花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

岩手県・一戸・二戸

岩手県の遊里跡、一戸北館を探索してきました。
「全国遊廓案内」によると、一戸北館遊廓は東北本線一戸駅で下車すれば東へ約十丁の地点にある遊廓である。駅前から乗合自動車の便があって、上町万代舘前で下車すれば宜しい。

私娼か飯盛女の進化形ともされ、詳しい事は判明していないとも記載されている。
旧奥州街道宿場町からちょっと入った北館、貸座敷四軒、娼妓八人。
映画館も在り、当時の賑わった様子が感じとれます。

↓現在は三セクのいわて銀河鉄道に変わってしまった一戸駅、遊里跡探索も含め町歩きが愉しい。取りあえず万代館を目指し東へ歩いてみました。間口の広いお宅や看板建築も多かった。

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↓廃屋になっている建物。お手入れすればコミュニティセンターにもなりそうですね。
お屋根からは木も生えてしまっているし、前はゴミの集積所になっていた。
往路時は不燃ゴミがあったが、復路は集積されていました。

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↓馬淵川万代橋の袂。以前は旅館か料理屋と思われるお宅があります。

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↓手前左の路地を入った行くと、もう一棟同じような感じのお宅もありました。
窓枠の感じが同じ雰囲気ですね。右側はそのまま河原に出る事が出来ます。

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↓万代橋を渡り、正面にそびえるのが万代舘です。
コピペの情報より此方の情報の方が良いかと思われます。参考にして下さい。

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↓万代舘をはさみ、左方面は旧奥州街道、右方面は遊里の在った北館です。
丁度北館の入口あたり、スナックがあります。

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↓そのお隣にはキャバレーだったのかな? 営業はしていない様子です。
まっすぐ伸びる道は旧街道ですね。

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↓もうちょい歩くとかつてはスナックだったと思われるお宅もありました。
中央部分は看板だったみたい。

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↓北館詰まりは女マークの蔵で〆。遊里とは関係なさそうですが、何となく〆。

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↓一戸商業地図。残念ながら万代舘と北館はエリア外だったようです。

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一戸行きの列車待ち合わせ時間に二戸の町もちょっとだけ探索してみました。
帰宅後遊里跡「福岡遊廓」が二戸で在る事を知りました。貸座敷二軒、娼妓十名。
二戸の旧駅名は北福岡だったのですね。毎度の事ながら情報不足で反省。

↓40分の列車待ち合わせ街探索はかなりスピード探索ですよ。
商業地図見つけて旅館らしき建物を探す。

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↓旅館もありましたが、個人的には鹿角街道からちょっと入った此方のお宅が何となく良い雰囲気でした。袖看板もあるので、料理屋さんみたいです。

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2012年6月27日

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岩手県・釜石・大船渡

岩手県の遊里跡、釜石、大船渡を探索してきました。

~~この度の大規模震災により被害を受けた皆様に心からお見舞い申し上げます~~
此方の画像は2010年8月に三陸方面を旅した画像です。
震災前の町並み風景をアップ致しました。

↓釜石メイン通りからちょっと外れたところに呑み屋街があります。

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↓釜石の名所と言われた「呑兵衛横丁」です。

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↓昭和の面影残る呑み屋が軒を連ねています。

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↓この日は観光地でもない釜石に宿泊。早朝散歩の後、三陸鉄道で大船渡に向かいまいた。

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大船渡界隈
↓大船渡で見つけたお宅。1階はスナックになっていました。

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↓路地裏の呑み屋街

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2010年8月29日

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岩手県・宮古・久慈

~~先般の大震災で被災された皆さまには心よりお見舞い申し上げます~~

岩手県の遊里跡、宮古、久慈を探索してきました(2010年)。
鉄道乗り潰しを兼ねて三陸「跡」旅。時刻表の薄いのが難点ですが、釜石線・山田線・岩泉線・三陸鉄道・八戸線をノンビリ乗り継ぎ鉄道旅を満喫!一般観光龍泉洞も愉しんで来ました。
↓「大正時代に全盛を迎えた鍬ヶ崎上町には多くの料理屋と遊廓が軒を並べていた」と月刊みやこわが町(2001年6月号)の特集「鍬ヶ崎哀歌」に記載されています。

