花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

鹿児島県・志布志

鹿児島県志布志の歓楽街を探索してきました。


過去にアップしたものを、スライドショーにしてあります。

2013年9月12日

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宮崎県・日南市飫肥・油津


宮崎駅より日南線にて飫肥、油津と探索してきました。


過去にアップしたものを、スライドショーにしてあります。

2008年1月17日




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宮崎県・宮崎

宮崎県の遊里跡、旧恵比寿町を探索してきました。



過去にアップしたものを、スライドショーにしてあります。
2005年7月13日 2014年12月4日

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福岡県・小倉・折尾

福岡県の遊里跡、小倉を探索してきました。


2017年再訪。

↓旧小倉駅(現西小倉駅)から、木橋に復元された常盤橋を渡り、現小倉駅に向かう途中に明治期に設けられた芸娼妓所、舟町があります。現在はソープ街になっています。

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↓室町通り商店街

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↓船頭町界隈

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↓駅前路地裏の入口です。数年後には再開発されてしまうのでしょうか?

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↓駅前路地裏を入ったところに成人映画専門館がありました。「薔薇族映画」上映中です。

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↓駅前のアーケード

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↓旧大正町で見つけた趣のある建物。

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↓趣のあるモスバーガー

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↓古船場町(三本松)にある無法松の石碑。

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↓折尾駅駅舎

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↓折尾駅前の飲み屋街

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2007年1月25日




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福岡県・門司港


2017年1月12日再訪。


帰路は新門司港から阪九フェリー「ひびき」で泉大津まで向かいます。

福岡県の遊里跡、門司港を探索してきました。
↓馬場遊廓に繋がる東本町の通りと商店街のアーチ。現在は面影が無く、テナントビル化したスナック、小料理店が点在しています。

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(05年)

↓錦町の銭湯。昭和10年築の銭湯は現在は閉店していました。

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(05年)

↓錦町の和風建築の銭湯。

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(05年)

↓「門司港レトロ散策マップ」にも紹介されている木造3階建ての建物が3軒建ち並ぶ路地。奥行きのある建物の裏口部分が現在の玄関となっています。

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(05年)

↓木造3階建ての建物が3軒建ち並ぶ路地裏。

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(05年)

↓木造3階建ての建物が3軒建ち並ぶ路地。

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(05年)

↓路地裏に面影のある玄関が残っています。
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(05年)

↓木造3階建て建物の玄関
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(05年)

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(05年)

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(05年)

↓豆タイルのある玄関

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(05年)

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(05年)
 
↓門司港駅舎、この日は雪まじりの冷たい雨で、凍えての探索でした。
九州鉄道記念館で暖をとりました。

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(05年)

2013年8年ぶりに門司港再訪。
今回は大阪南港からのフェリー旅、大洋名門フェリーで片道6700円と泊分含めると安いが、シティライントラベルのツアー扱いだと更に格安、サンフラワー弾丸同じく往復&門司駅迄の無料送迎バス、関門海峡1日フリーパスポート付きで8800円です(2013年)。

↓南港19:50出港のフェリーきょうと2で出発します。

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↓等級は最安のエコノミーですが、空いていれば快適空間です。
サンフラワーと比べるとマットが薄い。空いていたので2重にしました。

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↓パブリックスペースも広々。1日二便就航ですが、遅い時間の2便の方が設備は良いみたい。

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↓船内レストランのアルコールメニューもコンビニ価格。
レストラン内に自販機もある船もありました。食事はバイキングスタイル(夕食1500円)。
ワタクシは黒霧島紙パック購入。翌日の便で残りを飲む。氷、水は無料です。
今まで飲まず嫌いだった芋系が好きになりました。

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↓門司から門司港迄はJR、8年ぶりに門司港の遊里跡に向かいます。
二棟は完全になくなり(多分・・・)、新築のお宅、駐車場になっていました。

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↑↓前回では見落としていましたが、表通りの薬局と同じ建物なんですね。

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↓商店街に戻ります。此方の食堂は「しばらくの間だ休業致しますの」張り紙。

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↓三宣楼は修復保存工事中(因みに門司港駅舎も修復工事中)。

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↓修復工事中の門司港駅舎、現在は見る事が出来ません。
(2015年5月現在)
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↓2015年再訪。
三宣楼の修復は終え一般公開されていました。
観光客の皆さんは門司港レトロで港側メインに散策しますが、此方エリアの町並み探索も面白い。
見学無料、殆ど貸切状態でした。

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↑↓お玄関を入ると二階へ上がる階段と一階の客室になります。

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↓階段脇の下地窓。元、帳場だった所が展示室のなっています。
また、此方の窓にはちょっとした秘密が隠されています。

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↑↓お客さんの出入りを確認する為の覗き穴ならぬ覗き窓になっているのですね。

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↓お二階の大広間、大舞台、格天井(通称 百畳間)です。

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↓一階展示室の一部です。

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↓オマケ
今回も南港からの名門大洋フェリーきょうと2で門司入り。
朝焼けが綺麗でした。

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2005年2月24日・2013年11月14日・2015年5月14日・2016年1月12日


