花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

山形県・瀬見温泉

以前から宿泊したいと思っていた瀬見温泉喜至楼に宿泊してきました。
遊里跡だったかどうかは分かりませんが、明治、大正、昭和と増築された風格ある佇まいは、
宿泊しているだけで愉しい宿でした。

↓時刻表の薄い陸羽東線です。
古川~鳴子温泉と途中下車しお昼過ぎに到着しました。

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↓温泉街は徒歩圏内、喜至楼は陸羽東線からも望むことが出来ます。
本館玄関と今回宿泊した部屋のある左側の建物。
1階は浴室になっています。

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↑↓フロントのある別館でチェックインして本館宿泊棟まで、館内は迷路のようです。

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↓お部屋は湯前神社を望む二階の角部屋でした。

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↓館内別館フロントから本館へ続く廊下、昭和30年代の写真が飾られていました。
大宴会場では菊人形展の催しあったようですね。

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↓此方の火鉢も冬場お部屋の暖をとる為に使用していたのでしょう。

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↓本館の廊下と2階からの眺め。ちょうど本館玄関の真上になりますね。

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↓そして本館のお玄関。女将の「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」。
随所に遊び心満載です。

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↓オマケ・今宵の夕食
今回の宿泊は本館有り有りで6000円+税。素泊まりが4000円、朝食付き4400円なので、
夕食難民にならぬよう有り有りがベストですね。
シンプルながら、このお値段だったら満足です。
しかも濾過循環無しの温泉付きですから。

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2015年6月30日



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山形県・天童

山形県の遊里跡、天童を探索してきました。
将棋駒の産地で有名な温泉場。
自然景勝地でない市内温泉地としては山形の赤湯に似ている印象がある。
「よるの女性街・全国案内版」(渡辺寛著・昭和三十年)によると、芸者と酌婦の二本立てで、芸者は六名。花代一時間三五〇円で泊まりせず、酌婦は二七名、花代二〇〇円、泊まり一三五〇円ほど。とある。

↓歓楽街は大型観光ホテルが建ち並ぶ北側、
県道と倉津川に挟まれた一画にぎおん小路という呑み屋街があります。

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↑↓建物はビル化呑み屋街になっているので、余り街探索の面白みに欠けますが、
県道側の入口に一寸だけ取り残された一画が残っていました。

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↓倉津川側からの眺め。

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2013年12月6日

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山形県・湯田川温泉

山形県の遊里跡、湯田川温泉を探索してきました。
「全国遊廓案内」によると、散娼制から集娼制になったのは、明治四十二年の大火災以後のこと、貸座敷五軒、娼妓三十五人とある。また、「よるの女性街・全国案内版」では、戦前は幸至楼など五軒の遊廓があったが、現在は全部廃業して旅館になっている。とも記載されています。

山形庄内三名湯のひとつ湯田川温泉、昨年は温海、湯野浜温泉を探索しましたが、殆ど当時の名残を見つけることが出来ませんでした。今回もダメ元探索で一番老舗そうな旅館に宿泊(もしかしたら転業旅館の可能性もある)。宿到着後女将さんに伺ったところ、場所は温泉街の一番奥まった処に「新清楼」が廃屋のまま残っているとの事、「新清楼」は全国遊廓案内にも記載されている妓楼のひとつです。

↓お玄関付近、人がお住まいの気配はありませんでした。かなり朽ち果てています。

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↓新清楼の屋号が残ります。因みに湯田川温泉の五軒の妓楼は「桜花楼」「場照楼」「幸至楼」「藤沢楼」と記載されています。

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↓廃車等の物置場となっています。

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↓新清楼の右側は洋館になっています。和洋折衷の建物だったようです。

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↓洋館部分の窓枠が素敵です。

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↓洋館部分を横から見てみました。

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↓思いの外奥行きもあります。

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↓以前は呑み屋として営業もしていたようです。障子にお品書きが書かれています。

