花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

京都府・伏見撞木町

京都府の遊里跡、伏見撞木町を探索してきました。



スライドショーにまとめてみました。

2014年2月6日




スポンサーサイト

PageTop

京都府・五条楽園

京都の遊里跡、五条楽園を探索してきました。


2017年蝉しぐれ。


2017年春うらら。

2004年から幾度となく訪れている五条界隈です。数年前に京都府警の摘発をうけ、現在殆どのお茶屋や置屋(性風俗を含む)は一斉に休業している。袖看板など外されたお宅も多いが、大正から昭和初期に建てられた唐破風屋根を持つ京町屋、豆タイルに彩られたカフェスタイルの建物が少なからずも現存している。ここでは2004年の画像と比べてみました。

↓リノベーションらしき建物補強の工事をしているお宅もありました。
個人宅でなければ何らかの店舗になるのでしょうか?

20160517_065835.jpg
(16年)

↓此方の目新しいタイルのお宅は、早朝見ると何だろう?と思いますが、
お昼から営業をなさっている居酒屋(にこみ屋六軒)さんでした。

20160517_064939.jpg
(16年)

↓夜の感じはこの様になります。雨模様、スマフォカメラで失礼いたします。
訪れたのは午後8時位、お値段もとてもリーズナブルで心地よい一時を過ごすことが出来ました。
午後2時からオープンしているようなので、昼探索ついでに軽くビールも良いかと思われますね。
因みに此方の高瀬川界隈は5月~ホタルが多く見る事が出来ます。

2016_0519AA.jpg
(16年5月)

↓此方の矢印看板は現存していません。

2004_1125_085952AA.jpg
(04年)

20160517_065620.jpg
(16年)

2004_1125_090143AA.jpg
(04年)

↑↓歌舞練場の袖看板は外され、提灯もなくなっています。

2014_0206_094434AA.jpg
(14年)

2004_1125_090229AA.jpg
(04年)

2004_1125_090329AA.jpg
(04年)

2004_1125_090414AA.jpg
(04年)

2014_0206_092953AA.jpg
(14年)

↑↓大体同位置から撮影

2004_1125_090355AA.jpg
(04年)

↑↓左側の建物は窓枠の位置からして同じお宅のようです。
となると、右側の建物は↓画像中央カラフルタイルのお宅、お玄関がシャッターに変わっています。

2014_0206_081438AA.jpg
(14年)

2014_0206_081444AA.jpg
(14年)

2004_1125_090610AA.jpg

2004_1125_090601AA.jpg
(04年)

2004_1125_090757AA.jpg
(04年)

2004_1125_090916AA.jpg
(04年)

2004_1125_091613AA.jpg
(04年)

2004_1125_090037AA.jpg
(04年)

2004_1125_091715AA.jpg
(04年)

↑↓お二階部分が10年前よりアーチを描く窓枠になっています。

2014_0206_082716AA.jpg
(14年)

2014_0206_082642AA.jpg
(14年)

2004_1125_091837AA.jpg
(04年)


2004年の現役時代はネット上でも詳しい情報少なく、某事務所があると言うことなので余り奥には入れませんでした。
今回も早朝ながらやはり緊張しながらの探索です。屋号の看板も取り去られていますが、前回探索時には見つけられなかった建物も多かった。

↓高瀬川から鴨川側にかけて、数軒のカフェスタイルの建物が残ります。

2014_0206_093700AA.jpg

2014_0206_093020AA.jpg

↑↓屋号看板も取り去られたのでしょうか。この界隈でよく目にするグリーンの庇もぼろぼろです。

2014_0206_093034AA.jpg

↓綺麗な豆タイル装飾に彩られています。空き地、駐車場もちらほら。

2014_0206_093052AA.jpg

2014_0206_093103AA.jpg

↓お二階部分とても良い感じです。

2014_0206_093238AA.jpg

2014_0206_093146AA.jpg

↓以前から名前は知っていた平岩旅館の場所も確認。

2014_0206_093527AA.jpg

2014_0206_093533AA.jpg

2004年11月25日・2014年2月6日・2016年5月17日

PageTop

京都府・橋本


2016年再訪。


京都府の遊里跡、橋本を探索してきました。
「夜の女性街・全国案内板」によると男山八幡宮の麓にあり、旧街道筋の赤線。
七十五軒に二百六十二名とある。
最初に橋本を訪れたのは02年であり、その時も廃屋多く見受けられた。
11年に再訪。廃屋は新築のお宅になり、大店だった建物も売出し中でした。

