花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

石川県・七尾

石川県の遊里跡、七尾を探索してきました。
全国遊廓案内七尾欄には、「七尾町遊郭は七尾線七尾駅で下車する。
妓楼は二十八軒」としか記載されていませんでした。
ネット上の検索では常盤町にあるとの情報に駅より10分ほど歩く。
ここ常盤町は元々海だったが、1868年に埋め立てられて「常盤新地」という名の遊郭が形成されたそうです。

↓布施酒造

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↓造り酒屋の「布施酒造」の先に歓楽街らしき区画が形成されていました。

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↓以前は旅館だったと思われる佇まい。

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↓道路を挟みかつての名残、料亭、居酒屋などが軒を連ねています。

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↓休業中のお店も見受けられます。

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2012年9月4日

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石川県・和倉温泉

石川県の遊里跡、和倉温泉を探索してきました。
「よるの女性街・全国案内版」によると、「都会つ気を全く離れた石川県は七尾湾の海つ端に建つた温泉宿二六軒。正調オワラ節を歌える芸者が約一〇名、能登女の情緒を満喫させてくれる若い芸者が三十二名ほどいる」と記載されています。
現在の和倉温泉は「加賀屋」等の高級老舗旅館をはじめとする旅館が建ち並び、歓楽色は殆どありませんでした。

↓旧和倉検番跡
此方のお宅が検番跡なのか、駐車場空き地が検番跡だったのかは分かりませんが、
此方に和倉検番が在ったようです。

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↓案内版には和倉検番の歴史が記載されていますが、ガラスケースの中なのでデジカメには不向き。
安政の頃には、福浦町(今の志賀町富来)から「冬期、遊芸的女共乗りて入湯を名として滞在、浴客に座興をそえた」とあり冬場のかせぎに遊女が浴客に接することを禁ずる法令も出ている。
この遊女は明治初期まで続いた。置屋が出来て「芸者」が和倉に定着するのは明治の初めからである。と記載されています。

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↓置屋といわれた芸妓屋の主なものとして、海月、田中屋、大門、ふな路、寿苑、黒船などがあげられ大正期から昭和50年代に至るまで、芸者の数は40余人にものぼった。置屋を統括するのが検番で、大正9年9月には、和倉検番株式会社が創業し、戦後は検番組合も結成されたが昭和50年代後半には徐々に衰退していった。(普通はリンク引いて誤魔化してしまいますが、リンク先もなかったので、案内版をそのまま載せてみました)。

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↓和倉温泉最古の数寄屋造建造物「渡月庵」は宿泊出来るようですね。

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↓温泉街の中央に呑み屋の一画が在りましたが、地味目な小路でした。

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↓かなり外壁リニューアルしてありますね。

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↓長屋小路を通り抜けると外に出てしまいました。

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2012年9月4日

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石川県・穴水

石川県の遊里跡「穴水」を探索してきました。
和倉温泉よりのと鉄道で30分強の穴水、三セク運賃の高さ(和倉から片道660円)に迷いましたが、位置ゲー「国盗り」盗り残しもあったので、ちょっくら遠征。泊まりは和倉温泉にしました。
「よるの女性街・全国案内版」によると、「輪島から50分。ここにも赤線が十八軒ある」とだけ記載されています。他のサイトによると、穴水川島稲荷町が遊里との情報もあり、取りあえず駅から500メートル程の川島稲荷町をぶらり。

↓殆ど名残は残っていませんでしたが、川の袂に料理屋が一軒。

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↓足跡残しに地名を一枚。

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↓道なりに行くとコの字を描くように、路地裏には旅館がありました。

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↓旅館近くの橋は「稲荷橋」という名称です。
中央に最初に見た料理屋さんがあります。

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↓駐車場?空き地?にポツンと残る祠

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↓川島稲荷町からちょこっと外れた路地にも飲食店街がありました。
屋根を見ると外壁リニューアルされているようにも思えます。

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↓もうちょっと先に行くと呑み屋さんだったと思われる戸建ての一軒家と長屋形式の呑み屋街がありました。

