花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

京都府・五条楽園

京都の遊里跡、五条楽園を探索してきました。


2017年蝉しぐれ。


2017年春うらら。

2004年から幾度となく訪れている五条界隈です。数年前に京都府警の摘発をうけ、現在殆どのお茶屋や置屋(性風俗を含む)は一斉に休業している。袖看板など外されたお宅も多いが、大正から昭和初期に建てられた唐破風屋根を持つ京町屋、豆タイルに彩られたカフェスタイルの建物が少なからずも現存している。ここでは2004年の画像と比べてみました。

↓リノベーションらしき建物補強の工事をしているお宅もありました。
個人宅でなければ何らかの店舗になるのでしょうか?

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(16年)

↓此方の目新しいタイルのお宅は、早朝見ると何だろう?と思いますが、
お昼から営業をなさっている居酒屋(にこみ屋六軒)さんでした。

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(16年)

↓夜の感じはこの様になります。雨模様、スマフォカメラで失礼いたします。
訪れたのは午後8時位、お値段もとてもリーズナブルで心地よい一時を過ごすことが出来ました。
午後2時からオープンしているようなので、昼探索ついでに軽くビールも良いかと思われますね。
因みに此方の高瀬川界隈は5月~ホタルが多く見る事が出来ます。

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(16年5月)

↓此方の矢印看板は現存していません。

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(04年)

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(16年)

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(04年)

↑↓歌舞練場の袖看板は外され、提灯もなくなっています。

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(14年)

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(04年)

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(04年)

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(04年)

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(14年)

↑↓大体同位置から撮影

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(04年)

↑↓左側の建物は窓枠の位置からして同じお宅のようです。
となると、右側の建物は↓画像中央カラフルタイルのお宅、お玄関がシャッターに変わっています。

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(14年)

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(14年)

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(04年)

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(04年)

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(04年)

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(04年)

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(04年)

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(04年)

↑↓お二階部分が10年前よりアーチを描く窓枠になっています。

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(14年)

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(14年)

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(04年)


2004年の現役時代はネット上でも詳しい情報少なく、某事務所があると言うことなので余り奥には入れませんでした。
今回も早朝ながらやはり緊張しながらの探索です。屋号の看板も取り去られていますが、前回探索時には見つけられなかった建物も多かった。

↓高瀬川から鴨川側にかけて、数軒のカフェスタイルの建物が残ります。

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↑↓屋号看板も取り去られたのでしょうか。この界隈でよく目にするグリーンの庇もぼろぼろです。

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↓綺麗な豆タイル装飾に彩られています。空き地、駐車場もちらほら。

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↓お二階部分とても良い感じです。

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↓以前から名前は知っていた平岩旅館の場所も確認。

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2004年11月25日・2014年2月6日・2016年5月17日

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大阪府・貝塚・堺

大阪府の遊里跡、貝塚、堺を探索してきました。

↓貝塚界隈の町並み。
2006年・2016年・2017年再訪。
時の流れが分かりやすいように、簡単なスライドショーにまとめてみました。


旅先で時間の許す限り再訪を心がけていますが、
此所貝塚は10年間殆ど変わりの無い町並みでした。

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

↓殆ど変わらぬ貝塚の町並み。
駅前観光パンフレットでは、「新地の町並み」として紹介されていました。
地図での「深川本店」は画像の料亭深川ではなく、駅ほど近くの寿司割烹のようです。

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↓料亭深川の佇まい。

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(16年)

↓新地の町並み

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(16年)

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(16年)

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(16年)

↓オマケ・仁徳天皇陵
門司港から名門大洋フェリー「おおさかⅡ」にて早朝南港へ。
午後関空からLCCの行程。晴天にも恵まれ、仁徳天皇陵も見ることが出来ました。

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↓堺界隈の町並み

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

2006年8月30日・2016年1月14日

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京都府・橋本


2016年再訪。


京都府の遊里跡、橋本を探索してきました。
「夜の女性街・全国案内板」によると男山八幡宮の麓にあり、旧街道筋の赤線。
七十五軒に二百六十二名とある。
最初に橋本を訪れたのは02年であり、その時も廃屋多く見受けられた。
11年に再訪。廃屋は新築のお宅になり、大店だった建物も売出し中でした。

↓橋本駅前にあるアサヒスタイニーの看板を持つ食堂(02年)。

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↓同じく11年

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↓駅前の風景はさほど変わっていません(02年)。

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↓同じく11年

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↓路地より旧街道を望む。正面には洋風の建物(02年)。

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↓路地より旧街道を望む。正面の建物は新築されていました(11年)。

