花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

福岡県・門司港


2017年1月12日再訪。


帰路は新門司港から阪九フェリー「ひびき」で泉大津まで向かいます。

福岡県の遊里跡、門司港を探索してきました。
↓馬場遊廓に繋がる東本町の通りと商店街のアーチ。現在は面影が無く、テナントビル化したスナック、小料理店が点在しています。

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(05年)

↓錦町の銭湯。昭和10年築の銭湯は現在は閉店していました。

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(05年)

↓錦町の和風建築の銭湯。

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(05年)

↓「門司港レトロ散策マップ」にも紹介されている木造3階建ての建物が3軒建ち並ぶ路地。奥行きのある建物の裏口部分が現在の玄関となっています。

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(05年)

↓木造3階建ての建物が3軒建ち並ぶ路地裏。

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(05年)

↓木造3階建ての建物が3軒建ち並ぶ路地。

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(05年)

↓路地裏に面影のある玄関が残っています。
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(05年)

↓木造3階建て建物の玄関
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(05年)

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(05年)

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(05年)

↓豆タイルのある玄関

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(05年)

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(05年)
 
↓門司港駅舎、この日は雪まじりの冷たい雨で、凍えての探索でした。
九州鉄道記念館で暖をとりました。

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(05年)

2013年8年ぶりに門司港再訪。
今回は大阪南港からのフェリー旅、大洋名門フェリーで片道6700円と泊分含めると安いが、シティライントラベルのツアー扱いだと更に格安、サンフラワー弾丸同じく往復&門司駅迄の無料送迎バス、関門海峡1日フリーパスポート付きで8800円です(2013年)。

↓南港19:50出港のフェリーきょうと2で出発します。

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↓等級は最安のエコノミーですが、空いていれば快適空間です。
サンフラワーと比べるとマットが薄い。空いていたので2重にしました。

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↓パブリックスペースも広々。1日二便就航ですが、遅い時間の2便の方が設備は良いみたい。

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↓船内レストランのアルコールメニューもコンビニ価格。
レストラン内に自販機もある船もありました。食事はバイキングスタイル(夕食1500円)。
ワタクシは黒霧島紙パック購入。翌日の便で残りを飲む。氷、水は無料です。
今まで飲まず嫌いだった芋系が好きになりました。

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↓門司から門司港迄はJR、8年ぶりに門司港の遊里跡に向かいます。
二棟は完全になくなり(多分・・・)、新築のお宅、駐車場になっていました。

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↑↓前回では見落としていましたが、表通りの薬局と同じ建物なんですね。

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↓商店街に戻ります。此方の食堂は「しばらくの間だ休業致しますの」張り紙。

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↓三宣楼は修復保存工事中(因みに門司港駅舎も修復工事中)。

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↓修復工事中の門司港駅舎、現在は見る事が出来ません。
(2015年5月現在)
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↓2015年再訪。
三宣楼の修復は終え一般公開されていました。
観光客の皆さんは門司港レトロで港側メインに散策しますが、此方エリアの町並み探索も面白い。
見学無料、殆ど貸切状態でした。

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↑↓お玄関を入ると二階へ上がる階段と一階の客室になります。

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↓階段脇の下地窓。元、帳場だった所が展示室のなっています。
また、此方の窓にはちょっとした秘密が隠されています。

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↑↓お客さんの出入りを確認する為の覗き穴ならぬ覗き窓になっているのですね。

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↓お二階の大広間、大舞台、格天井(通称 百畳間)です。

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↓一階展示室の一部です。

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↓オマケ
今回も南港からの名門大洋フェリーきょうと2で門司入り。
朝焼けが綺麗でした。

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2005年2月24日・2013年11月14日・2015年5月14日・2016年1月12日


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沖縄県・牧志・辻


2016年再訪と、


本部港までフェリー乗船です。

那覇の遊里跡、牧志・辻を探索してきました(02年・04年・10年・15年・16年)。
~~2010年探索より5年ぶりに探索、画像枚数の少ない辻界隈(04年)は追記から覗いて見て下さい~~