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2012年9月3日

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石川県・鶴来

石川県の遊里跡「鶴来」を探索してきました。
「全国遊廓案内」によると鶴来遊廓は金沢街鉄線(現北陸鉄道?)鶴来駅から約五丁とされている。
当遊廓は芸妓の為に圧倒されて、娼妓は殆ど見なくなっている。と記載されているが、枕芸者という言葉と、男と女がいる限り(陰間は除く)、内容は娼妓と同じものだったようです。
妓楼十八軒、芸妓六十五名。

↓現日詰町には料理旅館等が点在しています。
此方花月荘のサイトには以前鶴来は金沢と並ぶ遊廓街だったと記載されていますね。

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↓遊廓の名残は花月荘のお隣格子の建物と検番と記載あり。

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↓地図サイトを見ると「金劔宮」の参道に遊里が在ったようです。

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↓お隣の格子の建物は分かりますが、検番は何処なんだろう?
格子の建物のお隣にも趣のあるお宅がありました。

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↓良い雰囲気を醸し出す路地裏。正面の寺院は鶴来別院です。

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↓料理旅館は花月荘の他、さわだ旅館も近くにあります。此方も格子が綺麗ですね。

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↓オマケ・鶴来駅と車両
旧東急線と京王井の頭線の車両が現役で走っていました。

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2012年9月3日

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福井県・勝山

福井県の遊里跡、勝山を探索してきました。
福井駅よりえちぜん鉄道で約1時間、平日昼間人も疎らな車内はノンビリムード。終点勝山駅に降りたほんの数名だった。
↓全国遊郭案内によると、勝山町湊遊廓は越前電気鉄道勝山駅より東北へ七丁の所にあり、貸座敷七軒、娼妓二十五人とある。

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↓駅より九頭竜川に架かる勝山橋を渡り、河原通りを目指します。こちらは唯一営業している割烹のようです。

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↓河原通りには明治時代より花街として栄えた事を示す案内板がありました。

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↓当時の区画を残す旧廓の通り、良い雰囲気を残す町並みです。

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↓オマケ・その1
昭和の名車両2ショット、金沢駅にて。

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↓オマケ・その2
帰路は金沢より寝台特急「北陸」乗車。
北陸ソロの居住空間は最高でした。

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2009年9月24日

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富山県・氷見・東岩瀬

富山県の遊里跡、氷見、東岩瀬を探索してきました。
↓忍者ハットリくん電車が走る氷見線です。
遊里跡の名残は殆ど残っていませんでしたが、快晴の氷見線、海岸線が綺麗でした。

↓「全国遊郭案内」によると氷見町遊郭は貸座敷二十三軒、娼妓は約三十人とある。
町中を一通り探索しましたが、中々此処と言った場所が分からず、図書館で情報を得ましたが、現在は跡の跡。
歓楽色も無く、料亭、食事処になっていました。

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↓丁度この辺りが当時の入口だったと思われる。図書館の氷見古今写真集に当時と現在の見比べ写真がありました。

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↓外廓の呑み屋街

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↓遊里は市役所裏の辺りに在ったという。

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↓国道沿いの商店街に在った割烹旅館

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↓市役所裏手に移る前は、駅前伊勢玉神社の裏手に在ったとも記載在り。現在は数軒の旅館が残ります。

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東岩瀬界隈の町並み
↓東岩瀬遊郭は貸座敷四軒、娼妓十人とあるが名残はない。ライトレールが出来、東岩瀬、岩瀬浜にも行きやすくなりました。早朝探索、東岩瀬から岩瀬浜まで歩いてみました。

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↓旧北国街道、岩瀬大通りに沿った港側には廻船問屋の大店が並んでいます。

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↓明治からの老舗料亭「松月」

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2008年9月12日

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福井県・鯖江・武生

福井県の遊里跡、鯖江、武生を探索してきました。
↓「全国遊郭案内」によると鯖江の遊里は駅より約三丁。鯖江町字清水とあるが、現在字清水という地名はない。松阜神社参道付近に数多く料亭が点在していた。妓楼十二軒、娼妓四十五名とある

