花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

山口県・下関

山口県の遊里跡、下関を探索してきました。


下関新地町再訪。

赤間町界隈の町並み

↓稲荷町遊廓があった赤間神宮裏手、探索してみたが、殆ど名残はなかった。

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↓呑み屋街の路地

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新地界隈
七十五軒に百二十名。洲崎型の小店多いとある。
↓かつての新地遊廓の入口あたり。赤線跡を歩く・青本にも載っています。

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↓新地界隈の町並み

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↓此方も青本、「角地に玄関の骨格だけが残る」と記載されている。

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↓豊前田界隈の呑み屋街

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豊前田界隈の銭湯

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2005年2月24日

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山口県・湯田温泉

山口県の遊里跡、湯田温泉を探索してきました。
「よるの女性街・全国案内版」によると、山口市からハイヤーで15分。
山口の女を語るより、この温泉場の方がよい。芸妓は100名で大半が転ぶ。
赤線は温泉場から徒歩15分ほどの田甫の中に30軒、一廓をなしていて117名いる。とある。
湯田温泉は過去エアホの指定ホテルで、ニュータナカに3回ほど訪れていますが、
場所エリアが判らず仕舞い、今回は数年ぶりの再訪です。

↓2003年訪れ時の湯田温泉駅。
駅舎は現在も変わっていません。

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↓ネット情報だと以前は歓楽温泉郷のイメージが強いのですが、
時の流れと共に歓楽さは薄れ、現在は程々に。
通称「ほろ酔い通り」という一画に呑み屋が軒を連ねています。

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↓ほろよい通りのマンホール

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山口県・防府

山口県の遊里跡、防府を探索してきました。
「全国遊廓案内」によると、山陽線三田尻駅(昭和37年防府駅に改称)より南へ十丁、三田尻港からは二丁の処とある。
町名変更で現在は三田尻3丁目辺り、バス路線もあるようだが、
今回は防府駅よりレンタサイクル利用(1時間200円)しました。

↓旧遊里跡入口にありがちな交番(駐在所)。
この交番前の路地を入るとUの字型の路地になっていました。

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↓ごく普通の住宅街の中にスナックの屋号らしき看板を見る事が出来ます。

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↓他の方の訪れたサイトを見ると、朽ち果てたスナック廃屋、看板も見うけられましたが、
現在は空き地も多かった。

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↓廃屋スナックの1軒。

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↓現在は生活感のないお宅。建物の造りからしてかつては旅館か料亭だったのでしょうか?

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山口県・徳山

山口県の遊里跡、徳山を探索してきました。
「全国遊廓案内」によると、徳山市遊廓は山口県徳山市新地に在って、山陽本線徳山駅で下車する。乗合自動車の便があると記載されている。地図サイトで徳山市新地と検索してみると実際に現在「新地」という地名は残っていますが、徳山お隣の駅「新南陽」との丁度中間、乗合自動車で行くには丁度良い距離ですが、実際(現在)訪れた方のブログは無かった。地図サイトでも中小工業エリアになっているようです。それに対し出てくる町名は「柳町」、駅から程近く(1キロ位)のエリアに呑み屋街が密集しています。以前訪れた方のネット情報によると、以前栄町にあった「才ノ森遊廓」が戦災でなくなり、現「柳町」に移り戦後の赤線になったようです。

↓徳山駅前から続く銀南街アーケードを抜けると飯島町の公園があり、公園を取り巻くように糀町、橋本町、柳町となり、歓楽街を形成しています。ビジネス旅館や料亭もあり地図サイト写真で見ると、中庭もあるお宅も見うけられます。

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↓丁度柳町中心エリア、駐車場もありますが、良い呑み屋街の景観を保っていますね。

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↓まわりにはファッサードリニューアルのスナックが点在しています。
お二階の意匠を見ると結構大店のお宅に複数の入口スナック、まだまだ現役そうな呑み屋街です。

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↓オマケ・界隈商業地図

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~~参考にした同地区サイト、5年前のものでしたが、現在も再開発もなく残っていて良かったです。必要悪所で末永く残っていて欲しい景観ですね。勿論、新宿ゴールデン街、2丁目新千鳥街も含めです。~~

2014年9月5日




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山口県・萩・芳和荘

山口県の遊里跡、萩に残る旅館「芳和荘」に宿泊して来ました。
昔は遊廓だったと言う「芳和荘」、築約百年という。殆ど貸し切り状態の宿の中を密かに愉しみました。

↓数年前にネット検索で見つけた東萩の「芳和荘・旧長州楼」です。今回念願かなって宿泊することが出来ました。往復宇部山口空港利用。新山口から萩へのバス路線もあるようだが、美祢線、山陰本線とも時刻表が薄いのが難点です。

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↓玄関を入ると帳場と二階への階段が在ります。

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↓階段、二階からの眺め

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↓階段を上がると、目の前に中庭が広がります。

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↓ロの字型の回廊は何処から見ても素晴らしい。

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↓入口正面階段とは反対側の階段からの眺め。階段は四隅に在ります。

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↓宿泊した部屋。六畳の和室「上津江の間」。
中央下コンセントの脇に呼び鈴のボタンがあったり、色々と興味深いです。
部屋備え付けの非常口案内表(芳和荘部屋割表)を近くのコンビニでコピーしてきてしまいました。失礼いたしました。

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↓部屋の手摺り

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↓宿泊した部屋は右側(カーテンの開いている)でした。

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↓裏側駐車場から見た風景

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↓以前は小料理店も在ったのだろう。小料理「芳和」の玄関。