2010年6年ぶりの再訪。桜坂アーチの在った界隈は全く面影が無くなっていました。
↓この画像は2002年に撮影したものです。国際通りからの桜坂入り口のアーチ。

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↓牧志桜坂周辺(2004年)アーチは取り払われ、テナントビルが建設中です。

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↓同じく2002年に桜坂より国際通り方面を望みます。

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↓牧志桜坂周辺(2010年)定点観測ではありませんが、6年ぶりの桜坂界隈は広い道路が整備されていました。
唯一目印になるのが02年からある右側ピンクのビルです。

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↓2004年の風景。テナントビルに三越が遮られています。

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↓牧志桜坂周辺(2010年)

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↓牧志桜坂周辺(2002年)

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(02年)

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(02年)

↓スナック屋号あわせすると面白いかも知れません。
「古都」「左恵」の屋号は02年~15年と変わらず同じ場所に在りますね。

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(02年)

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(02年)

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(02年)

↓牧志桜坂周辺(2004年)
再開発中の桜坂、寅さんの映画看板が何とも良い雰囲気です。

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↓牧志桜坂周辺(2010年)以前は桜坂メインストリートだった路地も右側は広い道路に、
しかしながら6年経ってもまだ全通はしてない様子でした。

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↓反対方向から眺めてみました。

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↓此方の路地は02年と殆ど変わっていません。

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↓昭和の面影残る竜宮通りの路地。

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↓桜坂社交街のアーチ(2010年)

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2015年沖縄県を5年ぶりに探索してきました。
追記ですので当時の画像そのままに、差し込み&追記でアップ。
基本的に面倒くさがり屋なので、数枚ずつアップしていきますね。

↓牧志駅前再開発中。

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(10年)

↓駅前のホテルが完成していました。

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(15年)

↓竜宮通り社交街の通りも片側が工事中でした。

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(15年)

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(15年)

↓高層のホテル?が建設中。

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(15年)

↓高層ビルが建設中の中、解体が進むスナックもありました。
古都、左恵の隣のスナックですね。

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(15年)

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(15年)

↓この路地裏はかろうじて余り変わらない。
十和田の看板が目印ですね。

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(15年)

↓国際通りのシンボルだった沖縄三越も2014年9月21日に閉店してしまったようです。
覆われているのは那覇タワーの取り壊しみたいですね。

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(15年)

↓那覇辻界隈(04年)全国遊郭案内によると貸座敷十三軒、娼妓約百二十名とある。
現在はソープ店舗が建ち並ぶ歓楽街のようだ。
しかしながら、現役泡店舗にデジカメ向けるのは出来ぬもの、界隈面白そうな建物をデジカメしてみました。

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↓駐車場の壁に残されたエジプト風のオブジェ。

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2002年1月31日・2004年1月21日・2010年2月24日・2015年2月20日

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鹿児島県・鹿児島

2016年10月再訪してきました。
此方の記載と被りますが、スライドショーにしてみました。
かの有名なカフェスタイルの建物は更地になっていました。



↓鹿児島県の遊里跡、旧塩屋町を探索してきました。
旧塩屋町に廓が設けられたのは明治の半ば頃。昭和初年には二十三軒の妓楼と娼妓約三百五十名という。
当時の沖の村遊廓跡、メインの通りより外れた場所は現在ソープ街になり、ひっそりと当時の面影を残す建物が残っていました。

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↓モルタルモザイク調の建物も、奥行き部分は木造建築です。

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↓呑み屋のある小路

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↓行こか戻ろか「思案橋」。全国津々浦々花街の入口に多く見られる思案橋です。

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↓赤線跡を歩く・青本 P77の妓楼は更地になっていました(05年)。

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↓思案橋から城南交番を見る辺りに沖の村遊廓、大門があったと思われます。当時のメイン通りはローソン側、
現在はマンション、スーパー等が建ち並んでいました。

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↓南九州梅雨明け前日。暑い暑いと言いながら、探索歩いた歩数27448歩!天文館路地甘味処で地元のオバサマ達にまじって「白熊」を食す。ちなみにこれは「こぐま」です。

