花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

鳥取県・倉吉

鳥取県の遊里跡、倉吉を探索してきました。
倉吉の遊里跡に関する記載は「全国遊廓案内」にも記載はなく、
ネット上ではごく僅かな方がアップされています。
関東からの山陰旅は、鳥取、米子とANAのみのフライト、
JALは出雲なので倉吉はかなり遠く感じられ、
エア&ホテルのツアーも、岡山、広島に比べると割高さが難点です。
仕方が無いので今回は沖縄行きを捨て、JALマイル利用で出雲&倉吉に行って来ました。

↓一般的な観光散策は「赤瓦・白壁土蔵」地区界隈が有名で、
ごく普通に町歩きをしていても、愉しめる町並みです。

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↓大社湯にも浸かりたかったのですが、午後4時半開店と言うことで残念ながら無理でした。

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↓倉吉新地と呼ばれた遊里は205号線、
赤瓦白壁土蔵バス停を更に西に向かった所にありました。

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↓205号線を挟み右手側↑が現在でも数軒の建物が残っているようですが、
左側の町並にも、かつては倉吉の奥座敷であり、
旅館や料亭が数多く点在していたと記載案内版がありました。

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↓右手の建物は「旧梅の屋」。大店だったのですかね。
間口奥行き共とても大きな建物です。

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↓正面のお玄関は多少のリフォームをされているようです。

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↓反対側から望みます。

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↓裏口?には「梅乃家」の屋号が刻まれています。

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↓裏口の路地。

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↓お二階部分を見てみました。

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↓此方のガラスは紅白の市松模様になっているようですね。

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↓建物の至る所に貼ってある「売物件」の張り紙。
取り壊し間近ですか。

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↓遊里内のお稲荷さん。

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↓お稲荷さんを真ん中にかつては旅館だったと思われる建物は「梅乃家」含め三棟ありました。
此方の建物もかなり立派ですが、生活感がなさそうなので、家主不在なのでしょうか?

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もう一棟はお住まいのようでしたので、アップは控えさせて頂きました。

↓オマケ・明治町路地裏のスナック街。

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2013年4月4日

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鳥取県・米子

鳥取県の遊里跡、米子を探索してきました。
↓米子最大の歓楽街、朝日町です。
朝日町の区画は旧加茂川に沿うように、寺町、灘町と続きます。

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↓よるの女性街・全国案内版によると、面白い言い回しで書かれていますね。
「加茂川なる汚い川沿い朝日町なるパン宿散在す。部屋は汚いが、ハッとおどろく程の松江美人が系がいる」

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↓寺町と灘町の境にレトロな銭湯「日の出湯」がありました。

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花園町界隈
↓旧遊廓跡と思われる灘町二丁目新地、現花園町です。跡特有の中央大通りはそのまま残っていました。某サイトで見た戦前の古地図にも「遊郭」と記載され、区画も変わっていません。

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↓戦前の「全国遊郭案内」によると、貸座敷三十三軒、娼妓は五十三人。
陰店送り込みと記されています。

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灘町界隈
↓灘町で見つけた広大な敷地を持つ建物です。現在は廃屋のようです。
料亭跡なのか個人宅なのかは分かりません。

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↓2013年6年ぶりに米子を再訪。
灘町の料亭のような建物は更地となっていました。
標識が同じ位置にあります。

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↓前回は気が付きませんでしたが、此方のアパートも外壁リニューアルをしていますが、
屋根瓦、漆喰の壁を見ると何となく面影を残しているような気がします。

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↓灘町界隈弁天湯

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↓旧加茂川にかかる灘町橋。中海を望みます。

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↓米子城趾から大山を望みます。

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2007年9月6日・2013年4月5日

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鳥取県・鳥取

鳥取県の遊里跡、瓦町を探索してきました。
↓全国遊廓案内によると、鳥取市聚楽園遊廓は鳥取駅より西北へ約一丁の所に在る瓦町。
現在では駅前アーケードを抜けた所にあります。

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↓当時の名残を残す建物が残っていました。

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↓瓦町には旅館の他、飲食店が数多く在ります。

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↓アパートのような飲食店街です。

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↓遊廓は元旧藩主(池田家)の別荘の在った所で、廃藩後から明治初年頃にかけては、
興行物の集団地だったと記されています。

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↓オマケ・鳥取砂丘
運良く鳥取砂丘を眺めることが出来ました(窓側A席)。
飛行機は砂丘通過後大きく旋回、鳥取空港に着陸します。

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2007年9月5日

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