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↓ちょっとだけ失礼してお玄関から中を覗かせて頂きました。
模造差に積まれた茶箱、ヤフオクしていると何かお宝があるのではないかと想像してしまいますね。

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↓近くにもう一棟古い建物が残っていましたが、お住まいのようなので遠望からデジカメ。
女将さんの話だと遊廓案内記載の屋号と一致する建物のようですが、私も嫁に来たので余り詳しくないとの事でした。

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↓商業地図には下の方に「*新館旅館」があります。「清」の文字が消えていますが、
清新館旅館として以前は営業をしていたのでしょう。

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↓温泉会館があります。以前は見番も兼ねていたようにも思われますね。

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↓今回お世話になった「たみや旅館」さん。

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↓源泉掛け流し、24時間入浴可能、部屋食を古き良き温泉旅館の雰囲気を満たしてくれます。
ビジネスプランながら晩酌するので、丁度よい品数。
座るのが苦手なので、窓側の腰掛けに持ってきて頂きました。

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↓翌日お名残惜しく早朝散歩。

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↓湯田川温泉は歓楽色は殆どありません。見た感じだと此のスナックが一軒。
しかしながらこの時期歩いて5分ほどの「ホタルの里」ではホタルが乱舞しているのをみることが出来ました。
星数多い夜空とホタル、都会では見ることの出来ない光景でした。

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オマケ
↓湯田川温泉/廃屋になった旧妓楼「新清楼」です。
コンパクトデジカメ動画ですので見辛いかと思われますが、スライドショーに編集してみました。




2012年6月25日

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山形県・酒田

山形県の遊里跡、酒田を探索してきました。
酒田を最初に探索したのは2004年12月。08年には料亭「小幡」は映画「おくりびと」のロケ地になっていました。

↓江戸時代より料亭として営業をしていた「相馬屋」は明治二十七年の荘内大震災の大火で焼失した直後に建て直され、平成六年まで料亭として営業。現在は文化財の指定を受け、内部を見学できるようになっています。また、内部見学700円の他に1000円で毎日2時より舞妓さんの踊りを正面二階の大広間で見学することも出来ます。舞妓さんとの記念撮影も出来、一寸お勧めです。

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↓日和山公園、日枝神社の参道にあたる日吉町には現在も酒田の料亭街、石畳や街灯も整備され、花街らしい景観を醸し出しています。「酒田甚句」に唄われた今町・船場町・高野浜(今町は現在の日吉町)には現在も「治郎兵衛」をはじめとした数軒の料亭が営業しています。

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↓相馬楼路地

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↓現在は休業中と思われる妓楼風の建物です。正面の造りも立派ですが、その奥行きの大きさに驚かされます。

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↑↓建物の側面から見た画像です。瓦屋根続きで見ると周りは空き地、駐車場になってしまっていますが、この手前の建物も大店の一部と思われます。

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日和山公園界隈
↓この建物も休業中と思われ、料亭の屋号は残っています。
面白いのはこの煉瓦建ての1階入口部分は銭湯のように二つに分かれていました。

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↓正面右の和風建物と左の増築部分のバランスが面白く、この建物の後側は酒田港に面していることから、一時は旅館の別館として営業していた思われます。

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↓入口

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↓町中で見つけた「貸物件」の建物です。建物自体の外壁はリニューアルされているものの、玄関が何故か唐破風です。

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↓2011年再訪。時間の関係で日和山界隈には行けませんでしたが、駅前をぶらり。
再開発か何かで駅前は何も無くなっていましたが、呑み屋の一画が残っていました。
中央赤い建物が呑み屋街です。

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2004年12月16日・2011年7月2日

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山形県・温海温泉・鶴岡

山形県の遊里跡、温海温泉、鶴岡を探索してきました。
↓「全国遊廓案内」によると妓楼三軒、娼妓約二十人とある。温泉地であるから保養がてらの遊山には絶好適地、旧妓楼屋号を受け継いでいる旅館は見当たらなかったが、温泉街風情残る木造三階建ての旅館が残る。旧妓楼名は「竹岡楼」「角恵比楼」「福本楼」とある。

