花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

神奈川県・藤沢永勝寺

今日はお墓参り。神奈川県は藤沢、藤沢宿に残る飯盛り女の墓に行ってきました。
↓小田急線藤沢本町駅下車、徒歩10分ほどの所に永勝寺があります。

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↓神奈川県藤沢宿、東海道六番目の宿場となる藤沢宿に旅籠を営んでいた小松屋源蔵さんの墓があります。飯盛り女の墓は源蔵さんが建てたもので、源蔵さんの墓を取り巻くように三十九基、四十八体の法名が刻まれています。

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↓藤沢宿には当時旅籠が四十九軒、その中で飯盛女をかかえたのは二十七軒とされています。

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↓小松屋源蔵の墓

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↓飯盛り女の墓

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2007年12月21日

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茨城県・常陸大子・太田

茨城県の遊里跡、常陸大子、太田を探索してきました。
時刻表の薄い水郡線です。上菅谷、常陸太田間のリフレッシュ工事と重なり、大子が先に太田が後になってしまいました。時間の合間に水戸奈良屋町も再訪。「赤線跡を歩く・赤本」の茶色のタイルの建物はなくなり駐車場になっていました(07年)。

↓女の線区と言われていた水郡線ですが、現在当時の名残を見ることは出来ません。数年前に訪れた玉川村の料亭らしき建物は、車窓から見る限りでは確認出来ました。
今回の探索行程は18きっぷ利用で、常陸太田の鯨ヶ丘遊郭跡探索後、常陸大子で温泉浸かって帰る予定。常陸大子は情報がない為、行き当たりばったりの路地裏探索です。

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↓探索当日、予定が狂いました。水郡線上菅谷~常陸太田間がリフレッシュ工事のため昼間の間はバス代行の事。ただでさえ時刻表の薄い水郡線は時刻表と睨めっこです。行程を先に常陸大子に行き、路地裏探索。空振りでも温泉があると気分も晴れます。

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↓駅前から久慈川へ続くメインストリートに数軒の旅館、中には門標のみの営業をしていない料理屋さんもありました。

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↓常陸太田界隈
郷土資料館分館
午後3時以降に工事が終わり、どうにか常陸太田に行くことが出来ました。とは言っても太田到着午後4時をまわって、日は西に傾き日没寸前です。プリントした地図を見ながら探索開始ですが、のっけから道を間違えました。鯨ヶ丘は地名の名の通り鯨の背のような町で小高い丘が町の中心になっています。駅から丘に上らず脇道に入ったおかげで坂を上ったり下りたり、目印となる郷土資料館分館を見つけた時にはホッと一息です。駅より約1キロ12分。

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↓太田を代表する坂として板谷坂があります。数年前に整備され、上段部は階段になっていますが、かなりの急勾配を感じます。この坂を下り、道は日立方面に続きます。

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↓間口は程々に奥行きのある建物が多いです。

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↓夜の女性街・全国案内版によると、太田には約十軒、四十七名とされています。東3丁目界隈鯨ヶ丘商店街を歩いてみました。途中、くじら焼なる物を購入。たい焼の鯨版。太田の名物だそうです。

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↓駅前に廃墟になったサウナがありました。この時点でタイムアウトです。冬至前の12月20日午後5時前、水郡線の上り列車の時間まで40分程あります。駅前には飲食店も少なく(殆ど無い)、駅待合室で先ほど購入したくじら焼をパクついていました。まわりは下校途中の高校生ばっか。はじめの予定では、大子で久慈シャモを食す予定だったのに残念です。

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2007年12月20日

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群馬県・水上・伊香保温泉

歓楽温泉街として賑わった群馬県の温泉街、水上・伊香保温泉を探索してきました。
昭和30年代に発行された「よるの女性街・全国案内版・渡辺寛著」によると、「吹雪で有名な温泉場だが、乱暴な赤線女がいるのでも有名宿の間に分散していて、二十軒、百名」と記載されています。
↓2001年に訪れたときには在ったストリップ劇場。

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↓ストリップ劇場は解体され、空き地になっていました(07年)。

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↓紅葉シーズンも終わり、平日昼間は人影も疎ら、路地裏には射的場やスナックなどが点在しています。

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伊香保温泉界隈
↓同じく「よるの女性街・全国案内」の伊香保では、赤線は石段街左右に三カ所ほど固まっており、三十年代急激に増え約三十五軒、百二十名と記載されています。私娼に関しても歴史は古く、寛永八年に公許され、「餅売湯女」と呼ばれていました。

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↓大型観光ホテルを挟み、路地裏は飲食店が建ち並んでいます。

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↓石段と平行している伊香保の坂道、スナックなどの飲食店が並びます。

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↓カフェ風の建物でなくとも、豆タイルを見ると萌えです。こちらは射的遊技場でした。

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↓伊香保石段からの眺め

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2001年8月23日・2007年12月13日

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