花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

東京都・鳩の街旅館桜井解体

墨田区鳩の街の旅館桜井の取り壊しが始まりました。

↓前回鳩の街を訪れたのは13年3月、その時点でガス元も切られていたので解体間近だと思っていましたが、13年10月24日解体が始まった様子です。09年の火災で一棟、13年3月に一棟、今回の旅館桜井解体で遊里の面影残す鳩の街の建物も数少なくなってきました(残るは二棟かな?)。

2013_1024_105644AA.jpg

2013_1024_110130AA.jpg

2013_1024_110208AA.jpg

2013_1024_105522AA.jpg

↑↓解体に向け足場が組まれています。数日経つと防音幕が張られてしまうので、
原型留めるのもあと数日なのでしょうか。

2013_1024_110057AA.jpg

↓草木に隠れていたオフ‐リミットの文字もよく見えますね。

2013_1024_105716AA.jpg

↓お玄関が開いていたので一寸だけ中を覗いて見ました。

2013_1024_105819AA.jpg

↓室内解体は壁が崩され、玄関先の草木も無造作に放り込まれています。

2013_1024_105924AA.jpg
 
↓左側壁裏にお二階へ上がる階段がありました。

2013_1024_105604AA.jpg

2013_1024_110030AA.jpg

↓見納めです。

2013_1024_105737AA.jpg

↓2010年火災後の一棟

2010_0102_120656AA.jpg


↓2013年3月に訪れた時は茶色タイルの建物解体中、現在は真新しい新築のお宅が建っていました。

2013_0328_133554AA.jpg

2013年10月24日




スポンサーサイト

PageTop

東京都・玉ノ井

スカイツリー効果で活性化しつつある東京城東地域、玉ノ井を再訪してきました。

戦前は玉の井、戦後は鳩の街。小説や映画の舞台になった色街は現在の東武東向島駅をはさみ南北に分かれています。玉の井は大正7、8年頃より許可がおり、震災後には浅草等から移って来た業者により、玉の井駅の東側の田圃が埋め立てられました。 玉の井名物ラビラント(迷路)「この道抜けられます」「ちかみち」はもともと湿地帯だったところに、各人が勝手に家を建てた為、迷路のような路地が出来上がったと言われています。
現在の玉の井は東向島駅から高架沿いに鐘ヶ淵方面にしばらく歩き、いろは通り商店街に入ります。
戦前はその右側が「抜けられます地区」。戦後は全焼した右側の区域に代わり、北側の辛うじて焼け残った住宅を利用して再開されましたが、昭和33年の売春防止法成立により次第に姿を消していきました。今ではその大半が住宅、マンションに建て替えられましたが、わずかに当時の建物をそのまま使っている家々やスナック、飲み屋にその名残りがあります。

玉ノ井を初めて訪れたのは2001年で、知り合いから教えてもらった木村聡著「赤線跡を歩く」を読み、何故かカフェスタイルの豆タイルに心惹かれたのが跡探索をの始まりだった。
↓此方の建物は06年探索時に撮影。現在は残っていない。

2006_0727_132438AA.jpg

06072708.jpg


↓戦後の赤線時代の玉ノ井、目抜き通りだった通りには現在も3軒のスナックが並んでいます。

2012_0217_143607AA.jpg

06072701.jpg

しかしながら、向かい側は更地になっていました。

2012_0217_143430AA.jpg

↓三軒並ぶスナックも一軒は休業中のようです。数年前の画像ではスナック花月でした。現在は白看板。
2012_0217_143618AA.jpg
数年ぶりの玉ノ井探索ですが、界隈を隈無く歩くとまだまだ新しい発見もありました。
2012_0217_143909AA.jpg

↓此方のスナックは石のような壁紙で外壁リフォームをされている。

2012_0217_143950AA.jpg

↑よく見ると壁紙が剥がれ、縁取りにグリーンのタイルが見えます。鑑札は「簡易料理店」。
路地裏界隈。↓

2012_0217_144608AA.jpg

2012_0217_143705AA.jpg

2012_0217_145049AA.jpg

↓此方のお宅は玉ノ井のランドマーク的建物ですね。以前TVオンエア、アド街「東向島」でも12位で紹介されていましたね。
2006_0727_132644AA.jpg

