花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

長崎県・思案橋小路

長崎県の遊里跡、丸山思案橋、銅座を探索してきました。
丸山町を初めて探索したのは2003年の1月、それ以降長崎には数回訪れているが、
思案橋、銅座界隈の呑み屋街を探索したことはなかった。
午後になると人の流れも多くなり、酒屋などの搬入も入る。
宿泊地を長崎にしないと早朝探索が難しいです。
「よるの女性街・全国案内版」長崎<青線>らんでは、丸山の入口周辺に密集したはもにか長屋ののみ屋街、一軒に約二名の女がいて百軒近い盛況。とある。
現在でも思案橋から銅座にかけて呑み屋街が軒を連ねています。
↓思切り橋、見返り柳

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↓呑み屋街の案内版、実際に探索すると迷路のようです。

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↓柳小路を探索すると、早朝にもかかわらずまだカラオケの音が聞こえてきました。
早朝探索は昨夜からの居残り組と通勤通学の方々の往来との僅かな時間帯なのです。

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2012年4月24日


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佐賀県・嬉野温泉

佐賀県の遊里跡、嬉野温泉を探索してきました。
「よるの女性街・全国案内版」によると、芸妓四十二名。赤線八軒三十一名とある。
江戸時代には長崎街道の宿場町と栄え、多くの往来があったという。
実際温泉街を探索していると温泉街の中に見番もあり、下宿の方は歓楽街が形成されている。
↓嬉野川を挟み五十軒近くの旅館が軒を連ねる。正面の洋館は公衆浴場「シーベルトの湯」

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↓見番

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↓見番のある通り

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↓温泉街の中心部、鄙びた旅館が向かい合ってあります。
此所はシーベルトの湯の入口でもあり、無料の足湯もあります。

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↓屋号を囲むネオン管が素敵です。

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↓温泉街の外れ、下宿界隈は歓楽色が強くなってきます。
案内版の赤線八軒というのは、この界隈の事を指すのでしょう。
現在はソープ街になっているようです。

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↓玄関周りの扉が中々渋いです。

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↓商業地図
温泉街は温泉一区、二区、下宿と分かれているようです。

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2012年4月24日

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長崎県・出雲

長崎県の遊里跡、出雲を探索してきました。
長崎には丸山町と並ぶ遊廓が出雲町に在った。長崎電車石橋電停徒歩10分の坂道、「全国遊廓案内」によると、貸座敷九軒、娼妓八十五人と記載されている。明治26年の設立で、遊廓としては比較的新しい。市内の分散していた私娼の風紀を取り締まる目的だったという。

↓この暗渠化されている道路も以前は川であり、
川両側に妓楼が建てられていたという。
現在は妓楼もマンションになり、当時の面影はない(03年)。
此所からの風景は「赤線跡を歩く・青本」出雲でも紹介されていますね。
中央に小松楼が廃屋で写っていました。

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↓唯一当時の面影を残す建物。
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↓倒壊寸前の建物(A)

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↓数年前まで倒壊寸前の大店「小松楼」が残っている写真もあったが、
現在は取り壊され外壁と中庭にあったと思われる竹林が残る。

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↓小松楼通用門跡

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↓当時小松楼は部屋数四十五、
三十畳敷きの大広間もあったという三層楼の大店だった。

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出雲再訪
2012年4月長崎県の遊里跡、出雲を探索してきました。
夕刻ちょっと時間があったので、出雲界隈を探索。道路の拡張のせいもあってか、名残無く9年前に訪れた場所との比較も中々難しい。多分そうであっただろうと思う風景を数枚撮ってきました。

↓廃屋のあった辺りは道路拡張ですっきりと、向かい側の「大島たばこ店」は現在の地図サイトには記載されているものの現存せず。新しいお宅に建て替えられていました。右手前の路地を入っていくと小松楼の塀があったような気がします。

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↓(A)の廃屋のあった辺りと思われます。

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↓地図サイトと比べてみても、この通りが遊里跡だったことは確かなようでした。
此方の2棟のマンションが最初の訪れ、青本にも写っています。

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↓何となく名残を思わせる煉瓦塀。

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↓駐車場になっていますが、ここにも何となく名残のようなものが・・・。
断定はできませんのであくまでも想像です。

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2003年1月23日・2012年4月23日

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長崎県・雲仙小浜

長崎県の遊里跡、雲仙小浜温泉を探索してきました。
「よるの女性街・全国案内版」によると、小浜温泉、転び芸者六十名が手ぐすね引いて待っている。料亭が十一軒。ほかに食堂と称する小料理屋が二十四軒、そこに酌婦六十名と記載されている。まあ、よくありがちな温泉街の親切らんですが、現在は殆ど歓楽色はありませんでした。
↓国道沿いには温泉旅館、ホテルが軒を連ねます。中でも目を引くのが春陽館さん。
木造三階建て唐破風の門構えは立派な佇まいです。

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↓しかしながら探索の愉しみはやはり路地裏です。
国道と平行する山側の路地には食堂、スナックなどが並びます。
此方のコの字型の旅館は営業をしていない様子でした。

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↓路地から山側に行く道にはスナックが並びます。

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↓此方の路地を上って行くと、趣の在るお宅が二棟並んで建っていました。

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↓中々良い雰囲気を醸し出しています。

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↓以前は旅館だったのかな?

