花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

京都・島原・きんせ旅館

2011年に訪れた「きんせ旅館」旅館です。



短めですが、スライドショーにまとめてみました。
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京都府・五条楽園

京都の遊里跡、五条楽園を探索してきました。


2018年冬木立。


2017年蝉しぐれ。


2017年春うらら。

スライドショーにまとめてみました。
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2004年11月25日・2014年2月6日・2016年5月17日


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京都府・伏見撞木町

京都府の遊里跡、伏見撞木町を探索してきました。



スライドショーにまとめてみました。

2014年2月6日




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京都府・橋本

京都府の遊里跡、橋本を探索してきました。

「夜の女性街・全国案内板」によると男山八幡宮の麓にあり、旧街道筋の赤線。
七十五軒に二百六十二名とある。
最初に橋本を訪れたのは02年であり、その時も廃屋多く見受けられた。
11年に再訪。廃屋は新築のお宅になり、大店だった建物も売出し中でした。



スライドショーにまとめてみました。
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↓「瀬戸内ムーンライト・セレナーデ」篠田正浩監督作品(97年)の1シーン。
橋本でロケされていたのですね。旅館内部はセットと思われますが、玄関は売出中の建物です。

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2002年11月14日・2011年6月9日・2016年12月15日


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京都府・上七軒

京都の遊里跡、上七軒を探索してきました。



スライドショーにまとめてみました。
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2003年11月27日・2011年12月12日・2016年10月26日

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京都府・五番町

京都の遊里跡、五番町を探索してきました。
西陣新地が正式名称で五番町は通り名。九十三軒、二百七十二名とある。
五番町を初めて訪れたのは2003年。
2016年10月、5年ぶりに再訪してきました。
過去記載と被っていますが、スライドショーにしてみました。
千本日活手前のお宅は取り壊されていました。
ちょっとだけ景観が変わってしまいましたね。



スライドショーにまとめてみました。
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2003年4月25日・2007年4月26日・2011年12月12日



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京都府・島原・輪違屋

2014年「京の夏の旅文化財特別公開」、輪違屋に行って来ました。
元禄年間(1688~1704)の創業以来320年以上も営業を続ける輪違屋は饗宴の場である「揚屋」の角屋に対して、太夫や芸妓を抱える「置屋」である。現在の建物は安政4年(1857)に再建されたもので、京都市指定文化財になっています。
詳しい歴史などはサイトを参照して下さい。

↓普段は「観覧謝絶」の札が掛かっていますが、今回の特別公開は10年ぶりだとか、
午前10時開館5分前に到着。夏の京都は暑いので午前中の方が良いですね。
バスツアーの団体さんもまだ来ていない時間帯がお勧めです。

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↓お玄関で観覧料金600円を払い上がります。勿論エアコンなどはありませんので、団扇は必需品です。

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↓今回公開されているのが、一階の「主の間」、二階の「傘の間」、「紅葉の間」、「太夫の間」、一階のみ撮影が許されています(大階段はNG)。暖簾をくぐると主の間に続きます。
暖簾の左手にはお二階へ向かう大階段があります。

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↓暖簾をくぐると中庭を望み主の間へ。暑いけれど風が抜け心地よいです。

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↓主の間からの眺め。

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↓主の間の襖には、昔、太夫さんたちがお客さんに贈った和歌の色紙が貼られています。
今でいう営業のためのメール、艶文ですね。
狂言「廓文章」だと勘当された伊左衛門が夕霧からの艶文を張り合わせて、紙衣にして着ていました。

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↓その中の一枚。

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↓東側(道路に面している)のお庭。切支丹灯籠があります。

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お二階は撮影NGの傘の間、紅葉の間。元々輪違屋の建物は置屋建築。明治になってお茶屋にするまでは、当代の主人の部屋だったという。一階の主の間は書院造で、そこを家族の居間のように使っていたともいわれています。
詳しい情報は高橋利樹著・京の花街「輪違屋」物語・PHP新書をご覧下さい。巻頭カラー写真で紹介されています。

2014年7月31日












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京都府・祇園甲部歌舞練場

2013年京の夏の旅・文化財特別公開
「祇園甲部歌舞練場庭園」に行って来ました。
京都五花街で最も大きな花街と知られる祇園甲部、江戸時代に八坂神社の門前に湯や茶のほか酒などを出す茶店が建ち始めた。現在はお茶屋61軒、芸舞妓89名が在籍している。

