に遊里があるのも問題になっていたようだが、現在も昼下がり人影も疎らな割に飲食店が多い。別院を正面にし右側がスナック街(赤線)、左側が料亭街の印象を受ける。

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↓立派な木造三階建てです。

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↓空き地も目立ちます。

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↓路地裏のお稲荷さん

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↓以前は料亭だったと思われる建物を飲食店にしているようです。

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↓オマケ・駅弁/佐渡朱鷺めき弁当
帰路の新幹線はMAX2階が混雑のため各駅停車のとき号。車窓が全く見えないMAXの1階よりは良い。
しかも空いているので、一人宴会には最高です。

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2009年8月20日

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