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2005年7月13日



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↑↓2011年再訪。モザイク調の建物は残っていました。

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2005年7月15日・2011年2月25日・2016年10月27日






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大分県・かんたん・豊後竹田

大分県の遊里跡、「かんたん」を探索してきました。


2016年かんたん再訪。


遊里跡ではありませんが、豊後竹田の町探索はこちら。

↓以前は大分より別府市内を結ぶ大分電鉄線が走っており、
旧港町の「かんたん」という街に遊廓があった。

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(03年)

↓妓楼があったと思われる大通りの建物も姿を消してゆくのだろうか、空地、駐車場が目立ちます。

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(03年)

↓大分港を望む大通りには木造2階建ての建物が残っています。

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(03年)

↓アパートとして活用されているようです。

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(03年)

↓かんたん町で見つけた解体跡の空地。タイルが残っていました。

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(03年)

↓旧港町にある古い建物は新しくレストラン等にリニューアル中です。

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(03年)

↓2013年かんたん再訪。此方は時代がとまったかのように殆ど変わっていませんでした。
かんたん町の町並み(13年撮影)。

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(13年)

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(13年)

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(13年)

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(13年)

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(13年)

2003年5月21日.2013年3月8日・2016年8月3日


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鹿児島県・奄美大島

鹿児島県の遊里跡(呑み屋街)、奄美大島を探索してきました。

はっきり言って情報は古いので悪しからず。

奄美大島を訪れたのは2011年、JALマイルがたまったので、
往路東京~奄美大島、復路鹿児島~東京のマイルで予約。
その奄美大島~鹿児島間をフェリー乗船と思った遊里旅行程でした。

同じ空港往復よりも割高になる旅計画ですが、
エア無料なので、ケチな私がフェリー代を別途奮発してしまいました。

↓奄美大島名瀬、唯一の歓楽街、呑み屋さんが軒を連ねています。

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↑↓もっとあばら屋的な呑み屋街を想像していたのですが、もしかしたら見落としだったのかな?
全体的に小綺麗なお店が並んでいました。

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↓遊里跡探索は程々に、翌日はガイドさんお願いして金作原(きんさくばら)原生林に来てみました。
メジャーな沖縄那覇よりエアホツアーだと割高な奄美大島なので、町歩きだけでは勿体ない。
基本的に広く浅くなのです。専門家ではないのですからね。

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↓でもやっぱ気になるのが、遊里情報。
たまたま訪れた奄美大島博物館には「遊女の図」がありました。
これってどう見ても琉球の絵面ですよね。

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↓ホテルから見た名瀬港の様子です。

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↓奄美大島1泊し翌日夜にマルエーフェリー「なみのうえ」にて鹿児島へ。
フェリー乗船はこれが初めてだったかも知れません。
翌、此って最近噴火した「口永良部島」なのかな?
多分、そう思っています。

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↓開聞岳も海上から見るとこの様な感じですね。
お天気快晴で良かった。

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↓桜島も市内から見るのと違いますかね。

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↓多少遅れたものの、無事鹿児島に到着しました。
マリックスラインを望みます。

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↓下船。初めての長旅フェリーを愉しめました。
乗船は2011年ですが、この「なみのうえ」は乗船後韓国 (2013 - 2014)に行き、
セウォル号となり今も海底に沈んでおります。

~~この度は、誠にご愁傷さまでございます。心からお悔やみ申し上げます。~~

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↓鹿児島到着後、鹿児島の遊里跡を探索しました。

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~~以降の遊里跡探索は旧塩屋町にて続きます。

2011年2月25日

毎回ほろ酔い加減更新で失礼いたします。
後日誤字脱字はなるべく気が付いたときに直しますのでご了承下さい。

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福岡県・博多大浜

福岡県の遊里跡、博多大浜を探索してきました。
2002年・2016年再訪。

↓旧博多港に面した大浜は、博多のもう一つの遊廓跡であり潮風が心地よい。
現在は地下鉄呉服町付近。
博多駅が現在の位置に移動するまでは駅からも歩いて行ける距離だったという(02年)。