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↓数多い料亭の中でも最も大きく趣のある料亭「天狗楼」です。

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武生界隈の町並み
↓武生駅より尾花新地へ向かう途中に料亭風の建物が在りました。現在は休業中のようです。

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↓「全国遊郭案内」によると武生尾花新地は、武生駅より西北へ約七丁とある。妓楼二十三軒、娼妓九十五人。

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↓用水路のあるメインストリートの脇筋には、歓楽色のある呑み屋街が在ります。

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↓用水路と松の植え込み。用水路の水の流れは意外と速かった。住民の方が鉢物にお水をあげたり、水撒きしたり、生活に密着している用水路のようです。

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2008年9月11日

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石川県・山代・片山津温泉

石川県の加賀温泉郷、山代・片山津温泉を探索してきました。
北陸の四大温泉郷内ふたつの温泉場です。歓楽色は余りありませんでしたが、「よるの女性街・全国案内板」での芸者数、山代八十名、片山津百四十八名と記載されています。明治から大正の初めの頃は女中が湯女の代わりを務めたという。その後職業が分離され「芸妓」になった。
この界隈には"シシ"とか"カモ"と言う隠語もあり、当時の賑わいが感じられます。

山代温泉街の町並み
↓「白銀屋(しろがねや)は、寛永元年(一六二四年)創業・三百八十年の歴史ある旅館です。
築百八十年を超える本館は、国の有形文化財に指定され、宿泊可能な旅館建築では日本最古とされています」サイトよりのコピペです。気になるお値段ですが、平日一泊二食二名一室23000円、一名一室も可能のようですが26000円。私には到底手の届かないお宿のようです。

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↓「しげなり横丁」という飲食店街。この界隈は朱塗りの商店が目立ちます。

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↓取り残されたストリップ劇場「ヌード」の看板。

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↓看板あれど劇場がない。もしやと思いデジっておいた画像が劇場跡。帰路後ググってみたら、山代OSミュージックは2003年12月20日で閉館とのことでした。

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片山津温泉界隈の町並み
↓片山津温泉のアーチ

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↓片山津温泉街の検番「花館」。観光案内散策マップにも記載されている検番です。
案内には「芸妓さん達が旅館街へ繰り出す拠点であり、べんがら格子が温泉情緒を醸し出しています」と案内されています。

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↓検番の館内に展示してあった古写真。失礼ながらデジってしまいました。

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↓特殊浴場も数軒あるようです。

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オマケ
↓オマケ・柴山潟の朝日

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2008年9月11日

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福井県・小浜

福井県の遊里跡、小浜を探索してきました。
↓小浜湾近くの三丁町香取区入口辺り、江戸時代から栄えた花街であり、柳町、猟師町、寺町の三町にまたがっていたのが名の由来とされています。観光案内書にも観光見所として記載されているのは嬉しい限りです。

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↓戦前は通りの両側に約四十軒程の御茶屋が軒を連ねていた三丁町香取区。

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↓三丁町の中ほどに明治初期に料亭として建てられた「酔月」があります。
現在は改修し、「町並みと食の館」として開館中です。

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↓千本格子の家々が軒を連ねる三丁町です。
一般の住宅の中に数軒の料亭が営業をしています。

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↓今回の小浜探索は名古屋起点の18きっぷ旅。
往路は名古屋、米原、近江今津から連絡バスで小浜まで。復路は小浜、敦賀、米原のルートをたどりました。美味しいものも多い小浜ですが、中々上手く繋がる鉄道ルートが無いのが難です(関東圏内出発)。

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2007年8月23日

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福井県・福井

福井県の遊里跡、片町、料亭街浜町を探索してきました。
観光案内所で配っている「駅周辺観光マップ」によると夜の歓楽街「片町」と料亭街の「浜町」に分かれています。
↓片町界隈の町並み

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↓複合飲食ビルや駐車場などで路地裏スナックは少なくなっているようでした。

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浜町界隈の町並み
↓足羽川に沿った料亭街「浜町」です。幸橋から桜橋、九十九橋に沿って料亭が建ち並んでいます。

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↓オマケ

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2006年6月23日

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