花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

福岡県・田川

福岡県の遊里跡、田川を探索してきました。
↓田川伊田駅よりアーケードを歩き、突き当たりを左へ折れる。その辺りから外郭の飲食店街になってきます。
道は一駅先の田川後籐寺まで続く一本道、途中栄町の道は二股に分かれ、田川市石炭資料館は左へ、栄町表通りと裏通りに分かれます。
↓正面のガードはJR日田彦山線。因みに田川市石炭資料館へはこのルートを通らず、駅裏から散策路が出来ていました。

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↓栄町、田川後籐寺側から田川伊田方面を望みます。栄町は此処で表道、裏道に分かれます。

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↓オマケ「三井伊田抗の煙突」

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2005年9月8日

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福岡県・直方

福岡県の遊廓跡、直方を探索してきました。
↓二字町(大門)は直方駅より北へ1キロ強の小高い丘の一角にあり眺望良し。そばには溜池もあり、大正の終わりから昭和にかけて、妓楼が十四軒、娼妓数は約二百五十名とあります。

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↓現在に残る「大門」は木陰で目立たなくなっていますが、対で残っています。

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↓妓楼を思わせる木造建築は現在は三軒が健在(内一軒は廃屋)です。

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↓大門を背に尾崎溜池方面を望みます。
空き地の広さから、一軒ごとの規模の大きさが分かります。画像は庭園跡に残る石灯籠。

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↓尾崎溜池を背に見た二字遊廓の全景です。
「赤線跡を歩く・青本」の画像と比べても数軒の建物が無くなっていることが分かります。

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↓二字町から直方市内を望みます。

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↓直方駅線路沿いに点在する飲食店街西町は以前は花柳界があり、現在でも数軒の料亭が営業しています。

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2005年9月8日

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福岡県・飯塚

↓福岡県の遊里跡、飯塚を探索してきました。
幹線道路から分岐され旧道の入口近辺です。「赤線跡を歩く・青本」では葦簀張りの商店になっていますが、現在は駐車場になっています。お隣の建物を見ると火事になってしまったようです。

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↓同じく赤線跡を歩く・青本の左上の画像近辺です。同じ角度から撮影してみました。

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↓「青本」左下の建物も駐車場になっていました。

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↓西町を探索して感じたことは、美容室が多く点在しています。
500メートルほどの旧道に少なくとも7軒は在ったような気がします。
この画像は西側の外れ、此処より国道に分断され、さらに西へと続きます。

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2005年9月8日


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佐賀県・唐津・呼子・多久

佐賀県の遊廓跡「唐津」を探索してきました。
↓唐津は05年に訪れ、今回は唐津再訪と呼子を探索(2011年)。
唐津の料亭跡は更に廃墟率がパワーアップ。カフェの鑑札も見つけることが出来ました。

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↓遊里跡には猫が似合います。

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↓木綿町界隈(05年)

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↓木綿町界隈(11年)

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↓木綿町界隈(05年)

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↓唐津二の門堀界隈(05年)

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↓11年再訪時に見つけた「カフエ」の鑑札。

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佐賀県呼子。全国遊廓案内によると呼子遊廓は、妓楼14軒、娼妓130人とある。
遊里のあったのは朝市などで賑わう呼子町対岸の殿ノ浦町(ウキペディア)とされています。
船に乗せて近くの加部島や名護屋に連れ泊めるともある。
 
↓朝市で賑わう呼子町界隈の路地裏。

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↓営業をしていない銭湯。

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↓入口付近に豆タイル装飾がしてあります。

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↓木造三階建ての旅館。休業中のようでした。

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↓対岸の殿ノ浦界隈の町並み
呼子町に比べ廃業したホテル、旅館が目に付きました。

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↓廃屋になったホテルのようですね。

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↓唐津より唐津線で40分ほどの多久、遊里跡ではないと思われますが、
駅前には昭和の名残のこる建物が残っていました。

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↓駅前再開発のようで空き地も目立ち、商店は休業中のようでした。

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2005年9月7日/2011年5月9日



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