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↓旅館「西海荘」、窓枠などに豆タイルの装飾を施している。
ストリートビューだと14年頃までは在ったと思われますが、現在は更地になっています。(更地クリックで現在の様子がご覧いただけます)

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(02年・現存せず)

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(02年・現存せず)

↓化粧タイルの建物

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(02年・現存せず)

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(02年・多分現存せず)

↑↓ 下のオブジェのような物のあるお宅は路面に面しているので確認出来ましたが、
上のブルータイルの建物は赤いオブジェの私有地内路地だったと思います。
02年は図々しく入って行きましたが、今回は遠慮させて頂きました。

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(02年・現存せず)

↓赤線跡を歩く・青本に載っている大衆食堂。

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(02年・現存せず)

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(02年)

↑↓16年再訪。02年と変わらず現存している建物も在りました。

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(16年)

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(16年)

↓地下鉄呉服町駅の程近く、
選擇寺(せんちゃくじ)には博多柳町遊郭の遊女雪友の墓があります。
ネットの情報では寺の過去帳には580人の遊女の記録があり、
選擇寺は元々遊女の投げ込み寺だったようです。

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↓その中でも遊女雪友は手厚く葬られたようです。

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また、ネット情報では

~~柳町の歴史
江戸初期、現在の福岡市博多区下呉服町に藩公認の遊郭として開始。1907(明治40)年ごろ現在の中央区清川に移った。売春防止法施行により、1962(昭和37)年ごろまでにその名を消した。~~

と、言うことなので、元々の柳町は此所大浜であったのかなと思います。
なので、先に探索した新柳町に「新」が付いているのでしょうかね。

2002年12月12日・2016年1月13日

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福岡県・博多新柳町

福岡県の遊里跡、新柳町を探索してきました。
2002年・2016年再訪。

博多の台所と言われている柳橋市場。遊里跡は市場向側の大門通り、
那珂川に沿って和洋様々なお店が揃っていたという。
大正4年には貸座敷47軒に650人の女性がいたとされている。

↓柳橋連合市場

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(02年)

↓料亭「三光園」

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(02年)

↓大門通りロータリーのある十字路。
角地に建つ長屋風の建物だが工事中なのが残念です。

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(02年)

↓此方もロータリー反対側の建物

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(02年)

↓路地

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(02年・現存せず)

↓川端通りの建物

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(02年・現存せず)
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(02年・現存せず)

↑↓グリーンタイル部分に屋号が残る。
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(02年)

↓木造3階建ての建物

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(02年・A)

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(02年・B)

2016年14年ぶりに博多新柳橋を再訪してきました。
数軒の建物は無くなっていましたが、町並みの感じは余り変わっていませんでした。

↓ロータリーは綺麗に整備されていました。

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(16年)

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(16年)

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(16年)

↓三光園の佇まいはそのままに、その回りにスナック等の飲食店が点在しています。

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(16年)

↓(02年・A)の建物はそのままに、屋号とテントがなくなっていますね。

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(16年)

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(16年)

↓(02年・B)の路地、右側の店舗は外壁が綺麗になっていました。

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(16年)

↓此所のスナック群は02年の時には撮っていなかった。
見落としだったか、現駐車場の場所に建物が在ったかで撮らなかったのかな。

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(16年)

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(16年)

↓かつては大店だったと思われる三階建ての建物。

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(16年)

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(16年)

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2002年12月12日・2016年1月13日

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大分県・別府

大分県の遊里跡「別府」探索してきました。

↓別府・浜脇温泉。別府八湯の一つに数えられている浜脇温泉はJR東別府駅近く、
朝見川の袂に数軒の建物が残っていました(03年)

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(03年)

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(03年)

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(03年)

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(03年)

↓2013年10年ぶりに別府を再訪。NHKbsプレミアム「新日本風土記・別府」で浜脇界隈が以前遊里だったことが紹介されていたので、過去に撮った画像と確認しました。10年前は半信半疑ながらのアップでした。
此方のお宅は10年前と殆ど変わらず。新日本風土記でも映っていましたね。

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↓新日本風土記の中で紹介されていた「二幸荘」は旧遊里の建物そのままに、
仮装が出来る宿としても有名だとか。奥の提灯がある旅館です。