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沖縄県・牧志・辻


2016年再訪と、


本部港までフェリー乗船です。

那覇の遊里跡、牧志・辻を探索してきました(02年・04年・10年・15年・16年)。
~~2010年探索より5年ぶりに探索、画像枚数の少ない辻界隈(04年)は追記から覗いて見て下さい~~

2010年6年ぶりの再訪。桜坂アーチの在った界隈は全く面影が無くなっていました。
↓この画像は2002年に撮影したものです。国際通りからの桜坂入り口のアーチ。

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↓牧志桜坂周辺(2004年)アーチは取り払われ、テナントビルが建設中です。

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↓同じく2002年に桜坂より国際通り方面を望みます。

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↓牧志桜坂周辺(2010年)定点観測ではありませんが、6年ぶりの桜坂界隈は広い道路が整備されていました。
唯一目印になるのが02年からある右側ピンクのビルです。

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↓2004年の風景。テナントビルに三越が遮られています。

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↓牧志桜坂周辺(2010年)

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↓牧志桜坂周辺(2002年)

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(02年)

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(02年)

↓スナック屋号あわせすると面白いかも知れません。
「古都」「左恵」の屋号は02年~15年と変わらず同じ場所に在りますね。

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(02年)

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(02年)

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(02年)

↓牧志桜坂周辺(2004年)
再開発中の桜坂、寅さんの映画看板が何とも良い雰囲気です。

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↓牧志桜坂周辺(2010年)以前は桜坂メインストリートだった路地も右側は広い道路に、
しかしながら6年経ってもまだ全通はしてない様子でした。

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↓反対方向から眺めてみました。

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↓此方の路地は02年と殆ど変わっていません。

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↓昭和の面影残る竜宮通りの路地。

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↓桜坂社交街のアーチ(2010年)

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2015年沖縄県を5年ぶりに探索してきました。
追記ですので当時の画像そのままに、差し込み&追記でアップ。
基本的に面倒くさがり屋なので、数枚ずつアップしていきますね。

↓牧志駅前再開発中。

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(10年)

↓駅前のホテルが完成していました。

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(15年)

↓竜宮通り社交街の通りも片側が工事中でした。

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(15年)

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(15年)

↓高層のホテル?が建設中。

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(15年)

↓高層ビルが建設中の中、解体が進むスナックもありました。
古都、左恵の隣のスナックですね。

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(15年)

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(15年)

↓この路地裏はかろうじて余り変わらない。
十和田の看板が目印ですね。

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(15年)

↓国際通りのシンボルだった沖縄三越も2014年9月21日に閉店してしまったようです。
覆われているのは那覇タワーの取り壊しみたいですね。

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(15年)

↓那覇辻界隈(04年)全国遊郭案内によると貸座敷十三軒、娼妓約百二十名とある。
現在はソープ店舗が建ち並ぶ歓楽街のようだ。
しかしながら、現役泡店舗にデジカメ向けるのは出来ぬもの、界隈面白そうな建物をデジカメしてみました。

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↓駐車場の壁に残されたエジプト風のオブジェ。

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2002年1月31日・2004年1月21日・2010年2月24日・2015年2月20日

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鹿児島県・鹿児島

2016年10月再訪してきました。
此方の記載と被りますが、スライドショーにしてみました。
かの有名なカフェスタイルの建物は更地になっていました。



↓鹿児島県の遊里跡、旧塩屋町を探索してきました。
旧塩屋町に廓が設けられたのは明治の半ば頃。昭和初年には二十三軒の妓楼と娼妓約三百五十名という。
当時の沖の村遊廓跡、メインの通りより外れた場所は現在ソープ街になり、ひっそりと当時の面影を残す建物が残っていました。

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↓モルタルモザイク調の建物も、奥行き部分は木造建築です。

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↓呑み屋のある小路

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↓行こか戻ろか「思案橋」。全国津々浦々花街の入口に多く見られる思案橋です。

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↓赤線跡を歩く・青本 P77の妓楼は更地になっていました(05年)。

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↓思案橋から城南交番を見る辺りに沖の村遊廓、大門があったと思われます。当時のメイン通りはローソン側、
現在はマンション、スーパー等が建ち並んでいました。

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↓南九州梅雨明け前日。暑い暑いと言いながら、探索歩いた歩数27448歩!天文館路地甘味処で地元のオバサマ達にまじって「白熊」を食す。ちなみにこれは「こぐま」です。

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2005年7月13日



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↑↓2011年再訪。モザイク調の建物は残っていました。

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2005年7月15日・2011年2月25日・2016年10月27日






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大分県・かんたん・豊後竹田

大分県の遊里跡、「かんたん」を探索してきました。


2016年かんたん再訪。


遊里跡ではありませんが、豊後竹田の町探索はこちら。

↓以前は大分より別府市内を結ぶ大分電鉄線が走っており、
旧港町の「かんたん」という街に遊廓があった。

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(03年)

↓妓楼があったと思われる大通りの建物も姿を消してゆくのだろうか、空地、駐車場が目立ちます。

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(03年)