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↓此方の建物も売出し中。土地売出しと言うことは、上物には全く価値がないと言うことですね。

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↓旅籠の建物が残る旧街道。関宿のように観光地化されておらず、人影も疎ら(02年)。

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↓旧街道には数多くの当時の建物が残っている。

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↓グリーンのタイルが残る建物(02年)。

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↓02年当時はこの様な廃屋が結構見受けられました。左側は正満寺。

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↓正満寺の看板がある辺りに廃屋が在ったと思われます。現駐車場。

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↓2011年此処から望む風景は唯一当時の面影が残っています。

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↓まだ所々に当時の雰囲気を残す建物が残っていますが、人の気配が感じられません。

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↓建物の隣は空き地。横から見ると奥行きがあります。

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↓レトロの銭湯「橋本湯」、今回は湯に浸かってみました。外観がレトロの割には内部は綺麗にリニューアルされていてちょっと残念。番台の脇に「瀬戸内ムーンライトセレナーデ」 長塚京三さん達のサインがあり、この界隈でロケしたのですね。リアルタイムで観ていますが、今度改めて見直してみよう。逆ロケ地巡りです。

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↓橋本湯、入口のタイル装飾が綺麗です。

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↓淀川の土手からの旧街道裏側。下に流れる川は大谷川(02年)。

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↓2011年、大谷川は護岸されすっぽりと建物が無くなっています。
奥に見える旅館の多津美旅館の看板が唯一の目印です。

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↓「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」篠田正浩監督作品(97年)の1シーン。
橋本でロケされていたのですね。旅館内部はセットと思われますが、玄関は売出中の建物です。

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2002年11月14日・2011年6月9日・2016年12月15日

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京都府・上七軒

京都の遊里跡、上七軒を探索してきました。


2016年再訪

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↑↓上七軒歌舞練場(2003年)

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↓上七軒界隈

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↓上七軒界隈(2011年)

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↓アスファルトの道路を石畳風に改良工事中でした。

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2003年11月27日・2011年12月12日・2016年10月26日

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京都府・五番町

2016年10月、5年ぶりに再訪してきました。
過去記載と被っていますが、スライドショーにしてみました。
千本日活手前のお宅は取り壊されていました。
ちょっとだけ景観が変わってしまいましたね。



京都の遊里跡、五番町を探索してきました。
西陣新地が正式名称で五番町は通り名。九十三軒、二百七十二名とある。
五番町を初めて訪れたのは2003年だった。
↓此方の風景は現在も変わらない(五番町・千本日活(2003年)

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↓五番町・千本日活(2011年)

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↓千本通りから仁和寺街道に入ると五番町の中心部にさしかかる。
数年前まであった木造の建物は駐車場になっていました(03年)。

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↓唯一目印となるスナック「ボレロ」です。銭湯は住宅に、
「ボレロ」隣の駐車場はデイサービスセンターになっていました(07年)。

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↓ボレロの袖看板がなくなっていました(11年)。

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↓五番町・銭湯(2003年)

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↓元銭湯が在った場所は住宅になっています。07年訪れた時と同じく。

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↓2003年に訪れた時の五番町、07年、11年と再訪しましたが、
現在は何処の場所だったかははっきりと覚えていません。
赤線跡を歩く・青本「石梅楼」を見ることが出来なかったのが残念です。

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2003年4月25日・2007年4月26日・2011年12月12日

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滋賀県・近江八幡・大津

滋賀県の遊里跡、近江八幡、大津を探索してきました。

~~2016年大津再訪。06年はスピード探索の為、見落としの建物も数軒ありました。~~

近江八幡の町並み
↓本町通りと八幡堀

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(06年)

↓元玉屋町に残る建物

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(06年)

↓観光案内板には「元玉屋町」がもと遊廓であったという記載がされています。

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(06年)

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(06年)

↓煙草屋さんであったと思われる建物。裏庭に琺瑯看板「たばこ」がありました。

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(06年)


大津界隈の町並み
↓浜大津から三井寺へ向かう途中に大津の歓楽街、長等町があり、スナック等の飲食店が建ち並んでいます。
「よるの女性街・全国案内版」によると、花街は大津柴屋町に十九軒、芸妓五十三名、赤線は同町内十六軒とも記載されている。現在は呑み屋街になっています。

