花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

北海道・定山渓温泉

北海道の遊里跡、定山渓温泉を探索してきました。
「夜の女性街・全国案内版」によると、札幌からバスで1時間。紅葉時は超満員で虐待されるから注意のこと。芸妓・本州の喰いつめもの芸妓二七名。一座席550円。泊まり2200円。味なし。とあるからに、早い話観光シーズンはお値段高めぼったくりだったのでしょうね。

現在の定山渓温泉は歓楽色は殆どありませんでした。


2015年に解体更地になってしまったようです。

2014年6月27日

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北海道・夕張

北海道の遊里跡夕張を探索してきました。



2017年9月5日

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北海道・洞爺湖温泉

北海道の遊里跡、洞爺湖温泉を探索してきました。
洞爺湖温泉の情報はネットで少々、「夜の女性街・全国案内版」で少々。
まあ、何も名残はなくとも温泉浸かれば気分は爽やかですからね。
温泉街も東西2キロ程なので、探索するにはちょうど良い広さです。

↓西側のバスターミナルからスタートです。
写真スポットの洞爺湖看板。

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↓湖畔側には全長約1.8キロの遊歩道も整備されているので、
晴れた日には最高のお散歩日和(画像は遊歩道東側)。

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↓昭和30年代の遊里情報だと芸妓四名に酌婦六九名。
共に花代1時間220円、泊り2000円とある。
やはり歓楽温泉街も兼ねていたのでしょう。現在もナイトスポットのスナック等は温泉街の外れ、
東側に集まっているようです。
その中の一棟、「銀座新地」という呑み屋街。

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↓数軒の看板を見る事が出来ますが、現在では1店舗のみ営業をしているようです。

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↓湖畔側から銀座新地を望みます。
中央センターライン正面が銀座新地、道路拡張した感じですね。

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↓かつては○○小路とか銀座新地のような呑み屋街だったと思われますが、
現在は新しいテナント呑み屋街に変わっていました。

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↓この小路もスナック街だったような気配ありますね。

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↓もう一寸先に進んでみましょう。

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↓温泉街終点にはポツンと廃屋スナックが。

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ネット情報だと以前はストリップ劇場もあったようです。
「洞爺OSミリオン座」北海道虻田郡洞爺湖町洞爺湖温泉1-8 
とあり、地図サイトで検索してみるとやはり東の外れ。
建物自体は現存していないと思われますが、唯一アップされている方の画像を見ると、
近くの観光温泉旅館「洞爺湖畔亭」の屋根を望むことが出来、歩道も完備されているので、
幹線道路沿いに在ったのではないかな。

↓温泉街商業地図

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2015年11月12日



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北海道・増毛

北海道の遊里跡、増毛を探索してきました。
今回も余り前情報を入れていなかった増毛探索。
帰宅後「全国遊廓案内」を眺めて見たり、他の方のサイトを検索した次第です。
だったら探索中に検索すれば良いじゃないかと思われそうですが、
タブレットは持っていない、スマフォ検索だと乍らしている内にバッテリー切れの心配が大です。
まあ、今回の増毛は留萌本線に乗車する事と「駅 STATION」のロケ地巡りということで、
町探索を愉しんできました。

↓往路は留萌より沿岸バス利用、
増毛駅(大正10年築)までは40分程で到着します。
当たり前のようですが、右奥の建物ね。左側は公衆トイレです。

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↓駅前に堂々とそびえる旧富田屋旅館(昭和8年築)。

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↓富田屋旅館単体よりも、多田商店(風待食堂)とセットになっていた方が雰囲気ありますね。
風待食堂は元々あった多田商店(昭和8年築)を風待食堂セットとして使用したのでした。
セットとして建てた物と勘違いしてました。現在は観光案内所ですが、訪れた日はクローズしていました。

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↓館内ロケ風景写真など展示してあるようですが、一寸残念でした。

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↓映画での風待食堂のすぐ向かいにあった「増毛ホテル」は現存していませんが、
駅前には数軒の旅館があります。旅館増毛館(昭和7年築)はドミトリー形式のお宿になっているようです。

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↓現在は個人宅のようですが、此方のお玄関も趣あります。

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↓國稀酒造(明治38年築)最北の酒蔵。

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↓増毛町町歩きマップを片手に、町の中心部を探索しましょう。
此方の寂れた建物は何でしょう?