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↓上町のメインストリート

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↓常安寺別院への参道。昭和初期の上町界隈略図には「旭屋」「開清庵」の屋号が記載されています。

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↓参道から港を望みます。当時、この参道を下り、海岸へ向かう途中に「有楽座」という芝居小屋が在ったとされています。

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↓銭湯

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↓宮古駅前の呑み屋街

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↓月刊みやこわが町、商業地図、現在の区画地図を眺めていると、華やかかりし当時の鍬ヶ崎をついつい想像してしまいます。格の高いとされた「相馬屋」→食事処相馬屋。太郎兵ヱ屋の隣に在った宮喜楼→太郎兵ヱ屋は酒屋さんのようですね。

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月刊みやこわが町(2001年6月号)
↓「いつかは行こう宮古へ」っと思い、数年前に購入した「月刊みやこわが町」。大正から昭和初期の鍬ヶ崎花柳界が特集されています。良く読んだつもりですが、実際現地を訪れると見落とし多し、毎回帰宅後の反省です。

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女弥次喜多 タッチ旅行(1963年・松竹)では当時の鍬ヶ崎界隈の様子がロケされていました。
宮古での安宿探しで、タクシーの運転手が紹介したところが旧遊廓の転業旅館。
テレビからのデジカメですので、その点ご了承下さい。
↓メインストリート、冒頭の妓楼が写っています。

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↓メインストリートから海側を眺める。セットではないと思うので旅館が建ち並んでいたのですね。

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↓おっさんは勿論役者さんです。

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久慈界隈
↓上村行彰著「日本遊里史」(1929年)によると、久慈市荒町に貸座敷七軒、娼妓約十七名とある。現在の荒町にはその面影は全くなく、通り沿いに二軒のビジネス旅館が在るのみ。仕方がないので、荒町バス停の足跡残し。

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↓荒町川沿い橋の袂に一軒の古そうな建物を見つけました。個人宅ではなさそうですが、外壁リフォームを取り外すと旅館のような気もしますね。

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2010年1月21日

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岩手県・盛岡

岩手県の遊里跡、盛岡を探索してきました。
八幡町界隈の町並み
↓盛岡駅より徒歩20分ほどの所に八幡町があり、盛岡八幡の参道に歓楽街が形成されたと思われます。参道に面した「新八幡街」は小さな飲食アーケードになっており、元々在った小店を一箇所に集めた感じです。

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↓参道の北側路地には小店が建ち並んでいます。

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↓中には廃業した飲食店や空き地も目立ちます。

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↓盛岡八幡参道は参道整備の工事が行われ、電柱等を地下化にするようです。

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松尾町界隈
↓数年前まで(木村聡著・消えた赤線放浪記・ミリオン出版)では左側には料亭風の建物がありましたが、現在は駐車場になっています。また右側の建物には屋号がはめ込まれていました。

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↓八幡町のお隣、松尾町には料亭が数軒在ります。

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↓八幡町は遊郭と花柳界が一体となった遊里で、盛岡八幡参道を挟み、南側(現松尾町)が大店の在る色里。北側が小店の多い外郭の飲み屋街の印象を受けました。

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↓盛岡八幡には八幡町が以前歓楽街であった事が記載されていました。

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↓オマケ・岩手山
快晴の一日、岩手山が綺麗です。
この後、盛岡市郊外「つなぎ温泉」ホテル愛真館の日帰り湯に浸かり帰路。
偶然にもこのホテルの露天は、朝ドラ「どんど晴れ」のロケにも使われた温泉でした。

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2007年11月29日

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