花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

東京都・新小岩

東京の遊里跡「新小岩」を久しぶりに探索してきました。
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↓JR新小岩駅よりアーケード街
「ルミエール」を抜けた辺りに料亭風の建物が数軒残っています。



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↓2003年撮影当時は駅からのアーケードを抜けた辺りにお寿司屋さんと総菜屋が並んでおり、
その裏側に料亭風の建物「三喜」がありました。

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↓2007年再訪、たまたま訪れたその日は「三喜」解体中でした。よくあるんです。解体中。

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↓玄関両脇の築山が残ります。解体中の三喜の路地はまだ舗装されていません。

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↓覆ってあるテントの隙間から玄関丸窓をデジカメしました。

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↓同じく玄関「山喜」の屋号跡です。

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↓唯一残る路地裏のスナック

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↓新小岩界隈駐車場も多くなりました。解体現場を望みます。

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↓2012年2月5日、5年ぶりに新小岩界隈を探索。三喜跡地は路地舗装はされていましたが、更地のままの状態です。

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↓お惣菜屋とスナックの建物は駐車場に、お隣の御鮨屋さんは別のテナントになり、御鮨の文字は取り除かれ、白く塗られています(07年)。

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↓03年の寿司屋は立ち食いそば屋になり。

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↓お隣の建物は07年時と変わらず駐車場でした。

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↓新小岩駅前から伸びるアーケード街ルミエールと平行して「仲通り」があります。

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↓仲通りの路地にはスナックや旅館が軒を連ねています。

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↓仲通りにある旅館

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2003年1月16日・2007年7月19日・2012年2月12日

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東京都・吉原

東京の遊里跡、吉原を探索してきました。
此所は言わずと知れた花のお江戸の歓楽街。余計な説明はなしとして、2003年の探索から現在までをまとめてみました。中々現役場所は人目が気になり思うように探索できませんが、一瞬の隙を狙ったデジカメです。画像斜め、ピントボケはご了承ください。
日本堤から曲がりくねった五十間通りを歩くと「大門」に着く。
↓見返り柳がお出迎え。

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↑↓この柳は昭和になってから植え替えられた物のようです。
初めて訪れた時はまだ冬だったので枯木立、再訪時はスタンドがセルフに変わっていました。

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↓見返り柳の碑

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↓この風景は現在も変わりません(03年)。

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↓1階のホール部分を車庫にしている建物が多かったような気がします(03年)。

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↓伏見通り、江戸二通りの地図(赤線時代)。モリヤ荘、プリンセス、マスミの位置関係が分かります。

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↓伏見通り、江戸二通りの地図(現在)。此方の「吉原古今津図」は2500円で売っています。
江戸、明治、戦前、戦後、現在の地図です。ちょっと高かったのですが、思い切って購入しました。

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↓吉原探索で一番探索しやすいのは伏見通り。其れなりに名残があって、現役ソープもありません。
転業アパートの金井荘(現存せず)。

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↓転業したアパートが三軒並ぶ伏見通り、手前の一軒金井荘は現存せず。

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↓金井荘は取り壊され空地になりました(07年)。

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↓伏見通りの建物「マスミ」の屋号が残ります。

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↓2010年探索で見つけた廃業した旅館。

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↓2012年探索です。中々現役街路地に入れず今まで気がつきませんでした。

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↓「赤線跡を歩く・赤本」にも登場する凸凹に沿って色が塗り分けられた建物。今回初めて場所確認です。

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↓三方をソープに囲まれた休業中の「坂井旅館」は堂々たる和風建築。見事なのだけどデジルのは中々難しい。

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↓牛太郎が気になるが、玄関窓越しに覗いたり暫く眺める。

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↓03年時に見つけ、それ以来見つけることが出来なかった建物です。03当時は前が空き地だった。

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↓現在は新築のお宅に埋もれ見えなくなっていました。

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↓駐車場から眺める建物は、木造のうなぎの寝床のように奥行きがあります。

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↓余り目立ちませんが「白菊」の建物。古今図にも載っていました。