↓橋本駅前にあるアサヒスタイニーの看板を持つ食堂(02年)。

2002_1114_141511AA.jpg

↓同じく11年

2011_0609_161655AA.jpg

↓駅前の風景はさほど変わっていません(02年)。

2002_1114_140938AA.jpg

↓同じく11年

2011_0609_162418AA.jpg

↓路地より旧街道を望む。正面には洋風の建物(02年)。

2002_1114_140239AA.jpg

↓路地より旧街道を望む。正面の建物は新築されていました(11年)。

2011_0609_161757AA.jpg

↓此方の建物も売出し中。土地売出しと言うことは、上物には全く価値がないと言うことですね。

2011_0609_163117AA.jpg

↓旅籠の建物が残る旧街道。関宿のように観光地化されておらず、人影も疎ら(02年)。

2002_1114_135440AA.jpg

2002_1114_135540AA.jpg

↓旧街道には数多くの当時の建物が残っている。

DSCF0017.jpg

↓グリーンのタイルが残る建物(02年)。

2002_1114_141355AA.jpg

↓02年当時はこの様な廃屋が結構見受けられました。左側は正満寺。

DSCF0022.jpg

↓正満寺の看板がある辺りに廃屋が在ったと思われます。現駐車場。

_20110609_161738.jpg


↓2011年此処から望む風景は唯一当時の面影が残っています。

2011_0609_161833AA.jpg

↓まだ所々に当時の雰囲気を残す建物が残っていますが、人の気配が感じられません。

_20110609_162702.jpg

_20110609_165837.jpg

↓建物の隣は空き地。横から見ると奥行きがあります。

_20110609_165916.jpg

↓レトロの銭湯「橋本湯」、今回は湯に浸かってみました。外観がレトロの割には内部は綺麗にリニューアルされていてちょっと残念。番台の脇に「瀬戸内ムーンライトセレナーデ」 長塚京三さん達のサインがあり、この界隈でロケしたのですね。リアルタイムで観ていますが、今度改めて見直してみよう。逆ロケ地巡りです。

_20110609_162207.jpg

↓橋本湯、入口のタイル装飾が綺麗です。

_20110609_163450.jpg

↓淀川の土手からの旧街道裏側。下に流れる川は大谷川(02年)。

DSCF0008.jpg

↓2011年、大谷川は護岸されすっぽりと建物が無くなっています。
奥に見える旅館の多津美旅館の看板が唯一の目印です。

_20110609_162759.jpg

↓「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」篠田正浩監督作品(97年)の1シーン。
橋本でロケされていたのですね。旅館内部はセットと思われますが、玄関は売出中の建物です。

_20110625_053400.jpg


2002年11月14日・2011年6月9日・2016年12月15日

PageTop

京都府・上七軒

京都の遊里跡、上七軒を探索してきました。


2016年再訪

03112706.jpg

↑↓上七軒歌舞練場(2003年)

03112709.jpg

↓上七軒界隈

_20111212_095335.jpg


03112707.jpg

03112708.jpg

03112705.jpg

03112702.jpg

03112703.jpg

↓上七軒界隈(2011年)

_20111212_095423.jpg

_20111212_095305.jpg

↓アスファルトの道路を石畳風に改良工事中でした。

_20111212_102226.jpg


2003年11月27日・2011年12月12日・2016年10月26日

PageTop

京都府・五番町

2016年10月、5年ぶりに再訪してきました。
過去記載と被っていますが、スライドショーにしてみました。
千本日活手前のお宅は取り壊されていました。
ちょっとだけ景観が変わってしまいましたね。



京都の遊里跡、五番町を探索してきました。
西陣新地が正式名称で五番町は通り名。九十三軒、二百七十二名とある。
五番町を初めて訪れたのは2003年だった。
↓此方の風景は現在も変わらない(五番町・千本日活(2003年)

5ban0009.jpg


↓五番町・千本日活(2011年)

_20111212_091431.jpg

↓千本通りから仁和寺街道に入ると五番町の中心部にさしかかる。
数年前まであった木造の建物は駐車場になっていました(03年)。

5ban0005.jpg

↓唯一目印となるスナック「ボレロ」です。銭湯は住宅に、
「ボレロ」隣の駐車場はデイサービスセンターになっていました(07年)。

2007_0426_151642AA.jpg

2007_0426_151618AA.jpg


2007_0426_152221AA.jpg

↓ボレロの袖看板がなくなっていました(11年)。

2011_1212_092053AA.jpg

2011_1212_092104AA.jpg

↓五番町・銭湯(2003年)

2003_0425_075603AA.jpg

2003_0425_075753AA.jpg

↓元銭湯が在った場所は住宅になっています。07年訪れた時と同じく。

2011_1212_092120AA.jpg

↓2003年に訪れた時の五番町、07年、11年と再訪しましたが、
現在は何処の場所だったかははっきりと覚えていません。
赤線跡を歩く・青本「石梅楼」を見ることが出来なかったのが残念です。

