花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

東京都・中野新橋

東京の花街跡、中野新橋を探索してきました。
↓擬宝珠のある朱塗りの橋を渡ると、道路の右手一帯が三業地。
昭和四十一年頃には料亭四十軒、芸妓が百三十人とある。

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↓二子山部屋近くの料理屋

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2002年12月19日


十二社界隈
↓昭和30年代までは弁天池があった十二社。当時の池の周りにはお茶屋が何軒も建ち並び、
池には屋形船も浮かんでいたという。

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↓池畔から弁天池を眺める風景。

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↓現在では「池の下」と言うバス停の名だけが残る十二社には数軒の旅館が営業しています。

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2003年3月13日

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