花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

青森県・八戸

2014年9月21日、早朝の日テレ「遠くへ行きたい」を見ていたら、
新むつ旅館が紹介されていました。
宿泊したのが震災前2010年の夏、女将さんもお元気そうで良かった。
~~こちらのサイトは気まぐれなので、
過去の情報でも何か新しい発見があればその都度更新しますので、ご了承下さい~~

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青森県の遊里跡、八戸を探索してきました。2003年に初めて訪れた小中野、2010年再訪です。
今回の目的は「新むつ旅館」に宿泊。明治築の有形文化財の宿ですが、気さくな女将さんの話はとても愉しく、心地よい時を過ごすことが出来ました。映画「傷だらけの天使」87年では館内ロケが行われたようです。
↓今回夢叶って宿泊することが出来ました。

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↓玄関をくぐり、最初に目に付くのが広間と二階に続く階段。
明かり窓のある吹き抜けの広間は空中回廊へと続く。

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↓二階廊下から玄関を望む。

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↓裏階段

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↓今回通されたお部屋は二間続きの十四畳。他の宿泊の方が居なかったので、
旧館二階は貸切だった。麻吉旅館と同じく障子襖を全開にし、時を過ごす贅沢さ。

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↓「今年は特に暑いのよ」と女将さん談。部屋にはエアコンもないが、風が通るのでさほど暑さは感じられなかった。

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↓貴重な宿帳や大福帳も部屋にさり気なく置かれている。宿帳には遊客氏名、人相書き(小柄とか中肉とか)書かれ、相方の娼妓さんの名前も書かれている。

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↓釘隠。以前はもっとあったんだけど、お客さんが持って帰ってしまって・・・。と女将談。

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陸奥湊界隈
↓「赤線跡を歩く・緑本」に載っている小中野遊廓の一画。鍵の手のある路地とされている。当時は海がもっと近かったので、船宿が数多く建ち並んでいたが、大火の為、浦町の方へ移転してきた。

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↓旅館風の建物。

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小中野新地旧遊廓街(03年)
↓メインストリートの道幅は広い。当時は両側に大店が建ち並んでいたと思われる。現在は片側に数軒の旅館が残っています。

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↓明治時代から遊び場として栄えた旧小中野新地遊廓街。新むつ旅館は明治三十一年に建てられた。当時の屋号は「新陸奥楼」。しかし売春防止法の成立で、昭和三十二年以降旅館に転業した。現在旅館営業しているのは「新むつ旅館」のみ(10年)。

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↓小中野駅界隈の飲食街(03年)

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村重旅館(03年)
↓本八戸繁華街に残る旅館。
当時、在郷から荷物を運んで往来した馬喰と呼ばれた人たちが、馬とともに宿泊した馬喰宿の建築様式を伝える。

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↓本八戸の呑み屋街(03年)

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2003年9月18日・2010年8月27日

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青森県・黒石

青森県の遊里跡、黒石を探索してきました。
「全国遊廓案内」によると、黒石の遊廓は妓楼三軒、娼妓十五人位とある。
今回の青森遊廓跡探索の第一目的は黒石の元妓楼の中村旅館に宿泊すること。明治築の元妓楼を満喫してきました。

温湯温泉界隈
↓E5系はやぶさ車両はやてで東京を出発です。今回宿泊する「中村旅館」は温泉ではないので、黒石にある黒石温泉郷温湯(ぬゆる)温泉で立ち寄り湯につかりました。お得な情報は東北新幹線利用者は1日3便の新青森~黒石~温泉街の無料シャトル黒石こけし号が利用できます(12年1月現在)。

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↓客舎と呼ばれる自炊湯治を主体とした温泉宿が多く点在し、
歓楽色はないが温泉街風情を愉しめる温湯温泉街。

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↓観光ポスターでも紹介されている飯塚旅館です。

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黒石界隈
↓黒石の町並みは国選定「重要伝統的建造物保存地区」に選定されている「こみせ通り」には町歩き愉しい建物が多く点在する。木製のアーケードは新潟方面では雁木と呼ばれているが、ここでは「こみせ」のようです。

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↓温湯に浸かって夕刻黒石こみせ通りに到着。
中村旅館は中心部よりちょっと入った鳴海酒造裏手にあたる。中村旅館裏側からの風景。

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↓黒板塀に見越しの松、コの字型の建物はかなりの大店です。

