花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

茨城県・常陸大子

茨城県の遊里跡、常陸大子を探索してきました。
時刻表の薄い水郡線です。上菅谷、常陸太田間のリフレッシュ工事と重なり、大子が先に太田が後になってしまいました。時間の合間に水戸奈良屋町も再訪。「赤線跡を歩く・赤本」の茶色のタイルの建物はなくなり駐車場になっていました(07年)。

↓女の線区と言われていた水郡線ですが、現在当時の名残を見ることは出来ません。数年前に訪れた玉川村の料亭らしき建物は、車窓から見る限りでは確認出来ました。
今回の探索行程は18きっぷ利用で、常陸太田の鯨ヶ丘遊郭跡探索後、常陸大子で温泉浸かって帰る予定。常陸大子は情報がない為、行き当たりばったりの路地裏探索です。

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↓探索当日、予定が狂いました。水郡線上菅谷~常陸太田間がリフレッシュ工事のため昼間の間はバス代行の事。ただでさえ時刻表の薄い水郡線は時刻表と睨めっこです。行程を先に常陸大子に行き、路地裏探索。空振りでも温泉があると気分も晴れます。

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↓駅前から久慈川へ続くメインストリートに数軒の旅館、中には門標のみの営業をしていない料理屋さんもありました。

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2007年12月20日

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