花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

神奈川県・真金町・永楽町

神奈川県の遊里跡、真金町、永楽町を探索してきました。
よるの女性街・全国案内版によると、ハマの赤線は伊勢佐木町裏の長島橋を挟んで片や真金町と永楽町が合併した永真カフェー街。目下はその川向かいにある曙町が繁昌している。とあるが、元々戦後派のカフェー街だった曙町に対して永真カフェー街は旧遊廓がそのまま特飲街に移行したもので、「永真花街」とも呼ばれていた。現在の区画を見ても大鷲神社を挟んで廓の名残が分かります。

↓金刀比羅/大鷲神社
1859年横浜開港にあたり、港崎遊郭の岩亀楼主人である岩槻屋佐吉が讃岐国象頭山 金比羅大権現を勧請し、港崎町(現在の横浜公園の地)に祭祀した(ウィキペディア)。

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↓銭湯の平和湯(他の方のサイトだと現存せず)。

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↓永真花街の町並み

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↓カフェの建物を店舗に改築したようですね。外壁材を使っていますが木造建築のようです。

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↓此方は弥生町界隈の路地裏。渋い豆タイルの円柱が素敵ですね。

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↓以前は旅館だったようです。
はっきりと覚えていませんが、正面は大通り公園だったと思います。

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2004年10月14日・2006年7月6日

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