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↓雪が邪魔して中々上手くポイントが掴めない。下手に移動したら側溝に片足落ちました。
教訓、慣れない雪国では人の歩いた跡以外は立ち入らない事。

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↓女将さん曰く明治二十八年築~、百二十年近く経っているのですね。
中村旅館玄関を上がると二階に続く大きな階段があります。

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↓手すりの低さは妓楼時代は顔見世に使ったという。

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↓階段を上がると大きな梁と出し桁?があり、廊下は中央部に部屋を挟み二本あります。

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↓右側が玄関側です。二つの廊下、階段二つはお客さん同士が顔を合わせないようの配慮です。

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↓二階の右側は大広間になっているようです。

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↓今回通された部屋は六号室、とても小奇麗なお部屋です。
壁紙が新しくなっていますが、剥がしてオリジナルを見てみたい気もしますね。

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↓壁は新しいのですが、柱に和服姿の絵模様が残っていました。触れてみると剥がれそうで剥がれない。

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↓此方の方はもう少し彩色が残っています。艶っぽく不思議な柱に描かれた和服姿。

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↓室内、廊下とそれぞれ意匠を凝らした釘隠し、ワタシの部屋は残1でした。
「新むつ旅館」の女将さんも言っていましたが、お客さんが持って帰ってしまうそうです。

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↓間取りはこんな感じになっています。

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↓翌朝の風景、昔は綺麗なお庭もあったそうですが、
今は何もありませんと女将。季節柄雪で埋まっていました。

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↓もうひとつの階段

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↓表側の廊下の手摺です。
廊下は張替え、窓はサッシになっていますが、
元々はどの様な風景だったのか想像してしまいますね。

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↓中村旅館は1泊朝食付きで4500円。宿泊した日は貸切でした。なんと贅沢な・・・。

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↓黒石こみせ通りには造り酒屋二軒の他、趣のある建物が多く点在しています。
此方は廃業した銭湯旧松の湯。

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↓黒石の町を歩いて気がつくのは、呑み屋が数多く点在していること。

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↓甲徳兵衛町(黒石一の歓楽街)として「黒石おもしろ散策マップ」にも記載されています。

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↓新しくされた長屋系呑み屋街よりも・・・。

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↓ちょっぴり時代から取り残された路地裏雰囲気好みです。

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↓東京在住の者にとって殆ど利用することのない「日本海号」ではあるが、12年3月のダイヤ改正により廃止決定の日本海に乗車しました。2012年1/23乗車、この時期大雪運休続きの日本海に乗車出来た事は、本当に幸運でした。
乗車し翌日大阪河内長野を探索します。

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2012年1月23日

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青森県・青森・鰺ヶ沢

青森県の遊里跡、青森、鰺ヶ沢を探索してきました。
↓青森駅前の一画に飲み屋街があります(04年)。

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↓第三新興街の周りにはカラオケBOX等の店舗が並びます。

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↓再開発が進んでいるのでしょうか、第三新興街と東奥新街のあいだは駐車場になっています。
(2004年8月撮影)

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↓2010年駐車場からの入口はフェンスで閉ざされています。10年年末の新青森駅開業に向け駅前再開発が行われ、駅前に在ったビジネスホテル「青森館」も廃業していました。

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鰺ヶ沢界隈
↓全国遊廓案内によると貸座敷は六軒、娼妓は三十五人とある。
旧藩時代には津軽唯一の商港地とあり、遊廓自体も三百年と古い歴史を持つ。

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↓漁師町から一本奥に入った通りが新地町、古の区画が今でも残っています。
海側より新地町を望みます。

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↓新地町からの風景

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↓妓楼が連ねていたと思われる通り。

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↓一棟の妓楼風の建物があります。

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↓庭園の名残でしょうか?見越しの松に石灯籠。

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↓新地町は両脇を寺院に囲まれています。
新地町お稲荷さんからの眺め。中央部分が新地町のメイン通り。

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2004年8月27日・2010年6月26日

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青森県・大鰐温泉

青森県の温泉街、大鰐温泉を探索してきました。

大鰐界隈
↓駅名が「大鰐温泉」のわりには地味な温泉街だ。駅前の大きな鰐のモニュメントが印象的。
「夜の女性街・全国案内板」にも記載されているが、「がん鍋」=酌婦を呼ぶシステムらしい。