↓大分港を望む大通りには木造2階建ての建物が残っています。

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(03年)

↓アパートとして活用されているようです。

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(03年)

↓かんたん町で見つけた解体跡の空地。タイルが残っていました。

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(03年)

↓旧港町にある古い建物は新しくレストラン等にリニューアル中です。

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(03年)

↓2013年かんたん再訪。此方は時代がとまったかのように殆ど変わっていませんでした。
かんたん町の町並み(13年撮影)。

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(13年)

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(13年)

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(13年)

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(13年)

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(13年)

2003年5月21日.2013年3月8日・2016年8月3日


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鹿児島県・奄美大島

鹿児島県の遊里跡(呑み屋街)、奄美大島を探索してきました。

はっきり言って情報は古いので悪しからず。

奄美大島を訪れたのは2011年、JALマイルがたまったので、
往路東京~奄美大島、復路鹿児島~東京のマイルで予約。
その奄美大島~鹿児島間をフェリー乗船と思った遊里旅行程でした。

同じ空港往復よりも割高になる旅計画ですが、
エア無料なので、ケチな私がフェリー代を別途奮発してしまいました。

↓奄美大島名瀬、唯一の歓楽街、呑み屋さんが軒を連ねています。

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↑↓もっとあばら屋的な呑み屋街を想像していたのですが、もしかしたら見落としだったのかな?
全体的に小綺麗なお店が並んでいました。

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↓遊里跡探索は程々に、翌日はガイドさんお願いして金作原(きんさくばら)原生林に来てみました。
メジャーな沖縄那覇よりエアホツアーだと割高な奄美大島なので、町歩きだけでは勿体ない。
基本的に広く浅くなのです。専門家ではないのですからね。

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↓でもやっぱ気になるのが、遊里情報。
たまたま訪れた奄美大島博物館には「遊女の図」がありました。
これってどう見ても琉球の絵面ですよね。

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↓ホテルから見た名瀬港の様子です。

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↓奄美大島1泊し翌日夜にマルエーフェリー「なみのうえ」にて鹿児島へ。
フェリー乗船はこれが初めてだったかも知れません。
翌、此って最近噴火した「口永良部島」なのかな?
多分、そう思っています。

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↓開聞岳も海上から見るとこの様な感じですね。
お天気快晴で良かった。

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↓桜島も市内から見るのと違いますかね。

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↓多少遅れたものの、無事鹿児島に到着しました。
マリックスラインを望みます。

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↓下船。初めての長旅フェリーを愉しめました。
乗船は2011年ですが、この「なみのうえ」は乗船後韓国 (2013 - 2014)に行き、
セウォル号となり今も海底に沈んでおります。

~~この度は、誠にご愁傷さまでございます。心からお悔やみ申し上げます。~~

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↓鹿児島到着後、鹿児島の遊里跡を探索しました。

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~~以降の遊里跡探索は旧塩屋町にて続きます。

2011年2月25日

毎回ほろ酔い加減更新で失礼いたします。
後日誤字脱字はなるべく気が付いたときに直しますのでご了承下さい。

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福岡県・博多大浜

福岡県の遊里跡、博多大浜を探索してきました。
2002年・2016年再訪。

↓旧博多港に面した大浜は、博多のもう一つの遊廓跡であり潮風が心地よい。
現在は地下鉄呉服町付近。
博多駅が現在の位置に移動するまでは駅からも歩いて行ける距離だったという(02年)。

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↓旅館「西海荘」、窓枠などに豆タイルの装飾を施している。
ストリートビューだと14年頃までは在ったと思われますが、現在は更地になっています。(更地クリックで現在の様子がご覧いただけます)

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(02年・現存せず)

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(02年・現存せず)

↓化粧タイルの建物

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(02年・現存せず)

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(02年・多分現存せず)

↑↓ 下のオブジェのような物のあるお宅は路面に面しているので確認出来ましたが、
上のブルータイルの建物は赤いオブジェの私有地内路地だったと思います。
02年は図々しく入って行きましたが、今回は遠慮させて頂きました。

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(02年・現存せず)

↓赤線跡を歩く・青本に載っている大衆食堂。

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(02年・現存せず)

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(02年)

↑↓16年再訪。02年と変わらず現存している建物も在りました。

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(16年)

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(16年)

↓地下鉄呉服町駅の程近く、
選擇寺(せんちゃくじ)には博多柳町遊郭の遊女雪友の墓があります。
ネットの情報では寺の過去帳には580人の遊女の記録があり、
選擇寺は元々遊女の投げ込み寺だったようです。

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↓その中でも遊女雪友は手厚く葬られたようです。

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また、ネット情報では

~~柳町の歴史
江戸初期、現在の福岡市博多区下呉服町に藩公認の遊郭として開始。1907(明治40)年ごろ現在の中央区清川に移った。売春防止法施行により、1962(昭和37)年ごろまでにその名を消した。~~

と、言うことなので、元々の柳町は此所大浜であったのかなと思います。
なので、先に探索した新柳町に「新」が付いているのでしょうかね。

2002年12月12日・2016年1月13日

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