花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

東京都・平井・亀戸

東京の花街跡、平井、亀戸を探索してきました。
↓JR平井駅南口、駅前マンションの裏あたりに三業地があった。
現在は数店の料亭、飲食店が三業通りに残っています。

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↓平井路地煙草屋

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亀戸界隈。現在は亀戸天神裏手に数軒の料亭が残る。
赤線街は三業地よりさらに奥まった横十間川の脇にあったが、今日面影はない。
↓亀戸三業会館

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↓亀戸天神裏の銭湯

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2003年1月16日

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東京都・大塚

東京の遊里跡、大塚を探索してきました。
大正十年に設立され、震災後の大正十五年には料亭、待合合わせて百軒、芸妓二百人を数えるようになったという。
↓JR大塚駅南口より巣鴨方面へ線路沿いに進とビルの谷間に看板が見えます。2003_0116_093420AA.jpg

↓大塚三業地界隈

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2003年1月16日


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