花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

島根県・松江

島根県の遊里跡、松江を探索してきました。
松江の遊廓は、明治三十八年の大火で全焼するまで安来節にも歌われた「和田見町」にありましたが、大火以降は堀割をはさんだ伊勢宮町に移され、新地遊廓と呼ばれるようになりました。

↓松江しんじ湖温泉より宍道湖大橋を望む。

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↓和田見町界隈の町並み。

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↓現在(03年)の和多見町には数軒の飲食店が点在しています。

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↓和多見町路地の一画。

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↓売布神社を挟んで、和田見町と伊勢宮町と分かれています。

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↓伊勢宮町の町並み

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↓現在の伊勢宮町は飲食店街に姿を変え、新しいビルに飲食店がテナントとして入っています。
その中で、妓楼風の旅館が一軒残っていました。

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↓現在の伊勢宮町には、当時を偲ばせる旅館とテナントビルが向かい合わせに並んでいます。

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2003年2月20日

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東京都・向島

東京の遊里跡、向島を探索してきました。
「全国花街めぐり」(昭和4年)によると、芸妓置屋百二十軒、芸妓二百四十人。料亭二十三軒。待合百三十軒とある。現在でも見番通りには料亭が点在する。

↓隅田川の東、桜橋と言問橋の間にある見番通りには今でも数軒の料亭があります。

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↓「赤線跡を歩く・青本」東京の小さな花街を歩くでも紹介されている建物です。
数年後再訪しましたが、見つけることが出来ませんでした。

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2003年2月6日

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