↓今回大津再訪ですが、駅前観光案内所の街散策マップには旧花街柴屋町として紹介されていました。
勝手な解釈ですが、旧遊里跡を散策の目的と紹介している箇所は=写真OKと考えていますね。

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↓前回06年時に見落としていた建物です。
多分廃屋で誰もお住まいではない様子です。

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(16年)

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(16年)

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(16年)

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(16年)

料亭「豆信」
詳しくはクリック

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(06年)

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(16年)

↑↓鑑札は「料理店」でした。

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(16年)

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(06年)

↑↓この路地は殆ど変わりありませんでした。
それにしても屋号も10年間変わらないのは凄いですね。

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↓殆ど変わりのないような柴屋町の町並みですが、
空き地、駐車場、新築のお宅もあります。

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(06年現存せず)

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(06年現存せず)

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(16年)

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(06年)

↑↓此方も向側が駐車場になっていました。

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(16年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

↓長等商店街アーケード

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(06年)

↓廃業してしまった銭湯

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(06年)

↓大津では最後の〆に地元の銭湯に浸かり、大津駅前ビル6階、飲食店にて大ジョツキほろ酔いセットで終了です。歩いた歩数 31457歩、銭湯浸かり、カラカラの喉にしみわたるビールは最高でした(06年)。

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(06年)


2006年6月1日・2016年5月16日

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滋賀県・長浜・彦根

滋賀県の遊里跡、長浜、彦根を探索してきました。
JR東海ツアーズ「1day近江」利用です。長浜、彦根を探索し京都からの帰路でした(2006年)。

~~2015年12月16日彦根、2016年5月16日長浜再訪~~

長浜界隈の町並み
↓長浜駅から数分歩き、北国街道からの脇道を入ったところに呑み屋街がありました。

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(06年現存せず)

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(06年現存せず)

↑↓更地になっていました。

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(16年)

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(06年現存せず)

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(06年現存せず)

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(06年)

↑↓同じ建物です。外壁がリニューアルされていますね。

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(16年)

↓「仲見世」の裏側には小川が流れていましたが、

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(06年)

↓更地になってしまい見晴らしも良く・・・。

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(16年)

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(16年)

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(16年)

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(06年現存せず)

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(06年)

↑↓旅館から居酒屋へ。屋号が屋号が変わっていました。

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(16年)

↓1957年創業の老舗パブ「ボン」です。昔の建物をそのまま利用したジャズパブ処になっています。

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(06年)

↑↓横から眺めてみました。

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(06年)

↑↓此方は変わらぬ佇まい。

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(16年)

↓駅前再開発の為か此方の1軒が取り残されていました。

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(16年)

~~彦根界隈の町並み~~

↓彦根袋町の歓楽街。

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(06年)


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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

↓芹川沿いに旧町名「袋町」があります。

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(06年)

↓「花しょうぶ商店街」で見つけた銭湯

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(06年)


~~2015年12月16日・彦根再訪~~

袋町(現河原町)の歓楽街の様子は殆ど変わりのないように思えましたが、
06年と比べて見ると多少の取り壊し建て替えもあった模様でした。
見落としもあるかと思いますが、ご了承下さい。

↓彦根駅より南西へ1キロほどの場所に袋町が在ります。

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(15年)

↓花しょうぶ通りと平行してある袋町の路地、
この狭い一画に飲食店が点在しています。
06年と比べ商業地図のスナック屋号あわせが頼りなのですけど、
この地図の場所が青丸だとすると、06年にあった「はくすい」の建物が見当たらない。
別記12に「サンローラン」があるので建て替えられてしまった可能性がありますね。

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(15年)

↓取りあえず袋町入口辺りから一枚。
06年探索時の記憶があまりないのです。

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(15年)

↓この丁字路、中々良い雰囲気を醸し出しています。

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(15年)
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(15年)

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(15年)

↓金亀横丁の路地には現在も雰囲気のある建物が残っていました。

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(15年)

↑↓同じ路地でも見る方向によって雰囲気が違いますね。

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(15年)

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(15年)

2006年6月1日・2015年12月16日・2016年5月16日

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京都府・島原・輪違屋

2014年「京の夏の旅文化財特別公開」、輪違屋に行って来ました。
元禄年間(1688~1704)の創業以来320年以上も営業を続ける輪違屋は饗宴の場である「揚屋」の角屋に対して、太夫や芸妓を抱える「置屋」である。現在の建物は安政4年(1857)に再建されたもので、京都市指定文化財になっています。
詳しい歴史などはサイトを参照して下さい。

