花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

秋田県・能代

秋田県の遊里跡、能代を探索してきました。
↓いきなりオマケからスタートの「能代」です。
午前8:00青森発「リゾートしらかみ2号」に乗車、五能線車窓を満喫し能代に向かう。
人気のリゾート列車は指定席発売即日完売の人気です。

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↓平成22年12月開業予定の東北新幹線新青森駅です。駅前はまだ何もないですが、駅舎は出来てきました。

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能代界隈
↓能代駅より7分ほどの所にある柳町商店街、その中心に在る八幡神社の参道をはさんで二軒の料亭が営業しています。
ここ柳町はかつての花街、昭和初期には料亭十五軒、芸妓六十八人とある。

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↓料亭「金勇」は明治二十三年の創業。現在の建物は昭和十二年のもので、国登録有形文化財に指定されています。

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↓八幡神社の程近くにある「稲荷小路」

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↓柳町商店街を通り抜け、国道101号線を渡った所が旧遊廓「新柳町遊廓跡」です。
全国遊郭案内によると妓楼数十二軒、娼妓八十人とある。

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↓現在の「新柳町」にはスナックなどの飲食店が点在しています。

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最後のオマケ
↓帰路は秋田より寝台特急「あけぼの」ソロを利用です。駅弁「しらかみ浪漫」はぶなしめじの炊き込みご飯の上にいくら醤油漬、帆立天ぷら、ハタハタ揚げなど五能線の名産品が大集合。
勿論、ビールは1缶のみでは物足らず、500缶3缶、日本酒300ミリリットル1本を購入。密室の独り宴会でした。


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↓早朝の上野駅、定刻到着です。

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2009年11月12日

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青森県・野辺地・大湊・田名部

青森県の遊里跡、野辺地、大湊、田名部を探索してきました。
↓「全国遊郭案内」によると、野辺地遊廓は東北本線野辺地駅より北へ三丁、乗合自動車金沢山口屋前とある。金沢町は駅よりもうチョイ離れているような気もするが、ネットで調べた「大万旅館」を目標に地図を片手に15分程歩く。全国遊郭案内に記載されている妓楼名の中に「大万楼」の名があるので、転業旅館だったかもれない。
当時妓楼数十三軒、娼妓三十人記載あり。

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↓現在は休業してしまっている「大万旅館」は明治時代の建造物。最寄り駅は北野辺地駅だが(昭和33年開業)、
大湊へ行くための列車「快速ジョイフルトレイン下北号」を利用するため、数枚の画像を撮り再び野辺地駅へ。
小雨降る初冬の北東北は寒かった。

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大湊界隈
↓「全国遊郭案内」によると、妓楼数十軒、娼妓約三十人とある。規模的には野辺地と同じくらいと思われる。天気は傘を差すほどではないが、鈍より曇り空。駅より徒歩10分程の所に現在は廃業された石造りの料理屋か妓楼のような建物が在る。

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↓建物の脇が「一番坂」と呼ばれる坂で、坂を登り切った所に常楽寺がある。

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↓坂の回りは殆ど建て替えられているが、一軒の立派な木造家屋がありました。

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↓逆方向から撮影。大湊湾を望みます。

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↓大湊駅前の小路に呑み屋街がありました。

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↓駅前旅館もレトロな雰囲気。

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田名部界隈
↓「全国遊廓案内」によると田名部遊廓は貸座敷三軒、娼妓十五名とある。現在の田名部では遊廓の名残は見つけることは出来なかったが、田名部神社を囲むように呑み屋が軒を連ねているのには驚いた。そのひとつひとつに小路の名もある。

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↓現在の最寄り駅は下北駅だが、平成13年下北交通大畑線廃止までは鉄道路線が在った。下北駅より三キロ弱。

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↓今回の下北半島跡探索の旅、大湊線は時刻表も薄く、効率的に回るには苦労をする。
時期的に初冬、日の傾くのも早く、曇り空ゆえ3時半位には辺りは暗くなる。

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↓大湊が先か田名部が先か、迷ったあげく駅より近い大湊を先に選ぶ。運良く大湊から田名部行きの路線バス(1日4本・14:02発)があり。田名部に向かうことが出来た。

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2009年11月11日

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