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↓川沿いに一軒のストリップ劇場がありました。現在は改装休業中のようです。

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↓温海温泉バラ園から見た温海温泉全景

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鶴岡界隈
↓「全国遊廓案内」によると妓楼六軒、娼妓三十人とある。現在は七日町に二軒の料亭が残る。

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↓料亭三浦屋は木造三階建てです。

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↓料亭三浦屋、向かい側の路地には呑み屋街が軒を連ねる。貸店舗看板多し。

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2011年6月30日

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山形県・上山・赤湯・米沢

山形県の遊里跡、上山、赤湯、米沢を探索してきました。
福島から米沢行きの奥羽本線は、山形新幹線を除くと時刻表が薄い路線です。秘境駅で有名な「赤倉駅」もあり、途中下車もままならぬ路線、ノンビリゆっくり18きっぷでまわってきました。
昭和30年代の「よるの女性街・全国案内板」上の山では置屋九軒、芸妓三十二名とあるが、全般的にはそば屋にも駄菓子屋にも置いているといった酌婦だったと記載されています。

↓かみのやま温泉街入口アーチと緑色豆タイル柱の建物。新湯界隈には温泉旅館が並びます。

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↓緑色豆タイル柱の建物は以前は映画館だったと思われ、入口付近に券売窓口がありました。
現在はお花屋さんの倉庫になっています。

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↓緑色豆タイル柱の建物の裏は呑み屋になっていました。

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↓仕出屋の建物

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↓緑色豆タイル柱の建物の路地裏には仕出屋、和洋折衷の旅館、栗川稲荷神社に続く参道参道があります。路地裏歩きが愉しい一画です。

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↓和洋折衷の旅館。

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↓現在は営業していない旅館と思ったのですが、
此方は旧館。新館は営業中で従業員の寮的な建物になっているようです。

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赤湯界隈
↓赤湯の温泉街は駅より3キロほど離れていて、バス路線も余りないようだった。時は夕刻、歩き疲てきたのでタクシーにて温泉街へ。ひと通り温泉街を探索してみる。旅館自体が点々としていて余り温泉風情が感じられない温泉街だった。メインの道路を挟み、旅館街とは反対側に歓楽色のある呑み屋街が在りました。

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↓空き地も目立ちます。

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米沢界隈
↓2008年7月、18きっぷ「跡」探索。福島、山形をまわり、宿は米沢に宿泊。
翌日早朝より米沢福田遊郭跡を探索します。
福田遊郭跡、区画に名残があります。

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↓相生町の当時の区画だったと思われる一画。

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↓現在は営業していない旅館がありました。

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↓一画の外れに在った小さな祠

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↓相生町から町の中心街へ探索します。

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↓現中央町界隈には歓楽街的呑み屋が軒を連ねています。

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↓「吉亭」江戸時代末期から商家を営んでいた吉澤家の建物、現在は料亭になっています。

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↓こちらも探索中に見つけた趣のある料亭。

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↓米沢駅前の「音羽屋本館」明治三十四年創業の老舗旅館で、こちらの建物は昭和十二年築。
和洋折衷の建物になっています。

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↓早朝米沢「跡」探索は5時より朝食前の約2時間6キロでした。
夏場の跡探索は早朝に限ります。帰路はさすがに新幹線利用です。

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2008年7月31日・2008年8月1日

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山形県・寒河江・山形

山形県の遊里跡、山形、寒河江を探索してきました。
全国遊郭案内によると寒河江遊廓は駅より北へ五丁とあり、貸座敷三軒、娼妓六名とある。
↓何気に見つけた西部街道沿いの旅館は当時の名残かどうかは分かりませんが、雰囲気があったのでデジって来ました。

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山形界隈
↓山形市小姓町の町並み。現在の小姓町には殆ど名残はありませんでした(04年)。

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↓小姓町で見つけたレトロな写真館。

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↓東前稲荷神社には小姓町遊郭の沿革が記載されていました。

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2004年6月17日

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