↓普段は「観覧謝絶」の札が掛かっていますが、今回の特別公開は10年ぶりだとか、
午前10時開館5分前に到着。夏の京都は暑いので午前中の方が良いですね。
バスツアーの団体さんもまだ来ていない時間帯がお勧めです。

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↓お玄関で観覧料金600円を払い上がります。勿論エアコンなどはありませんので、団扇は必需品です。

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↓今回公開されているのが、一階の「主の間」、二階の「傘の間」、「紅葉の間」、「太夫の間」、一階のみ撮影が許されています(大階段はNG)。暖簾をくぐると主の間に続きます。
暖簾の左手にはお二階へ向かう大階段があります。

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↓暖簾をくぐると中庭を望み主の間へ。暑いけれど風が抜け心地よいです。

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↓主の間からの眺め。

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↓主の間の襖には、昔、太夫さんたちがお客さんに贈った和歌の色紙が貼られています。
今でいう営業のためのメール、艶文ですね。
狂言「廓文章」だと勘当された伊左衛門が夕霧からの艶文を張り合わせて、紙衣にして着ていました。

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↓その中の一枚。

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↓東側(道路に面している)のお庭。切支丹灯籠があります。

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お二階は撮影NGの傘の間、紅葉の間。元々輪違屋の建物は置屋建築。明治になってお茶屋にするまでは、当代の主人の部屋だったという。一階の主の間は書院造で、そこを家族の居間のように使っていたともいわれています。
詳しい情報は高橋利樹著・京の花街「輪違屋」物語・PHP新書をご覧下さい。巻頭カラー写真で紹介されています。

2014年7月31日












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京都府・伏見撞木町

京都府の遊里跡、伏見撞木町を探索してきました。
全国遊廓案内によると撞木町遊廓の沿革は最も古く豊太閤の全盛時代が濫觴で、花街は非常に殷賑を極めたものであったが、後徳川幕府時代となって慶長15年に初めて幕府から公許を得て遊廓が出来たとある。総軒数二十軒、娼妓数約七十人とあるが、現在名残は殆ど残っていない。唯一残るが石柱(大門?)だけというのも古い町並みが多く残る京都にしては不思議だが、文化財指定もなく、案内板もない石柱だけが残っているのも此また不思議ですね。

↓廓入口の大門。かつてはアーチ状に飾り付けされていたのだろうか?

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↓裏側には大正七年八月吉日とあります。

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↓全体的に見て、まわりのお宅の築年数が結構新しいような気がしますね。
碑もありますが、案内板などはありませんでした。

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小雪舞う京の冬、京の冬はやはり寒かった。

2014年2月6日




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京都府・祇園甲部歌舞練場

2013年京の夏の旅・文化財特別公開
「祇園甲部歌舞練場庭園」に行って来ました。
京都五花街で最も大きな花街と知られる祇園甲部、江戸時代に八坂神社の門前に湯や茶のほか酒などを出す茶店が建ち始めた。現在はお茶屋61軒、芸舞妓89名が在籍している。

↓今回の特別公開は右側の建物、八坂倶楽部の1階内部と庭園です。

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↓八坂倶楽部は大正5年に大正天皇御即位の饗宴場として建てられた木造二階建ての建物で、国登録有形文化財に指定されています。

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↓歌舞練場本館のお玄関。
大正2年に建てられた木造二階建ての大劇場建築で「都をどり」の舞台。

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↓本館と八坂倶楽部を繋ぐ渡り廊下。

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↓八坂倶楽部大座敷。現在は「都をどり」の茶券付特別席の待合として利用されています。
欄間には祇園のシンボル「つなぎ団子」の意匠が施されています。

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↓歌舞練場別館と八坂倶楽部に囲まれた回遊式庭園。大座敷から出ることが出来ます。

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↓庭園側から八坂倶楽部を望みます。

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↓庭園から見た別館。

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↓回遊式庭園は、織田信長の弟で茶人であった織田有楽斎の別邸にあたると伝えられ、庭内には有楽斎の作った有名な茶室「如庵」と同じ名をもつ茶室が建てられています。

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↓本館の北側に建つ弥栄会館は京舞・華道・茶道・琴・雅楽・狂言・文楽等の催し物など、
個人でも気軽に愉しめる施設のようです。手前の瓦屋根は本館のお玄関。

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2013年8月8日

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