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↓他の方の芳和荘訪れサイトでは緑に生い茂っている北側からの風景。
今回は枯れバージョンです。

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↓遊廓の在った浮島地区(現浜崎)は松本川と新堀川に挟まれた一画。当時はこの新堀川からも小舟で登楼出来たのであろうか。

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↓芳和荘のお隣には小料理屋だったと思われる建物が残っていました。

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↓小料理屋二階部分

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オマケ
↓芳和荘グッツ。案内パンフと頂いたボールペン。私のお宝になりそうです。

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2009年3月5日

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山口県・特牛・肥中

山口県の遊里跡、特牛、肥中を探索して来ました。
江戸時代北前船の寄港地として栄えた港町。
特牛・肥中港、現在では最寄り駅からのバス路線も少なく、ひっそり静かな港町でした。
朝7時8分の山陰本線長門市行きに乗り(長門市乗り継ぎ)、特牛には8時30分に着いた。とはいっても特牛駅からは特牛港に行くバスは出ていない。徒歩でも4キロ弱はある。3キロ4キロは歩けない距離ではないが、平坦とは限らない。ふたつ先の長門二見から特牛経由肥中行きの路線バスが出ているので利用する(此方も本数少なく必ずとも山陰本線上り、下り電車に合わせるようには出てはいない)。終点肥中までは400円(09年)。

↓終点肥中のひとつ手前が特牛港。特牛港バス停で下車する。渡辺憲司著「江戸遊里 盛衰記」には古老の回想として当時のお茶屋の位置を記載している。港の南側海近くに髪結所、それに続いて五軒は旧道沿いとある。その界隈を探索してみることにした。

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↓当時妓楼だったかどうかは確信出来ないが、数軒の趣のある建物が残っていました。

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↓ここ恵比寿神社はお茶屋の在った旧道沿いから海に向かって400メートル程の距離。遊女達は夕刻になると散歩がてらお参り行ったという。

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肥中界隈
↓帰路のバス時間までは2時間弱はある。特牛探索後、ひとつ先の終点肥中まで歩く事にした。
恩徳寺の境内。左に結びイブキ、右側の祠の中にさすり地蔵が納められています。

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↓推定樹齢450年の結びイブキ

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↓遊女達の信仰を集めたという「さすり地蔵」

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↓恩徳寺さすり地蔵の由来。読みにくいかと思いますがご参考まで。

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↓恩徳寺から肥中港を望みます。

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2009年3月5日

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山口県・宇部

山口県の遊里跡、宇部を探索してきました。
全国遊郭案内によると宇部市遊廓は山陰本線東新川駅から西へ約十丁、老松町に在る。
とある。貸座敷二十三軒、娼妓百三十人。
↓殿山泰司著「三文役者のニッポンひとり旅・宇部のストリッパー」では宇部錦町、新天地の様子が書かれている。空港から山陰本線で東新川駅を目指します。山口宇部空港の最寄り駅は草江駅徒歩6分の無人駅。

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↓東新川駅から錦町までは徒歩10分ほどの距離。
人影疎らな平日の午前中、錦町には数軒の旅館、飲食店がポツリポツリと点在していました。

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↓此方の建物はスナックも入居しているアパートのようだが、生活感は無い。
立派な玄関、以前はあったと思われる玄関屋根の跡が残ります。

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↓立派な玄関はモザイク模様

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↓錦町から大通りを隔てた新天町。立派な料亭がありました。

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↓新天町はアーケードになっており、宇部新川駅の近くまで続きます。アーケード中程の中津瀬神社。

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↓アーケードから外れた飲み屋街の一画。コの字型になっていて多少の寂れ感があります。

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↓コの字奥まった界隈。閉店している店舗が多い。

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2009年3月4日

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山口県・柳井・岩国

山口県の遊里跡、柳井、岩国を探索してきました。
↓広島2日目、山陽本線にて山口県柳井に向かう。
柳井の古市・金屋地区は、約200mの町筋に、江戸時代の商家が立ち並び「白壁の町並み」と言われている。
色街が在った新天地は駅前から延びる道路を300メートル程歩き、保存地区とは反対側の一画に飲み屋街があります。

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↓レトロな銭湯「柳井温泉」

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↓柳井天神

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↓柳井天神の裏側が呑み屋街になっています。

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↓柳井天神から延びる通り。

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↓和風の玄関のお宅。

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↓和風玄関とは別に豆タイルの玄関があります。
一時はテナントが入っていたのでしょうか、「グリーンビル」という名称です。

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↓使われていない玄関の豆タイルが綺麗です。

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↓入口の豆タイル、ペイントされているのが残念です。

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↓鑑札は手書きの「バー」でした。

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↓保存地区へ行く途中にも呑み屋街があります。
ごく普通の地方都市の駅にしては呑み屋が多い印象です。

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岩国界隈
↓岩国の路地を探索します。

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↓登富町、歴史町名の案内は「新地」でした。

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↓錦帯橋近く、木造三階建ての建物。

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↓岩国駅界隈の飲み屋街

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オマケ・錦帯橋温泉
↓旅の〆はやっぱり温泉。
錦帯橋温泉岩国国際観光ホテルにて日帰り温泉に浸かり、歩き疲れた足を揉みほぐす。
二日間歩いた歩数、一日平均2万歩強なり。
平日昼間、貸し切り状態の露天風呂で湯に浸かる。錦帯橋を眺めながらの温泉は最高でした。

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2008年3月13日

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