2003_0425_075123AA.jpg

2003_0425_075214AA.jpg

2003_0425_075617AA.jpg

2003_0425_075236AA.jpg


2003年4月25日・2007年4月26日・2011年12月12日

PageTop

京都府・島原・輪違屋

2014年「京の夏の旅文化財特別公開」、輪違屋に行って来ました。
元禄年間(1688~1704)の創業以来320年以上も営業を続ける輪違屋は饗宴の場である「揚屋」の角屋に対して、太夫や芸妓を抱える「置屋」である。現在の建物は安政4年(1857)に再建されたもので、京都市指定文化財になっています。
詳しい歴史などはサイトを参照して下さい。

↓普段は「観覧謝絶」の札が掛かっていますが、今回の特別公開は10年ぶりだとか、
午前10時開館5分前に到着。夏の京都は暑いので午前中の方が良いですね。
バスツアーの団体さんもまだ来ていない時間帯がお勧めです。

2014_0731_095811AA.jpg

2014_0731_104624AA.jpg

↓お玄関で観覧料金600円を払い上がります。勿論エアコンなどはありませんので、団扇は必需品です。

2014_0731_104407AA.jpg

↓今回公開されているのが、一階の「主の間」、二階の「傘の間」、「紅葉の間」、「太夫の間」、一階のみ撮影が許されています(大階段はNG)。暖簾をくぐると主の間に続きます。
暖簾の左手にはお二階へ向かう大階段があります。

2014_0731_101714AA.jpg

↓暖簾をくぐると中庭を望み主の間へ。暑いけれど風が抜け心地よいです。

2014_0731_101410AA.jpg

↓主の間からの眺め。

2014_0731_102849AA.jpg

2014_0731_101510AA.jpg

2014_0731_104015AA.jpg

↓主の間の襖には、昔、太夫さんたちがお客さんに贈った和歌の色紙が貼られています。
今でいう営業のためのメール、艶文ですね。
狂言「廓文章」だと勘当された伊左衛門が夕霧からの艶文を張り合わせて、紙衣にして着ていました。

2014_0731_101444AA.jpg

↓その中の一枚。

2014_0731_103024AA.jpg

↓東側(道路に面している)のお庭。切支丹灯籠があります。

2014_0731_101135AA.jpg

お二階は撮影NGの傘の間、紅葉の間。元々輪違屋の建物は置屋建築。明治になってお茶屋にするまでは、当代の主人の部屋だったという。一階の主の間は書院造で、そこを家族の居間のように使っていたともいわれています。
詳しい情報は高橋利樹著・京の花街「輪違屋」物語・PHP新書をご覧下さい。巻頭カラー写真で紹介されています。

2014年7月31日












PageTop

京都府・祇園甲部歌舞練場

2013年京の夏の旅・文化財特別公開
「祇園甲部歌舞練場庭園」に行って来ました。
京都五花街で最も大きな花街と知られる祇園甲部、江戸時代に八坂神社の門前に湯や茶のほか酒などを出す茶店が建ち始めた。現在はお茶屋61軒、芸舞妓89名が在籍している。

↓今回の特別公開は右側の建物、八坂倶楽部の1階内部と庭園です。

2013_0808_162302AA.jpg

↓八坂倶楽部は大正5年に大正天皇御即位の饗宴場として建てられた木造二階建ての建物で、国登録有形文化財に指定されています。

2013_0808_152503AA.jpg

↓歌舞練場本館のお玄関。
大正2年に建てられた木造二階建ての大劇場建築で「都をどり」の舞台。

2013_0808_162254AA.jpg

↓本館と八坂倶楽部を繋ぐ渡り廊下。

2013_0808_162127AA.jpg

↓八坂倶楽部大座敷。現在は「都をどり」の茶券付特別席の待合として利用されています。
欄間には祇園のシンボル「つなぎ団子」の意匠が施されています。

2013_0808_160510AA.jpg

↓歌舞練場別館と八坂倶楽部に囲まれた回遊式庭園。大座敷から出ることが出来ます。

2013_0808_160235AA.jpg

↓庭園側から八坂倶楽部を望みます。

2013_0808_155711AA.jpg

↓庭園から見た別館。

2013_0808_155941AA.jpg

2013_0808_160016AA.jpg

↓回遊式庭園は、織田信長の弟で茶人であった織田有楽斎の別邸にあたると伝えられ、庭内には有楽斎の作った有名な茶室「如庵」と同じ名をもつ茶室が建てられています。

2013_0808_155855AA.jpg

↓本館の北側に建つ弥栄会館は京舞・華道・茶道・琴・雅楽・狂言・文楽等の催し物など、
個人でも気軽に愉しめる施設のようです。手前の瓦屋根は本館のお玄関。

2013_0808_162224AA.jpg

2013年8月8日

PageTop

京都府・島原

京都の遊里跡、島原を探索してきました。
島原が現在の位置である朱雀野の一画に定められたのは寛永十七年(1640年)頃のこと。
戦前の「全国遊郭案内」によると百四十八軒に四百三十五名とある。
島原を初めて訪れたのは03年のこと。以後数回訪れているが、同筋の建物は新しく建て替えられ、
当時の名残も薄れて来たような気もするが、喫茶として営業をしているきんせ旅館もある。