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↓裏から見てみました。コの字型で坪庭があるのでしょうかね。

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↓03年年前探索はスピード探索でかなり見落としもありました。
空地等も多いのですが、ちょっとした路地裏も良い雰囲気を醸し出しています。

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↓オマケ
今回別府行きの行程は東京東海道昼特急高速バスにて畿内入り。その夕刻南港から別府行きのさんふらわぁフェリーにて別府でした。ツアー名「弾丸フェリー」で別府泊なし。早朝着いて夕刻帰る。
画像は帰路の明石海峡大橋です。

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↓もう一つオマケは帰路の高速バスターミナル近くの梅田貨物駅。廃止になってしまったんですよね。と言っても関東人間なので余り愛着もなし。バス乗り場から近かったのでついデジカメしてしまいました。
(13年)

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↓すっかり更地になってしまいましたね。これから再開発なのでしょう。

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(15年)

↓BS-TBS 湯のまち放浪記「別府」では浜脇界隈の遊里跡を紹介。
当時の屋号も確認されました。

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↓画像真ん中辺りの空き地にはつい最近まで「てんぐや」という妓楼が在ったそうです。

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↓2015年再訪。
浜脇の妓楼は2015年10月、まだ残っていました。
遊里跡のネット情報は最近数あれど、情報古いと現在空地&駐車場の可能性大ですからね。
今後サブカルチャー等のご趣味で訪れる方は最新の日付画像に注意しましょう。
当方サイトの画像はクリックで撮影日時が確認出来ます。

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↓別府駅前通から、竹瓦温泉に抜ける路地裏、北浜界隈は別府の歓楽街。
スナック、呑み屋が軒を連ねる一画です。

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↓早朝の竹瓦温泉。人も疎らです。

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↓駅近くのピンク映画館。

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↓オマケ・パート2
今回の別府行程もさんふらわぁ別府弾丸。
遊里跡探索よりもフェリーしたかったのです。
早朝到着で杵築巡り、空き時間で別府探索。
別府再訪エリアも愉しめました。
此方は早朝の別府の町並み。

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↓2度目の別府弾丸、前回は名門大洋フェリー帰路1便だったので、夜景ではなかった。
画像では余り感じ取られませんが、出港して暫くは別府の夜景を満喫出来ます。
なだらかな別府温泉街夜景がとても綺麗でした。

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2003年5月21日・2013年3月9日・2015年10月7日

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大分県・杵築

大分県の遊里跡、杵築を探索してきました。
今回の遊里探索はネットでの前情報は全く入れていませんでした。

大分県の中ではまだ訪れた事のない杵築か豊後竹田か迷いましたが、
滞在時間の関係で杵築に決定。
まあ、今回は一般の観光を目的(フェリー乗船含む)としていたのでしたが、城下町という場所柄、
遊里が在っても不思議ではないという期待は多少ありました。

↓まずはお決まりの観光コース、酢屋の坂、塩屋の坂からスタートです。

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↓杵築城、お天気快晴でとても爽やかでした。

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↓さて、観光地図看板を眺め、何処かしら遊里風情を感じさせられる場所を探しましょう。
町名的には新地、新町、祇園、梅が枝などの町名が可能性大。寺社仏閣の参道も含みます。

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↓富坂界隈。観光マップには載っていませんがレトロな洋館、文具店がありました。

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↑↓此方の「柳家」さんは結構立派な佇まい。
仕出しやも兼ねていたようですね。

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↓ショーウインドウ?の中も中々レトロです。
ちゃんぽん650円というのも気になりましたが、
何かあまり営業している様子もなかったんだよね。

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↑↓逆光写り込み入って失礼致します。

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↓折角なので八坂神社にも訪れ。
玉垣チェックでしたが参考となる物はありませんでした。

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↓それでは一番気になる場所に訪れてみましょう。
最初の観光看板地図に戻り、富坂上、八坂神社、礼の辻辺りを見てみると、
何となく区画が違う場所があります。
一寸気になる建物。
観光地図には「近藤家」と記載されている建物が見えてきました。