↓2001年探索時に見つけたお宅も忽然と姿を消してしまいました。

DSCF0043-1.jpg


2001年12月20日・2006年7月27日・2012年2月17日

PageTop

東京都・鳩の街

東京の遊里跡、鳩の街を探索してきました。
最初に鳩の街を訪れたのは2002年で、浅草から東武電車で三つ目の東向島駅(旧玉ノ井駅)で降り、水戸街道方面へ10分ほど歩くと鳩の街商店街があります。今日ではほとんど目立たない商店街入口、注意して歩かないと通り過ぎてしまいそうな商店街も、戦後は新興のカフェー街として、山の手の男も通ったといわれる戦後派の私娼街。
もともとは罹災した玉の井の業者が玉の井と向島花街の中間にあたる、焼け残った住宅地に目を向け、カフェー風の町並みが整うようになったと言われています。
鳩の街特飲街は昭和33年の売春防止法成立とともになくなりましたが、現在でもところどころに、壁や柱に模造タイルで彩られたかっての娼家が残っています。

さらにここの地名「鳩の街」は洲崎が東陽3丁目、吉原が千束4丁目、玉の井が東向島5丁目と旧地名から新地名に変わっているのにも関わらず、今日でも「鳩の街」という名前を残しているところもいい(住所は東向島1丁目)。
鳩の街を舞台にした映画、永井荷風の「春情鳩の街」より、「渡り鳥いつ帰る」(昭和30年久松静児監督)があります。
09年に火災があり、二軒長屋一棟を含む二棟、一軒の豆タイル建物が消失してしまいました。幸い出火時は無人で、怪我人はいなかったようです。

↓水戸街道からの鳩の街商店街入り口.
つい最近まで「鳩の街商栄会」の大看板が掛かってあったという(2002年)。

DSCF0028-1.jpg

↓メインの商店街は水戸街道より墨堤通りまで続く。
当時の建物の名残は一歩裏路地に入った所に多く残る。

DSCF0027-1.jpg

↓二軒長屋風の建物、モザイクタイルが残る。

DSCF0032-1.jpg

DSCF0039-1.jpg

↓外壁はリフォームされているが、入口だったと思われる丸柱が残る。

DSCF0033-1.jpg

↓角店カーブが綺麗なお宅。右側入口と2階の格子窓は当時のままと思われる(旅館桜井)。

DSCF0038-1.jpg

↓のんびりと猫がお昼寝の軒先。

DSCF0034-1.jpg

↓09年の火災後、10年に再訪。二軒長屋一棟を含む二棟が燃えたそうです(10年)。

_20100102_115904.jpg

_20100102_120656.jpg

2010_0102_115933AA.jpg


↓11年再訪。

_20110424_102005.jpg

2011_0424_102215AA.jpg


↓旅館桜井

2012_0217_135122AA.jpg

↑↓どちらが本当の玄関か分かりません。
気になるのが消化器下のガス元栓が切られているように思えます。無人でそろそろ取り壊しかも知れませんね。

2011_0424_103639AA.jpg

↓勝手口もあります。

2012_0217_135841AA.jpg

2011_0424_103656AA.jpg

2011_0424_103559AA.jpg

↓昭和30年代の鳩の町。スカイツリー効果でこの町も変わっていくのでしょうか・・・。

hato_tit.jpg


2002年12月22日・2010年1月2日・2011年4月24日・2012年2月17日

PageTop

東京都・向島

東京の遊里跡、向島を探索してきました。
「全国花街めぐり」(昭和4年)によると、芸妓置屋百二十軒、芸妓二百四十人。料亭二十三軒。待合百三十軒とある。現在でも見番通りには料亭が点在する。

↓隅田川の東、桜橋と言問橋の間にある見番通りには今でも数軒の料亭があります。

2003_0206_140022AA.jpg

2003_0206_134609AA.jpg

2003_0206_135454AA.jpg

2003_0206_135635AA.jpg

↓「赤線跡を歩く・青本」東京の小さな花街を歩くでも紹介されている建物です。
数年後再訪しましたが、見つけることが出来ませんでした。

2003_0206_140255AA.jpg

2003年2月6日

PageTop