↓現在も変わらぬ風情を残す島原大門(03年)

2003_0425_104338AA.jpg

↓角屋、輪違屋など国や市の登録文化財に指定されている建物は現在でも残されているが、
脇筋の戦後赤線時代の建物は殆ど姿を消している。

2003_0425_103632AA.jpg

↑↓島原・角屋(2003年)

2003_0425_103735AA.jpg

↓輪違屋は元禄年間創業の置屋。京都市指定有形文化財に指定されているが、
一般公開はされておらず、観覧謝絶の札が見えます。

2003_0425_104203AA.jpg

↓大門をくぐり、胴筋へ。胴筋は江戸吉原の仲之町にあたる通り。
現在も通りの両側に数件の古い建物を見ることが出来ます(03年)。

2003_0425_103843AA.jpg

2003_0425_104050AA.jpg


2003_0425_104016AA.jpg

↓妓楼のたたずまいを残すきんせ旅館。数年前から飲食店として営業中です。

2003_0425_103900AA.jpg

↓2011年2度訪れました。入口には看板もなく敷居が高そうですが、扉を開けると異空間が広がります。

2011_1002_161943AA.jpg

2011_1002_150244AA.jpg

↓初めは昼間の喫茶タイム。

2011_1002_153134AA.jpg

↓夜のバータイムも雰囲気があります。

2011_1212_192649AA.jpg

↓夕霧太夫は大坂新町の太夫さんですが、嵯峨清涼寺の近くで生まれ、
京都の嶋原から 大坂新町の太夫になったといわれています(嵯峨清涼寺)。

03112701.jpg


2003年2月25日・2011年10月2日

PageTop

京都府・西舞鶴・宮津・福知山」

京都の奥座敷、北近畿界隈を探索してきました。
↓西舞鶴駅から円隆寺を目指します。円隆寺前の石畳が続く界隈が朝代遊郭があったところ。山側にはお寺さんが点在し、寺町になっている。当時の面影を残す建物は数軒ほど、空き地や新築のお宅も多い。

_20081105_113900.jpg

_20081105_114407.jpg

_20081105_114418.jpg

↓裏手は駐車場になっている。見た目の間口より奥行きがあります。

_20081105_114251.jpg

↓当時の建物をそのままに飲食店になっている「さ和い」。残念ながら定休日。

_20081105_114441.jpg

↓玉垣に「朝代芸妓一同」と見ることが出来ます。

_20081105_114715.jpg

_20081105_114611.jpg

_20081105_115322.jpg

↓高野川の橋の袂、スナックなどの飲食店が並びます。

_20081105_115536.jpg

_20081105_115438.jpg

↓宮津界隈
全国遊郭案内によると貸座敷は五十九軒、娼妓八十四人、芸妓五十六人とある。現在の宮津には賑わった時代の面影は殆ど残っていない。

_20081105_161619.jpg

↓「お茶屋」で見かける京都府の鑑札、こちらは「酒場」でした。

_20081105_161652.jpg

_20081105_161737.jpg

↓新浜界隈

_20081105_161759.jpg

↓新浜歌舞練場界隈は「縞の財布が空になる」を謳い文句に観光コースにもなっているようで

_20081105_161827.jpg

_20081105_162046.jpg

↓ピンクのエントランスが鮮やかなスナック。

_20081105_161947.jpg

↓今回の宿泊は宮津「茶六本館」。木造三階建て、遊里のあった新浜にある。この界隈には「清輝楼」をはじめ歴史を感じさせられる趣のある旅館があるが、遊郭の転業旅館ではなさそうです。
芸妓がお座敷として利用していたのでしょう。

_20081105_162746.jpg

↓最近少なくなりましたね。駅前食堂。駅前に在る「富田屋」は旅館も併設する大店の駅前食堂。今回は残念ながら入店す事が出来ませんでした。

_20081106_075747.jpg

福知山界隈
↓福知山城を眺めながら由良川を渡る。早朝、朝霧に浮かぶ福知山城は幻想的。

_20081106_092437.jpg

_20081106_092518.jpg

_20081106_092904.jpg

↓三段池公園の麓、現在は住宅街です。

_20081106_092556.jpg

_20081106_092800.jpg

↓オマケ・天橋立

_20081105_144233.jpg


2008年11月5日



PageTop