↓今回の特別公開は右側の建物、八坂倶楽部の1階内部と庭園です。

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↓八坂倶楽部は大正5年に大正天皇御即位の饗宴場として建てられた木造二階建ての建物で、国登録有形文化財に指定されています。

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↓歌舞練場本館のお玄関。
大正2年に建てられた木造二階建ての大劇場建築で「都をどり」の舞台。

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↓本館と八坂倶楽部を繋ぐ渡り廊下。

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↓八坂倶楽部大座敷。現在は「都をどり」の茶券付特別席の待合として利用されています。
欄間には祇園のシンボル「つなぎ団子」の意匠が施されています。

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↓歌舞練場別館と八坂倶楽部に囲まれた回遊式庭園。大座敷から出ることが出来ます。

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↓庭園側から八坂倶楽部を望みます。

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↓庭園から見た別館。

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↓回遊式庭園は、織田信長の弟で茶人であった織田有楽斎の別邸にあたると伝えられ、庭内には有楽斎の作った有名な茶室「如庵」と同じ名をもつ茶室が建てられています。

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↓本館の北側に建つ弥栄会館は京舞・華道・茶道・琴・雅楽・狂言・文楽等の催し物など、
個人でも気軽に愉しめる施設のようです。手前の瓦屋根は本館のお玄関。

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2013年8月8日

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京都府・島原

京都の遊里跡、島原を探索してきました。
島原が現在の位置である朱雀野の一画に定められたのは寛永十七年(1640年)頃のこと。
戦前の「全国遊郭案内」によると百四十八軒に四百三十五名とある。
島原を初めて訪れたのは03年のこと。以後数回訪れているが、同筋の建物は新しく建て替えられ、
当時の名残も薄れて来たような気もするが、喫茶として営業をしているきんせ旅館もある。

↓現在も変わらぬ風情を残す島原大門(03年)

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↓角屋、輪違屋など国や市の登録文化財に指定されている建物は現在でも残されているが、
脇筋の戦後赤線時代の建物は殆ど姿を消している。

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↑↓島原・角屋(2003年)

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↓輪違屋は元禄年間創業の置屋。京都市指定有形文化財に指定されているが、
一般公開はされておらず、観覧謝絶の札が見えます。

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↓大門をくぐり、胴筋へ。胴筋は江戸吉原の仲之町にあたる通り。
現在も通りの両側に数件の古い建物を見ることが出来ます(03年)。

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↓夕霧太夫は大坂新町の太夫さんですが、嵯峨清涼寺の近くで生まれ、
京都の嶋原から 大坂新町の太夫になったといわれています(嵯峨清涼寺)。

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2003年2月25日・2011年10月2日

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京都府・西舞鶴・宮津・福知山」

京都の奥座敷、北近畿界隈を探索してきました。
↓西舞鶴駅から円隆寺を目指します。円隆寺前の石畳が続く界隈が朝代遊郭があったところ。山側にはお寺さんが点在し、寺町になっている。当時の面影を残す建物は数軒ほど、空き地や新築のお宅も多い。

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↓裏手は駐車場になっている。見た目の間口より奥行きがあります。

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↓当時の建物をそのままに飲食店になっている「さ和い」。残念ながら定休日。

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↓玉垣に「朝代芸妓一同」と見ることが出来ます。

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↓高野川の橋の袂、スナックなどの飲食店が並びます。

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↓宮津界隈
全国遊郭案内によると貸座敷は五十九軒、娼妓八十四人、芸妓五十六人とある。現在の宮津には賑わった時代の面影は殆ど残っていない。

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↓「お茶屋」で見かける京都府の鑑札、こちらは「酒場」でした。

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↓新浜界隈

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↓新浜歌舞練場界隈は「縞の財布が空になる」を謳い文句に観光コースにもなっているようで

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↓ピンクのエントランスが鮮やかなスナック。

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↓今回の宿泊は宮津「茶六本館」。木造三階建て、遊里のあった新浜にある。この界隈には「清輝楼」をはじめ歴史を感じさせられる趣のある旅館があるが、遊郭の転業旅館ではなさそうです。
芸妓がお座敷として利用していたのでしょう。

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↓最近少なくなりましたね。駅前食堂。駅前に在る「富田屋」は旅館も併設する大店の駅前食堂。今回は残念ながら入店す事が出来ませんでした。

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福知山界隈
↓福知山城を眺めながら由良川を渡る。早朝、朝霧に浮かぶ福知山城は幻想的。

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↓三段池公園の麓、現在は住宅街です。

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↓オマケ・天橋立

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2008年11月5日



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