花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

北海道・札幌月寒

北海道の遊里跡、札幌月寒を探索してきました(2005年~2014年)



スライドショーにまとめてみました。

2005年12月9日・2014年5月30日

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北海道・帯広・釧路

北海道の遊里跡、帯広、釧路を探索してきました。

今回の北海道は陸路利用、2011年台風12号、13号の影響で往路の北斗星は運休。当日夜青森まで行ったものの、翌日は函館~札幌間の北斗が午後14時まで運休。出鼻をくじかれましたが、翌日からはお天気も良く探索実行。この二ヶ所の他、網走、根室も探索することが出来ました。





スライドショーにまとめてみました。

2011年9月8日

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北海道・網走・根室

北海道の遊里跡、網走、根室を探索してきました。





スライドショーにまとめてみました。

↓オマケ・北斗星
今回の北海道は台風の影響で往路の「北斗星」は運休。復路は青森から「あけぼの」をとっていたのですが、前日に北斗星ソロのキャンセルが出ました。みどりの窓口には足繁く通うものです。寝台特急は「跡」と同じくいつかはなくなってしまう乗り物、ある内に乗車しておかなければならない乗り物です(上野駅到着後の北斗星)。

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2011年9月10日

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北海道・留萌

北海道の遊里跡(歓楽街)、留萌を探索してきました。
留萌探索はスライドショーにまとめてみました。



ここのところ北海道旅はエアホ又は長距離フェリーでしたが、
今回北海道へは久しぶりの陸路北海道です。

↓午後のはやぶさで新青森、青森と乗り継ぎ、
青森からは「急行はまなす」に乗車します。

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↓青森駅への入線は21:36、出発まで結構余裕あります。
平日だったので然程混雑も無く、出発までの「テツ」の方々撮影タイムです。

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↑↓シートは運良くのびのびカーペットが取れました。

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↑椅子席より横になれるのは良いのですが、
この状態で満席になると人口密度が高くなります。
お隣の鼾も耳元で囁かれます。
フェリーに慣れるとちょっときついかも知れませんね。

↓ラストランまでまだ期間があるので、
自由席も比較的空いていたので、眠くなるまで自由席で寛ぎました。
向側の転換クロス反転出来る程の乗車率。
(画像は入線直後ですので、乗客はいないです。)

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↓函館駅での機関車交換。停車時間が20分ほどあったので、
外の空気を吸いにホームぶらり。

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2015年11月11日

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北海道・増毛

北海道の遊里跡、増毛を探索してきました。



スライドショーにまとめてみました。

2015年11月11日

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北海道・洞爺湖温泉

北海道の遊里跡、洞爺湖温泉を探索してきました。


スライドショーにまとめてみました。

2015年11月12日



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北海道・余市

北海道の遊里跡、余市を探索してきました。
「全国遊廓案内」によると、汽車は余市駅へ下車する。乗合自動車又は馬車の便がある。貸座敷は現在五軒、娼妓は二十人位居る。とあるからに駅前ということはないはず。もっと海側なのかと思いましたが、特定は出来ませんでした。
只、駅から程近くの場所に呑み屋が多く集まる歓楽街がありました。



情報は2014年とちょっと古いですが、スライドショーにまとめてみました。

2014年6月27日

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北海道・定山渓温泉

北海道の遊里跡、定山渓温泉を探索してきました。
「夜の女性街・全国案内版」によると、札幌からバスで1時間。紅葉時は超満員で虐待されるから注意のこと。芸妓・本州の喰いつめもの芸妓二七名。一座席550円。泊まり2200円。味なし。とあるからに、早い話観光シーズンはお値段高めぼったくりだったのでしょうね。

現在の定山渓温泉は歓楽色は殆どありませんでした。


2015年に解体更地になってしまったようです。

2014年6月27日

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北海道・夕張

北海道の遊里跡夕張を探索してきました。



2017年9月5日

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北海道・小樽

北海道の遊里跡、小樽を探索してきました

「よるの女性街・全国案内版」によると稲穂町から花園町へかけて置屋二十九軒、芸妓九十名とあり、宴会芸の華やかな妓はいないが、情けは極めて細やかである。と記載されている。現在の花園町は小樽の一大歓楽街になっており、呑み屋が軒を連ねる。また、赤線で有名な町外れの手宮であるが、此方は殆ど名残は残っていなかった。



梅が枝町界隈
↓「全国遊郭案内」によると、貸座敷十三軒、娼妓約七十人とある。
現在名残は殆ど残っていない。廓を貫く通りは上り坂になっています。

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↓坂の途中の木造家屋

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↓手宮の銭湯
「百軒ほど密集している手宮の曖昧屋」とは梅ヶ枝町への通り道、銭湯、飲食店が並びます。
こちらの銭湯は外壁処理をしているものの、裏口辺りは木造家屋そのままになっています。

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↓旧遊廓だった梅ヶ枝町よりも旧手宮駅界隈の町並みの方が歩いていて愉しい。
「赤線跡を歩く・緑本」にあった色内町の飲み屋街は見つからず残念!時遅しか見逃したか・・・。

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↓一棟売りに出ていました。

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↓如何ですか?このお値段

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