花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

石川県・金沢

石川県の遊里跡、金沢を探索してきました。
東茶屋街、西茶屋街、主計町と廓を観光スポットとしてる県庁所在地は京都に次ぐ。
「よるの女性街・全国案内板」によると、山中、片山津の発展で女の子の方はがた落ち気味とあり、三廓併せて百十軒に二百四十名の芸妓がいるが、往年の面影はない。と記載されている。
↓東茶屋街界隈の町並み
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↓東茶屋街の外れで見つけた木造三階建ての建物。

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↓西茶屋街界隈の町並み。

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↓お茶屋の建物を開放した西茶屋資料館。

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↓西検番事務所

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↓西茶屋路地裏の町並み

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↓主計町界隈の町並み。

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2003年11月7日

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石川県・小松

石川県の遊里跡、串茶屋を探索してきました。
串茶屋民俗資料館
↓観光化されておらず、この資料館(右の建物)も無人。「見学希望者は管理人さんに電話をしてください」の張り紙。電話をすると5分ほどで鍵を持った管理人さんが自転車で来てくれました。

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↓この串茶屋遊廓は戦後の売春防止法以後は酒屋として営業、そして現在の資料館になりました。

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↓全盛を極めた文化・文政の時代、京都の島原の風習を学んだことから、資料館内部はかなり立派な建物です。欄間などにも工夫が凝らされ、遊女の手紙、証文書、お道具などが展示されています。

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↓狩野派の絵画を天井に描かれた客室。

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↓当時の面影を残す建物。屋号は「山屋」という。資料館隣の建物。
資料館チラシの写真では見事な松の木(馬つなぎ松)に覆われていたが、松食い虫にやられ現存せず。

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↓串茶屋町で当時の面影を残す建物は、資料館を含め三件が残っています。
当時の屋号は「駒屋」という。

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↓資料館管理人さんに色々と説明してもらい、
数百メートル離れている「遊女の墓」までも自転車で先導して頂きました。

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↓無縁仏と「茶問屋」寄進六地蔵

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2003年11月6日

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富山県・井波

富山県の遊里跡、井波を探索してきました。
井波を訪れたのは03年、瑞泉寺を訪れた帰り道、参道と平行する路地に旅館や妓楼風の建物がありました。
全国遊郭案内によると妓楼十一軒、娼妓二十五名とある。
↓木彫りで有名な井波町。瑞泉寺参道は門前町として景観整備された石畳の参道になっています。

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↓参道から横道に入り、路地裏を入ると地蔵堂があり、
その先に数件の和風建築や和洋折衷の建物が並んでいます。この建物は参道横の営業している旅館です。

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↓地蔵堂隣の妓楼風建物。

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↓此方も妓楼風の大きな建物。外観の様子からすると無人のようでした(A)。

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↓妓楼風(A)の向かい側の建物。入り口付近は煉瓦つくりでモダンな感じがしますが、
奥行きが深く和風建築になっています。(Aのブルーシートの建物)

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2003年11月6日

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