花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

宮崎県・美々津・延岡・日向市

宮崎県の遊里跡、美々津、延岡、日向市の町並みを探索してきました。
1日目は日豊本線美々津、延岡、細島の順に効率よく探索。18きっぷ利用です。

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↓美々津の町並み

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↓廻船問屋「河内屋」。現在、歴史資料館となっています。

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↓美々津まちなみセンターと美々津軒(明治10年~20年頃に建てられた町家)が並び、お休み処として公開されています。

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↓美々津軒

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↓明治末から大正初期の遊興の場であった場所を示す古写真を資料館で見つけることが出来ました。

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↓現在の立磐神社鳥居前(古写真と同じ場所)。脇石垣辺りに当時の建物が在ったと思われます。

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↓美々津の町並み。正面に美々津港を望み、海軍発祥之地記念碑があります。碑の左側が立磐神社。

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延岡界隈
↓全国遊郭案内によると延岡の遊郭跡は岡富新地と在る。駅より東南へ約1キロ弱。現地図でいう岡富界隈を歩いてみたが、当時の名残を見つけることが出来なかった。
近くに花柳界のあった紺屋町、博労町がある。
某サイトで見つけた紺屋町の絵はがきによると、料亭風の建物の前に女性が並び、人力車もある絵はがきだった。画像は博労町で見つけた小路。

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↓飲食店が並ぶ小路。貸店舗も目立ちます。

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↓建物に残る豆タイル。以前の建物が何だったかは分かりませんが、「豆タイル」過敏に反応してしまいます。

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細島界隈
↓細島は日豊本線日向市駅より東へ3キロ。全国遊郭案内によると妓楼は四軒、四十名とある。
高島屋旅館は木造三階建で大正10年(1921年)の建築。現在は「細島みなと資料館」として公開されています。

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↓細島到着は午後3時をまわっていた。来館者は私ひとり。親切に係の人が館内を説明してくれました。

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↓係の人に聞いた話によると、高島屋旅館の辺りは当時旅館街で、向側の坂を上った界隈に置屋があった。中程に八坂神社があります。

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↓豆タイルと同じく玉垣の奉納の文字に反応してしまいます。何となく「藝」の文字が読み取れるような違うような・・・。

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↓ぎおん旅館

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↓細島界隈は殆ど住宅街になっていますが、資料館の在る一画が商店街として残っていたようです。

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2008年1月16日

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群馬県・倉賀野宿

今日はお墓参り。群馬県高崎市倉賀野宿に残る九品寺、飯盛り女の墓に行ってきました。
↓倉賀野宿は江戸日本橋から十二番目の宿場町。高崎線倉賀野駅は高崎駅のひとつ手前の駅にもかかわらず、長閑な田園風景が広がっています。

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↓倉賀野駅より徒歩5分程の所に九品寺があります。

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↓飯盛り女の墓は五基残っています。

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↓倉賀野九品寺。利根川、烏川を経て水運として栄えた倉賀野宿。河岸道には大門跡という名が残っていますが、名残は何もありませんでした。

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↓倉賀野宿冠稲荷は旅籠や飯盛女の信仰を集める。過去に倉賀野神社に合祀され、廃絶されたが、後に社殿を再建されました。

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↓倉賀野宿に残る脇本陣跡(非公開)です。倉賀野宿には本陣ひとつと脇本陣が二つ設けられていました。本陣は中山道倉賀野駅入口のスーパーマーケットの辺りとされています。

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2008年1月10日 

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茨城県・下館

茨城県の遊里跡、下館を探索してきました。
↓よるの女性街・全国案内版によると、花街は町の東南部稲荷町通りを中心に二十軒、五十名の芸者がいると記載されています。「名所名物が何もない米どころだけに泥くさい芸者ばかり、それだけに深情け・・・」

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↓地図サイトを頼りに駅から稲荷町を目指します。駅前大通りから平行する路地に飲食店が連なる一画がありました。

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↓廃業している飲食店、「料理店」の鑑札です。

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↓営業をしていない割烹旅館が在りました。地図サイトによると割烹旅館「住吉本店」と記載されています。

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↓立派な門構えです。

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↓こちらも営業をしていない飲食店。看板が裏に片付けられています。

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↓割烹旅館の小高い丘から路地をの眺めます。

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↓下館にある2館の映画館は廃業し、地図サイトに記載されている銭湯らしき「那須の湯」も別物の建物になっていました。

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2008年1月10日 

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