花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

北海道・網走・根室

北海道の遊里跡、網走、根室を探索してきました。
網走界隈
↓網走に関する情報は余りなく、列車乗り継ぎ時間待ちに街をぶらり。
商店街を歩いていくと自然と呑み屋街にたどり着いた。

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↓呑み屋が軒を連ねる目抜き通り。

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↓幹線道路に面している飲み屋街ですが・・・。

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↓裏側は路地になっています。

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↓裏側からの入口がありそう。一応三階建てなのかな?書房の建物。

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根室界隈
↓「全国遊廓案内」によると明治初年には二十三軒の貸座敷とあり、同十一年頃には弥生町三丁目に十一軒とある。後の大火で弥生町六丁目に移転とあるが、現在弥生町は一丁目と二丁目のみ、梅ヶ枝町辺りに呑み屋街が在った。

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↓歓楽街の中で唯一残る旅館

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↓小路があるとつい入ってしまう癖、袋小路でした。

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↓港に続く通り、空き地が目立つが、以前は右側のような建物が軒を連ねていたのであろうか?

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↓以前は○○街とか、○○小路とかの袖看板があった様子、中央に名残があります。

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↓梅ヶ枝町の呑み屋街とはまた別の呑み屋街があった。

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↓足跡付けにバス停1枚。

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↓オマケ・北斗星
今回の北海道は台風の影響で往路の「北斗星」は運休。復路は青森から「あけぼの」をとっていたのですが、前日に北斗星ソロのキャンセルが出ました。みどりの窓口には足繁く通うものです。寝台特急は「跡」と同じくいつかはなくなってしまう乗り物、ある内に乗車しておかなければならない乗り物です(上野駅到着後の北斗星)。

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2011年9月10日

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北海道・帯広・釧路

北海道の遊里跡、帯広、釧路を探索してきました。
今回の北海道は陸路利用、2011年台風12号、13号の影響で往路の北斗星は運休。当日夜青森まで行ったものの、翌日は函館~札幌間の北斗が午後14時まで運休。出鼻をくじかれましたが、翌日からはお天気も良く探索実行。この二ヶ所の他、網走、根室も探索することが出来ました。
↓「全国遊廓案内」によると貸座敷は八軒、娼妓約四十人とあるが、「木賊原遊廓」とは別に駅に程近くの青線が流行っていたという。「赤線跡を歩く・完結編」での帯広の飲み屋街は現在でも残っていた。

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↓帯広の一大歓楽街は駅から程近く、西一条、西二条辺りにススキ野を小さくしたような呑み屋が集まるビルが建ち並ぶ。其所からさらに1キロ、帯広川の手前に長屋式の呑み屋小路があった。

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↓呑み屋小路は平行して二路地あるが、ひとつの小路は休業中の店舗が多い。

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↓西二条通りとは反対側の入口、遊楽街の看板がある。

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↓裏側から見た様子。駐車場になっていました。

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↓夕刻の帯広川を西二条通りから撮影。

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↓帯廣明神大社参道。木賊原遊廓は更に西側、木賊原通りにあったようだが、今回は探索出来ず。雰囲気からすると、名残は何も残っていないような気がした。

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釧路界隈
↓「全国遊廓案内」によると、釧路に遊廓が置かれていた米町は駅より約3キロほどの距離、貸座敷十八軒、娼妓約百五十七人とある。現在では整備され名残もなさそうなので、駅に近い現歓楽街の栄町を探索することにした。

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↓細い小路に呑み屋が軒を連ねる。貸店舗貼り紙も多い。

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↓一画が全て取り壊され、更地になっているので小路が小路でなくなっています。

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2011年9月8日

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