花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

大阪府・貝塚・堺

大阪府の遊里跡、貝塚、堺を探索してきました。

↓貝塚界隈の町並み。
2006年・2016年・2017年再訪。
時の流れが分かりやすいように、簡単なスライドショーにまとめてみました。


旅先で時間の許す限り再訪を心がけていますが、
此所貝塚は10年間殆ど変わりの無い町並みでした。

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

↓殆ど変わらぬ貝塚の町並み。
駅前観光パンフレットでは、「新地の町並み」として紹介されていました。
地図での「深川本店」は画像の料亭深川ではなく、駅ほど近くの寿司割烹のようです。

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↓料亭深川の佇まい。

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(16年)

↓新地の町並み

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(16年)

↓オマケ・仁徳天皇陵
門司港から名門大洋フェリー「おおさかⅡ」にて早朝南港へ。
午後関空からLCCの行程。晴天にも恵まれ、仁徳天皇陵も見ることが出来ました。

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↓堺界隈の町並み

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(06年)

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(06年)

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(06年)

2006年8月30日・2016年1月14日

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大阪府・河内長野

大阪府の遊里跡、河内長野を探索してきました。
2012年1月24日、前日の「日本海号」は遅延もなく無事に大阪に到着し、そのまま河内長野へ直行探索実行です。
↓いきなりオマケからの始まりです。
青森発大阪行きの「寝台特急日本海」は定刻通り大阪に到着。
寝台のお隣さんは秋田~金沢のみの乗車で、開放寝台丸ごと貸切の状態でした。なんと贅沢な・・・。

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河内長野界隈の町並み
↓「全国遊廓案内」での記載はありませんが、ネット情報にて以前から気になっていた河内長野を探索してみることにしました。大阪駅~柏原~近鉄道明寺~河内長野という道のりです。

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↓明治時代に極楽寺温泉として高野山に向かう参詣客の宿場町として栄えましたが、
大正時代に極楽寺温泉は廃止の後、昭和8年長野新地が開設されたとあります。

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↓黄金橋袂の黄金橋由来の記、劣化していてよく読めません。

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↓橋を渡り右方面へ行くとタイムスリップした風景になります。

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↓細い階段を上って行くと山の斜面に何層何階でしょうか?廃屋になった三陽荘がありました。

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↓捩れる急な階段を恐る恐る上って行くと。

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↓案内看板が置いてあったり

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↓すれ違う人もなく

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↓最上層玄関付近に到着しました。北風強く激寒です。

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↓元々河内長野は長野遊園地等、一般観光の行楽地であり、その中の一部が風俗系だったと街だと感じました。現在でも大阪の奥座敷として温泉宿が数軒営業しているようですね。

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2012年1月24日

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大阪府・飛田鯛よし百番

念願叶って「鯛よし百番」行くことが出来ました。飛田界隈は4年ぶり、夕刻だったので外観デジカメは控えさせて頂きました。帰宅後、上諸尚美写真集「飛田百番」/創元社を眺めながら画像を見て愉しみ、配置図を見て愉しみ、余韻に浸っています。
~~2010年は6月に初めて行くことが出来、9月に再訪してきました。~~

19時の予約でちょっと早めに到着。食事前の数十分館内撮影。その旨を伝えると快く承諾していただきました。配膳の方々のお仕事に差し支えないようにサラッとデジカメです。
↓玄関・顔見せの間

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↑↓陽明門

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↓眠り猫

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日光の間
↓陽明門を潜ると日光の間。顔見せの間の裏側にあたる。

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↑↓日光の間

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百番/三條大橋と三條小橋
↓ロビーから二階へ上がる階段です。

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↓西玄関

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↓西廊下から中庭を望む

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↓一階廊下

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↓醍醐の桜

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桃山殿/鳳凰の間
↓桃山殿は「牡丹」「鳳凰」「紫苑殿」の部屋からなり、
今回他の方の宴会終了後、お片付け中に失礼させていただきました。

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↓桃山殿/紫苑殿

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↑↓桃山殿/牡丹の間

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↓東南階段

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↓清浄殿
一階のお便所入口

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↓一階のお便所、天井画が見事です。

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↓二階廊下と島田宿

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↓百番/喜多八の間
今回利用させていただいた「喜多八の間」数多くある部屋の中では遊び心満載のお部屋ではないでしょうか。

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↓二階廊下

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↓現在は使われていないようですが、浴室と思われる部屋。一面タイル張りです。

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由良の間
↓二階由良の間。他の方の宴会終了後ちょこっと失礼させていただきました。

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由良の間天井
↓写真集「飛田百番」撮影後記によると照明器具蛍光灯は取り外して撮影とある。
白熱灯のみの室内照明は部屋の雰囲気がかなり変わると思う。

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オマケ/お料理扁
此処からはお料理扁です。ご参考にして下さい。基本的にはコースですが、サイドオーダー&アルコール類はかなりリーズナブルな価格設定でした。生ビールは大きめのジョッキ、瓶ビールは大瓶とビール好きには堪りません。
↓胡麻豆腐雲丹添え

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↓椀物

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↓お造り

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↓鉄板焼

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↓鰆の焼き物

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↓生野菜

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↓茶蕎麦

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↓御飯

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↓ホントのオマケ
ちょこっとだけ顔出しです。失礼いたしました。

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2010年9月22日

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大阪府・松島

大阪府の遊里跡、松島を探索してきました。
↓松島界隈の町並み

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↓オマケ「信貴山・朝護孫寺」

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2006年8月31日

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大阪府・飛田

大阪府の遊里跡、飛田を探索してきました。
基本的にデジカメ禁地帯です。早朝風のように通り過ぎ、探索してきました。
探索での安全保障は致しかねます。

↓飛田界隈の町並み

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2006年8月31日


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大阪府・枚方

大阪府の遊里跡、枚方宿を探索してきました。
「赤線跡を歩く」赤本の枚方の「旅館玉光」は惜しくも解体中でした。
「よるの女性街・全国案内版」によると、昔の宿場で三十六軒、百八名と記載、どっしりとした家並みが軒を連ねるとある。
↓枚方界隈の町並み

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↓旧枚方新地の入口辺り、往時は三十数軒の茶屋が店をかまえていたという。

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↓解体中の旅館玉光

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↓今回は歴史街道枚方宿を枚方公園駅から枚方市駅まで歩き探索です。

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↓検番跡の建物

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2006年8月30日

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