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↓営業はしていない様子ですが銭湯でした。

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↓マップには食事処、宿泊施設と並び、ナイトスポットの紹介もあります。
遊里跡はスナック等の呑み屋に変わっていることが多いですからね。
ちょっくら立ち寄ってみましょう。

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↑↓北海道の呑み屋建物のデザインあれこれ。

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↓その中の1軒の建物、畠中町4丁目に辺りに遊里が在ったようです。
向側の空き地には、「増毛新廓跡」の標柱もあるようですが見落としました。
(帰宅後ネットにて確認)
まあ、見落としは毎回あることとしても、遊里跡には訪れていることにしましょう。

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↓オマケ・帰路は留萌本線で帰ります。

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~~今まで余りやっていなかったユーチューブ動画サイト、過去の小間切れ画像、静止画焼き直ししています宜しかったら覗いて見て下さいね~~

2015年11月11日

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北海道・留萌

北海道の遊里跡(歓楽街)、留萌を探索してきました。

ここのところ北海道旅はエアホ又は長距離フェリーでしたが、
今回北海道へは久しぶりの陸路北海道です。

↓午後のはやぶさで新青森、青森と乗り継ぎ、
青森からは「急行はまなす」に乗車します。

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↓青森駅への入線は21:36、出発まで結構余裕あります。
平日だったので然程混雑も無く、出発までの「テツ」の方々撮影タイムです。

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↑↓シートは運良くのびのびカーペットが取れました。

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↑椅子席より横になれるのは良いのですが、
この状態で満席になると人口密度が高くなります。
お隣の鼾も耳元で囁かれます。
フェリーに慣れるとちょっときついかも知れませんね。

↓ラストランまでまだ期間があるので、
自由席も比較的空いていたので、眠くなるまで自由席で寛ぎました。
向側の転換クロス反転出来る程の乗車率。
(画像は入線直後ですので、乗客はいないです。)

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↓函館駅での機関車交換。停車時間が20分ほどあったので、
外の空気を吸いにホームぶらり。

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↓定刻の6:07札幌着、そのままカムイ、留萌本線乗り継ぎ留萌へ向かいます。
留萌到着9:00、午後からお天気回復といっていますが、留萌駅は生憎の空模様。
小雨の町歩きはテンション下がり気味です。

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↓駅で留萌観光マップを入手、留萌の街は扇状に広がっているので、
鉄道留萌駅を起点とすると方向感覚鈍ります。
現在の歓楽街は錦町、開運町にあるようですね。

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↓街の中心街に呑み屋横丁がありました。
昼間だったのでどの程度営業しているかは分かりませんが、
昭和の名残残す横丁です。

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↑↓数軒の飲食店の看板があります。
雨天時(降雪)にはとても助かりますね。

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↑↓入口と反対側には「有楽トンネル」と称するトンネルがあります。

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↑左端が有楽トンネル。

↓横丁同様かつては呑み屋が入っていた形跡もありますが、
道と道とを繋ぐショートカットの役目を果たしているようにも思えます。

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↓道路側の有楽トンネル入口。
観光案内所観光マップ、
「るもい市街中心部詳細」にも有楽トンネルは記載されています。

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↓留萌より増毛へ、留萌~増毛は12:04の増毛行き、
鉄道だと3時間の留萌滞在になってしまうので、「沿岸バス」にて増毛に向かいました。

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↓オマケ・留萌の銭湯

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2015年11月11日

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北海道・小樽

北海道の遊里跡、小樽を探索してきました(2005年・2014年再訪)。
「よるの女性街・全国案内版」によると稲穂町から花園町へかけて置屋二十九軒、芸妓九十名とあり、宴会芸の華やかな妓はいないが、情けは極めて細やかである。と記載されている。現在の花園町は小樽の一大歓楽街になっており、呑み屋が軒を連ねる。また、赤線で有名な町外れの手宮であるが、此方は殆ど名残は残っていなかった。

↓花園町界隈の町並み

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(2014年画像あり★1)

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(2014年画像あり★2)

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(2014年画像あり★3)

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↑↓宵待通り現存してます。(2014年)

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(2014年画像あり★4)

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↑此方の建物は建て替えられていました。

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(2014年画像あり★5)屋号「風の手紙」が目印
宵待通りの一画

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梅が枝町界隈
↓「全国遊郭案内」によると、貸座敷十三軒、娼妓約七十人とある。
現在名残は殆ど残っていない。廓を貫く通りは上り坂になっています。

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↓坂の途中の木造家屋

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↓手宮の銭湯
「百軒ほど密集している手宮の曖昧屋」とは梅ヶ枝町への通り道、銭湯、飲食店が並びます。
こちらの銭湯は外壁処理をしているものの、裏口辺りは木造家屋そのままになっています。

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↓旧遊廓だった梅ヶ枝町よりも旧手宮駅界隈の町並みの方が歩いていて愉しい。
「赤線跡を歩く・緑本」にあった色内町の飲み屋街は見つからず残念!時遅しか見逃したか・・・。

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↓一棟売りに出ていました。

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↓如何ですか?このお値段

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北海道・余市

北海道の遊里跡、余市を探索してきました。
「全国遊廓案内」によると、汽車は余市駅へ下車する。乗合自動車又は馬車の便がある。貸座敷は現在五軒、娼妓は二十人位居る。とあるからに駅前ということはないはず。もっと海側なのかと思いましたが、特定は出来ませんでした。
只、駅から程近くの場所に呑み屋が多く集まる歓楽街がありました。