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↓中央部分に豆タイル装飾があります。

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↓2010年にお歯黒どぶ痕跡を求めて探索。道路がどぶだとすると石段で高低差がありますね。

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↓綺麗に舗装されてしまうと名残もなくなってしまいます(2012年)。

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↓吉原弁財天

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↓新吉原カフェー喫茶組合の文字

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↓新吉原芸妓組合、料亭組合の文字が読めます。

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2003年3月17日・2006年1月26日・2007年7月19日・2009年3月12日・2010年6月15日・2012年2月4日

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奈良県・大和郡山

奈良の遊廓跡、大和郡山を散策してきました。
↓近鉄郡山駅よりJR郡山駅へ抜ける商店街を歩いていくと、洞泉寺町に出ます。寺の門前に数軒からなる遊廓は江戸時代初期からあったとされ、木造三階建てを含む妓楼が現在も住宅として使われています。

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↓大和郡山は全国的にも有名な金魚の産地とされています。屋根瓦は金魚のオブジェでしょうか?

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↑↓2003年には駐車場だったこの場所も、新築のお宅が建ち、
この角度からの撮影は出来なくなりました(2012年)。

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↓大和郡山の旧川本邸は平成11年に解体されることになりましたが、
大和郡山市が保存活用のために取得し、現在は複数人数での見学、期間的に催されるイベント等に活用されているようです。今回はこの妓楼で催される「雛祭りイベント」があることを知り9年ぶりに再訪しました。

↓2003年の旧川本邸はかなり傷んでいましたね。改めて03年の画像と見比べてしまいました。

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↓2012年再訪

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↓大和雛祭りイベントは二階までの内部見学が出来ました。

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↓お手洗いの扉

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↓浴室の天井、此方は川本家の家紋だそうです。

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↓二階へ上がる階段

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↓ハートマークの明かり取り窓は有名ですが、大正当時はハートではなく
「桃尻」をイラスト化したもののようです。

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↓二階から三階へ上がる階段。お雛様が飾られていました。脇廊下に三畳から四畳半の小部屋が並びます。

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↓娼妓の部屋

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↓窓枠

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↓近鉄大和郡山駅の駅周辺、金魚の養殖池が点在するあたりが東岡町とされ、迷路のような路地裏に木造三階建ての建物が現れる。此方の建物は旅館として営業していたのだろうか?
豆タイルではないが、モルタル造りの飾り窓が目立ちます(03年)。

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↓平屋の酒屋、二階建ての住宅と比べてみると木造三階建ての大きさが分かります。建物は↑の建物。

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↓12年再訪。上のモルタル造りの建物はなくなり、商店も空き地になっていました。

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↓東岡町界隈

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2003年6月5日・2012年3月4日

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奈良県・木辻

奈良県の遊里跡、木辻を探索してきました。
木辻は04年と12年にと訪れているが、最初に訪れた04年の名残は旅館「静観荘」の他何も残っていない。
目印となるのが大門のように建つスーパー「ビックナラ」の看板だけのようだ。
「夜の女性街・全国案内板」によると二十六軒、九十九名とある。

↓木辻界隈(04年)

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↓12年再訪。ビックナラのアーチ以外は殆ど名残はありません。

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↓アーチをくぐった交差点、空き地のままです。目印は銀行か何かの赤い看板。

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↓旅館「静観荘」は唯一残る当時の名残です。

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2004年11月25日・2012年3月4日




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滋賀県・草津

滋賀県の遊廓跡「草津宿」を探索してきました。
「全国遊廓案内」によると妓楼は十軒程、娼妓は約三十人とある。
↓草津東新地と呼ばれた場所は旧東海道からちょっと奥まった所にあり、
現在では余り名残はないものの、区画をみるとその当時の雰囲気が分かります。

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↓出世地蔵と水子地蔵尊

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↓とっても小さな祠ですが、奉納された中の扁額を見ると此所に遊里在りとの記載があります。

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↓草津界隈の町並み。

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2012年3月3日

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