花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

大阪府・河内長野

大阪府の遊里跡、河内長野を探索してきました。
2012年1月24日、前日の「日本海号」は遅延もなく無事に大阪に到着し、そのまま河内長野へ直行探索実行です。
↓いきなりオマケからの始まりです。
青森発大阪行きの「寝台特急日本海」は定刻通り大阪に到着。
寝台のお隣さんは秋田~金沢のみの乗車で、開放寝台丸ごと貸切の状態でした。なんと贅沢な・・・。

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河内長野界隈の町並み
↓「全国遊廓案内」での記載はありませんが、ネット情報にて以前から気になっていた河内長野を探索してみることにしました。大阪駅~柏原~近鉄道明寺~河内長野という道のりです。

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↓明治時代に極楽寺温泉として高野山に向かう参詣客の宿場町として栄えましたが、
大正時代に極楽寺温泉は廃止の後、昭和8年長野新地が開設されたとあります。

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↓黄金橋袂の黄金橋由来の記、劣化していてよく読めません。

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↓橋を渡り右方面へ行くとタイムスリップした風景になります。

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↓細い階段を上って行くと山の斜面に何層何階でしょうか?廃屋になった三陽荘がありました。

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↓捩れる急な階段を恐る恐る上って行くと。

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↓案内看板が置いてあったり

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↓すれ違う人もなく

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↓最上層玄関付近に到着しました。北風強く激寒です。

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↓元々河内長野は長野遊園地等、一般観光の行楽地であり、その中の一部が風俗系だったと街だと感じました。現在でも大阪の奥座敷として温泉宿が数軒営業しているようですね。

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2012年1月24日

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青森県・黒石

青森県の遊里跡、黒石を探索してきました。
「全国遊廓案内」によると、黒石の遊廓は妓楼三軒、娼妓十五人位とある。
今回の青森遊廓跡探索の第一目的は黒石の元妓楼の中村旅館に宿泊すること。明治築の元妓楼を満喫してきました。

温湯温泉界隈
↓E5系はやぶさ車両はやてで東京を出発です。今回宿泊する「中村旅館」は温泉ではないので、黒石にある黒石温泉郷温湯(ぬゆる)温泉で立ち寄り湯につかりました。お得な情報は東北新幹線利用者は1日3便の新青森~黒石~温泉街の無料シャトル黒石こけし号が利用できます(12年1月現在)。

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↓客舎と呼ばれる自炊湯治を主体とした温泉宿が多く点在し、
歓楽色はないが温泉街風情を愉しめる温湯温泉街。

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↓観光ポスターでも紹介されている飯塚旅館です。

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黒石界隈
↓黒石の町並みは国選定「重要伝統的建造物保存地区」に選定されている「こみせ通り」には町歩き愉しい建物が多く点在する。木製のアーケードは新潟方面では雁木と呼ばれているが、ここでは「こみせ」のようです。

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↓温湯に浸かって夕刻黒石こみせ通りに到着。
中村旅館は中心部よりちょっと入った鳴海酒造裏手にあたる。中村旅館裏側からの風景。

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↓黒板塀に見越しの松、コの字型の建物はかなりの大店です。

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↓雪が邪魔して中々上手くポイントが掴めない。下手に移動したら側溝に片足落ちました。
教訓、慣れない雪国では人の歩いた跡以外は立ち入らない事。

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↓女将さん曰く明治二十八年築~、百二十年近く経っているのですね。
中村旅館玄関を上がると二階に続く大きな階段があります。

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↓手すりの低さは妓楼時代は顔見世に使ったという。

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↓階段を上がると大きな梁と出し桁?があり、廊下は中央部に部屋を挟み二本あります。

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↓右側が玄関側です。二つの廊下、階段二つはお客さん同士が顔を合わせないようの配慮です。

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↓二階の右側は大広間になっているようです。

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↓今回通された部屋は六号室、とても小奇麗なお部屋です。
壁紙が新しくなっていますが、剥がしてオリジナルを見てみたい気もしますね。

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↓壁は新しいのですが、柱に和服姿の絵模様が残っていました。触れてみると剥がれそうで剥がれない。

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↓此方の方はもう少し彩色が残っています。艶っぽく不思議な柱に描かれた和服姿。

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↓室内、廊下とそれぞれ意匠を凝らした釘隠し、ワタシの部屋は残1でした。
「新むつ旅館」の女将さんも言っていましたが、お客さんが持って帰ってしまうそうです。

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↓間取りはこんな感じになっています。

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↓翌朝の風景、昔は綺麗なお庭もあったそうですが、
今は何もありませんと女将。季節柄雪で埋まっていました。

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↓もうひとつの階段

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↓表側の廊下の手摺です。
廊下は張替え、窓はサッシになっていますが、
元々はどの様な風景だったのか想像してしまいますね。

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↓中村旅館は1泊朝食付きで4500円。宿泊した日は貸切でした。なんと贅沢な・・・。

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↓黒石こみせ通りには造り酒屋二軒の他、趣のある建物が多く点在しています。
此方は廃業した銭湯旧松の湯。

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↓黒石の町を歩いて気がつくのは、呑み屋が数多く点在していること。

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↓甲徳兵衛町(黒石一の歓楽街)として「黒石おもしろ散策マップ」にも記載されています。

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↓新しくされた長屋系呑み屋街よりも・・・。

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↓ちょっぴり時代から取り残された路地裏雰囲気好みです。

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↓東京在住の者にとって殆ど利用することのない「日本海号」ではあるが、12年3月のダイヤ改正により廃止決定の日本海に乗車しました。2012年1/23乗車、この時期大雪運休続きの日本海に乗車出来た事は、本当に幸運でした。
乗車し翌日大阪河内長野を探索します。

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2012年1月23日

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