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↓温泉街には共同浴場もあり、無料の足湯もある。湯も高温泉で泉質はとても良いのに鄙びている。駅前には温浴施設が整った地域交流センター等もあるが、温泉街には大正ムード溢れる後藤旅館(現在旅館の営業を休止中)など現実は厳しいようです。

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2010年6月25日

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青森県・野辺地・大湊・田名部

青森県の遊里跡、野辺地、大湊、田名部を探索してきました。
↓「全国遊郭案内」によると、野辺地遊廓は東北本線野辺地駅より北へ三丁、乗合自動車金沢山口屋前とある。金沢町は駅よりもうチョイ離れているような気もするが、ネットで調べた「大万旅館」を目標に地図を片手に15分程歩く。全国遊郭案内に記載されている妓楼名の中に「大万楼」の名があるので、転業旅館だったかもれない。
当時妓楼数十三軒、娼妓三十人記載あり。

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↓現在は休業してしまっている「大万旅館」は明治時代の建造物。最寄り駅は北野辺地駅だが(昭和33年開業)、
大湊へ行くための列車「快速ジョイフルトレイン下北号」を利用するため、数枚の画像を撮り再び野辺地駅へ。
小雨降る初冬の北東北は寒かった。

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大湊界隈
↓「全国遊郭案内」によると、妓楼数十軒、娼妓約三十人とある。規模的には野辺地と同じくらいと思われる。天気は傘を差すほどではないが、鈍より曇り空。駅より徒歩10分程の所に現在は廃業された石造りの料理屋か妓楼のような建物が在る。

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↓建物の脇が「一番坂」と呼ばれる坂で、坂を登り切った所に常楽寺がある。

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↓坂の回りは殆ど建て替えられているが、一軒の立派な木造家屋がありました。

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↓逆方向から撮影。大湊湾を望みます。

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↓大湊駅前の小路に呑み屋街がありました。

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↓駅前旅館もレトロな雰囲気。

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田名部界隈
↓「全国遊廓案内」によると田名部遊廓は貸座敷三軒、娼妓十五名とある。現在の田名部では遊廓の名残は見つけることは出来なかったが、田名部神社を囲むように呑み屋が軒を連ねているのには驚いた。そのひとつひとつに小路の名もある。

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↓現在の最寄り駅は下北駅だが、平成13年下北交通大畑線廃止までは鉄道路線が在った。下北駅より三キロ弱。

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↓今回の下北半島跡探索の旅、大湊線は時刻表も薄く、効率的に回るには苦労をする。
時期的に初冬、日の傾くのも早く、曇り空ゆえ3時半位には辺りは暗くなる。

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↓大湊が先か田名部が先か、迷ったあげく駅より近い大湊を先に選ぶ。運良く大湊から田名部行きの路線バス(1日4本・14:02発)があり。田名部に向かうことが出来た。

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2009年11月11日

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青森県・浅虫温泉

青森県の遊里跡、浅虫温泉を探索してきました。
今回利用きっぷは「八戸旬グルメ」を利用(09年)。びゅう商品日帰り旅。指定列車だがはやて号に乗れ八戸まで往復1万円(平日)~と格安です。八戸からは東北本線普通列車で浅虫へ。日帰りだが浅虫滞在時間3時間あり、探索し温泉浸かってビールは最高でした。

↓浅虫温泉、ここでは酌婦のことを「こぶ巻さん」と言うらしい。よるの女性街・全国案内板によると、酌婦数冬分八十名、夏場になると百三十名とある。現在は歓楽色は殆どないが、温泉街界隈には数軒の飲食店がありました。

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↓「赤線跡を歩く・緑本」の妓楼風の建物は空き家のまま現在も残っていました。今回浅虫旅はこの建物を見るために行ったようなもの、この姿を見つけたときはホッとしました。そばには足湯もあり、足湯に浸かりながらこの建物を眺められます。

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↓目の前の広場には足湯もあります。無料です。

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↓建物を横から眺めてみました。右手は浅虫川。

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↓裏手から見た風景。浅虫川に面しています。

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↓建物は朽ち果て損傷も進んでいます。

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↓温泉街から一本入った路地に芸妓組合と思われる建物がありました。屋号は「ぎおん」。

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↓浅虫温泉飲食店会のマーク。ハートをかたどったお魚さんが可愛いですね。

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2009年2月5日

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