↓ニッカウヰスキーのお膝元、余市駅前には余市蒸留所が構えます。

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↑↓道路を挟み、左側はニッカウヰスキー、右側には呑み屋街があります。
丁度同じ位置から撮影。

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↓メインストリートには比較的新しい店舗が建ち並びます。

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↓脇道、路地裏には昭和の名残残す建物も点在していました。

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↓中でも此方の一画はかなり昭和レトロですね。

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↓迷宮のような路地を入ると、此また渋いスナック看板。

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↓その奥には廃屋ビリヤード場がありました。

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↓余り近くには寄れなかったので、デジズームで失礼します。

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↓オマケ・商業地図

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2014年6月27日











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北海道・富川

北海道の遊里跡、富川を探索してきましたと言いつつ、富川に関しての情報は殆どありません。
たまたま位置ゲー「国盗り」日高盗りで訪れた日高本線富岡駅周辺を散策中、偶然見つけた廃屋呑み屋街の一画。

↓時刻表も薄く、観光地でもない富岡駅。国道沿いの脇道にひっそりと佇んでいました。
富岡駅に降り立つと、上りの苫小牧行き列車は約2時間待ち。
復路は札幌行き高速バス利用です。

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↓路地裏をちょっと覗いてみました。
寂れ具合が何ともよい雰囲気を醸し出していますね。

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2014年5月29日





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北海道・登別

北海道の遊里跡、登別を探索してきました。
「よるの女性街・全国案内版」によると、芸妓は32名。小鳥を飼っている社会主義者の老妓もいるが名妓はおらず。泊まり2500円(高い)。赤線は温泉通りの両側裏に18軒78名とある。
まあ、要するに観光地なので、一見さんオンリーの観光地料金で金額設定高めと言うことなのでしょう。
この観光案内は昭和30年なので、現在の金額にして25000円から30000円位だったのでしょうかね。現在の登別温泉街は歓楽色は殆どありませんでした。

↓登別バスターミナルから温泉街中心に行く通り。

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↓観光散策マップを見ても、スナックは数軒程です。

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↑↓通りの奥まった所に、新しく建て替えられたスナックもありますが、
廃屋スナックのような建物も残されていました。
女性街・全国案内版では夜だけひらくダンスホールにダンサー17名ともあり、
この建物がダンスホールの名残だと勝手に想像してしまいそうです。

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↓お隣の建物も以前はスナックだったような造りです。
昭和の呑み屋名残のようですね。

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↓遊里跡探索も程々に、お天気快晴なので天然足湯に向かいます。
登別温泉エリアは遊歩道も整備されているので、とても歩きやすいですね。
大湯沼川天然足湯。思いの外熱かった。

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↓温泉街に戻り温泉銭湯「夢元さぎり湯」にざぶん。
パンチの効いた硫黄泉は好きなのですが、上がり湯しても硫黄臭が暫く残る。

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↓登別駅から温泉街まではバスで15分程。
列車待ちの合間にちょっくら駅前探索。といっても駅前には殆ど何もないです。
登別駅舎

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↓唯一駅前通にあるスーパー。
かなりレトロです。

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↓そのすぐ後ろには廃屋旅館が残っていました。

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↓壊れているお玄関からちょっと失礼させて頂きました。

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2014年5月29日










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北海道・札幌月寒

北海道の遊里跡、札幌月寒を探索してきました(2005年)。
札幌の歓楽街と言えばいわずと知れたすすきのだが、元は明治初期の開拓期にいち早くひらかれた「薄野遊廓」のあった場所だった。明治末年には三十軒の妓楼に三百人以上の娼妓がいたと記載されている。
今回訪れた「月寒」は公に認められた場所ではなく、当時札幌にいくつか在った青線的な遊里という。

↓月寒界隈の町並み(西側)
地下鉄東豊線月寒中央より徒歩5分程の場所に在り、国道36号線を挟み東西に分かれいます(05年)。

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↓14年再訪。営業しているかは別として、西側のエリアは殆ど変わりはありませんでした。
木村聡 著 「消えた赤線放浪記」でも紹介されている飲み屋街です。
「チャンピオン」の袖看板が目印ですね。

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↓国道から望みます。

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↓国道を挟み東側の飲み屋街(05年)。

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↓左手のスナック集合ビルは現在も残っています(05年)。

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↑↓東側国道からの眺め。比べてみると吟月会館がなくなっています。

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↓今回の再訪で東側のエリアの飲み屋街が取り壊され、更地、駐車場になっていました。
実際更地になると建物がどのように建っていたのか分かりませんね。
唯一現在も残る精肉店とスナックくに子が良い目印となってくれました。

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↓東側に在った廃屋居酒屋。

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↓お品書き棚には懐かし物、徳利、杯などが無造作に並べられていました。
路上博物館のようです。

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札幌すすきの
↓豊川稲荷札幌別院の玉垣には妓楼の屋号が刻まれていました。

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2005年12月9日 2009年5月21日 2014年5月30日

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