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↓近藤家というのは「近藤産婦人科」で、現在は廃屋になっています。
表玄関のファサードは洋風になっていますが、奥の和風木造三階建てが気になりますね。

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↑↓地図サイトで確認すると、産婦人科と奥の木造家屋は同じ敷地内でした。

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↓武家屋敷を案内されている方に、さり気なく伺ったところ、
どうやら杵築の遊里(遊廓)は此方の場所にだったようです。
それにしても立派な和洋折衷の建物ですね。

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↑↓木造家屋丸窓にバルコニー。
それも手摺り部分が、石かコンクリートの様にも見えます。
バルコニーからは海も望めた事でしょう。

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↓木造家屋のお玄関。初めは産婦人科棟と木造家屋とは別のお宅かと思っていましたが、
地図サイトによると同じ敷地内にあるようです。緩やかな下り坂です。

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↓お勝手口だったんでしょうね。

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↓勝手口から伸びる緩やかな下り坂を巡ってみました。
左の木造家屋が近藤家になります。

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↑↓ 火防(ひよけ)・火伏せの神として広く信仰された秋葉神社の祠があります。

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↓オマケ
今回も九州別府は南港からの弾丸フェリー別府でした。
杵築探索、別府温泉浸かり帰路。
画像は別府観光港到着前の日の出と停泊中のさんふらわぁ こばると。

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2015年10月7日

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福岡県・八幡

福岡県の遊里跡、八幡を探索してきました。
かつて此辺は一帯に工場地帯であって、
急激な発展を遂げ人口は既に十万を突破している有様である。
従って遊廓の発展も素晴らしく、大正四年当時は、僅か数軒の同業者に過ぎなかったものが、
今日では(昭和五年当時)26軒270名に増えている。
(全国遊廓案内)
また、昭和三十年代記載では100軒、400名となり、
一大歓楽街だったと想像できますが、現在は殆ど名残は残っていませんでした。
此所はこうだという特定も出来ませんので、昭和の名残残す建物を探し探索してみました。

↓枝光駅より探索開始。
遊里だった白川町へは1キロほどの距離です。

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↓界隈の区画は今も昔も変わって居ないような気がします

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↓かつてはスナックだったと思わせる建物。
左の窓枠だけが何故かサッシではないですね。

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↓此方も以前はアパートか飲食店入居の建物みたい。
現在は学習塾と駐車場になっていました。

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↑↓中央部分の意匠が何ともいえません。

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↓メイン通りと平行する裏通りに、かつては旅館か料亭だったと思わせる建物がありました。

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↑↓廃屋のようですが、外壁の長さからしても、かなり大きなお宅のようです。

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↓隙間から一寸だけお庭を拝見。植物が蔓延ってジャングルのようでした。

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↓商店街の昭和チックな建物。
理容室から定食屋までの流れが良い雰囲気を出しています。

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↓よく見ると定食屋さんは木造三階建てのようです。

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↓殆ど名残を見つける事の遊里探索。
折角なので緩やかな坂道を上ってみました。

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↓他の方のサイトによるとこの門柱のある現駐車場は
以前は病院だったそうです。

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他の方ついでにもう一つ。毎回の事ながら今回も見落とし1件。
廃屋旅館に気を取られていた為、北側の路地を探索しなかったこと。
帰宅後地図サイトで確認。転業アパートみたいな建物が在るんですよ。
悔やまれるのは途中までしつつも、殆ど住宅街だったので引き返してしまったのです。

↓気を取り直して枝光商店街。
商店街西側にはジェットコースターやらスペースシャトル等を望む「スペースワールド」何ですけれどね。
此方はとても懐かしい商店街です。

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↓オマケ
今回の行程は初LCCにて福岡へ向かい、
新門司港から名門大洋フェリー~南港~京都から新幹線の行程でした。
LCC福岡往復より割高かつ時間も掛かりますが、エアホだけでは面白くもなく、
九州と畿内両方を愉しめるということなのです。
まあ、八幡遊里はその途中に在ったのでちょうど良かった。

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↓翌朝の明石海峡大橋。快晴でした。

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2015年9月10日












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