花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

映画で見る新宿2丁目

1971年制作の寺山修司監督作品「書を捨てよ町へ出よう」の中に、70年代の新宿2丁目風景が登場します。この映画は「演劇実験室「天井桟敷」」が全国各地で上演した同名ドキュメンタリー・ミュージカルの映画化で原作は寺山修司の同名エッセイ集になっています。
主人公「私」は、ある学校のサッカー部の「彼」を、尊敬している。「彼」は「私」のことを、一人前の男にしてやると言って、元赤線の娼婦の所へ連れて行く場面に、まだ赤線の名残が残る新宿2丁目新千鳥街が撮影され、取り壊し寸前の建物の様子も見ることが出来ます。ここでは今日の新宿2丁目の風景と照らし合わせてみました。
↓尊敬する「彼」が一人前の男にしてやると言い、元赤線の新宿2丁目に行くシーン。正面の建物はビル化されています。

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↑↓同位置から撮影。

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↓「書を捨てよ町へ出よう」

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↑↓同位置から撮影。

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↓新千鳥街の看板を見ると手前の建物は木造3階建てということが分かります。

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↓看板の等は映画の小道具と思われるが、豆タイルの丸柱に趣が感じられます。
映画では昼下がり、娼婦の立つ街角のシーン。

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↑↓同位置から撮影。区画は殆ど変わっていません。

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↓入口上に屋号の看板が残る建物も今は信用金庫になっています。

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03年5月4日

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