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↓オマケ・波の湯「茜」
遊里跡探索は程々に小浜温泉にざぶん。満潮時は海面との差20㎝だそうです。
運良く貸切、因みに「荒天等の場合は入浴できません」は頷けます。

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2012年4月23日

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熊本県・天草本渡

熊本県の遊里跡、天草・本渡を探索してきました。
「よるの女性街・全国案内版」によると、天草最大の都会本渡市の純然たる赤線は大門口の「松鵜」「ヨコレ」など九軒だが、市内に散在する飲み屋の女の大半はねる。と記載されています。
現在、勿論その屋号の店はないが、その界隈には旅館、スナックなどの呑み屋が点在していました。帰宅後、ゆっくりと地図を眺めながら色々と反省。毎度の事ながら現地に行くと「探す」という焦りが出てしまい、画像をもっと多く撮っておけば良かったとか、撮った画像がぼけているとか悔やむ事が多いのです。
天草本渡界隈の町並み
↓かつての遊里、大門口あたり。

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↓並びに旅館が在ります。

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↓1階部分はスナックになっていますが、立派な佇まいです。

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↓地図で見ると90m四方に旅館、スナック、元映画館がかたまって在ることがわかります。
此方は路地を入った旅館光泉閣さん。

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↓呑み屋が並ぶ一画。どちらも貸し物件でした。

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↓以前は映画館だった天劇、現在はリサイクルショップになっていました。

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↓その向かい側には営業をしていない元スナックらしき建物と銭湯があります。
地図サイトで見ると屋号は「宝来」と「なごみ」だったようです。

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↓余り銭湯っぽくないのですが。

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↓入口は銭湯でした。

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↓区画からはちょっと離れていますが、大潮旅館さん。
探索の目標としていた旅館だったのですが、思ったほど画像を撮っていなかったことに反省。
ぼけていたり、斜めだったり毎度の事ながら反省。それとも頭が呆けてきたのかと反省です。

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↓レトロな写真館「池崎写真館」電柱に「大門口支」の文字が読めます。

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↓商業地図

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2012年4月22日

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福岡県・二日市

福岡県の遊里跡、二日市を探索してきました。
「よるの女性街・全国案内版」によると、博多駅から二七分の二日市で降りた武蔵温泉。延寿館など旅館十二軒に入る芸者が二十名とある。当時は見番もあったのだろう。現在は歓楽色もなく、数軒の老舗旅館がある。
二日市界隈の町並み
↓延寿館の「別館」として建てられたのが、現在の玉泉館だそうです。

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↓旅館通用門から覗くステンドグラス、浴室の装飾でしょうか?

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↓玉泉館さんの脇道、正面に丸清旅館さんが望めます。

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↓昭和の面影残す素敵な佇まいです。

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↓現在の二日市温泉街メインストリート

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↓メインストリートに在る大丸別荘さん。立派な老舗旅館です。

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↓JR二日市界隈を探索です。遊里がこの辺りにも在ったようですが、
二日市八幡宮の参道に木造三階建ての建物が在りました。現在1階部分は飲食店になっています。

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↓界隈は呑み屋街にもなっているようです。

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↓二日市八幡宮
八幡宮を背に歩いて行くと商店街を挟み木造三階建ての建物に辿り着きます。

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2012年4月22日

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滋賀県・水口

滋賀県の遊廓跡、水口を探索してきました。
「全国遊廓案内」でも水口によると詳しい事は記載されていないが、「よるの女性街・全国案内版」貴生川には国宝的な草葺きの女郎屋が六軒ともある。貴生川と水口は多少離れているので、此の水口とはちょっと違うような気がします。
今回訪れることになったきっかけは、あるブログサイトに「志乃々め旅館」の外観画像が在り、
更に検索すると現在も営業して、電話をかけたところ一名宿泊が出来る。との事だった。
↓玄関先など手直しはされているものの、建物自体は百年近く経っているという。
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↓横から見た風景
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↓玄関を開けると一番最初に目に付くのは立派な階段だった。あまりにも綺麗に手入れされているので、新しく造り直した物だと思っていたが、当時そのままに使用しているそうだ。

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↓上から見た風景

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↓お二階に上がると反対側に小さなもう一つの階段が在ります。

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↓今回ワタシが案内された部屋は新築された部屋であったが(画像正面の部屋)、貸切でしたので他のお部屋も見ることが出来ました。見ることが出来たと言うより、二階部分は全て貸切という贅沢さです。

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↓反対側からの眺め。此方「志乃々め旅館」さんの間取りは余り細々している部屋がないですね。
女将さん曰く昔は見番もあり、当時の芸妓さんも九十近くで、施設に入っているそうですがまだ健在だそうです。

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↓玄関上の手摺り、当時は此所から娼妓サンが手招きをしていたのでしょうかね。

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↓お二階から見たお庭の風景

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水口遊廓の区画は地図サイトで見てもさほど大きくないようでした。
↓当時見番だったという建物

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↓お稲荷さん

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夕刻、宿にも風呂はあるが近くで見つけた銭湯に行ってみることにした。
↓宿から徒歩5分程の清水湯。女将さん曰く此方の銭湯も80年位経っているとか。

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↓銭湯に行って来ると女将さんに伝えたところ、風呂敷包みに桶、石けん、タオルと銭湯セットを用意して頂きました。至れり尽くせりです。昔は芸妓、娼妓さんもお湯浴びに通った道なのでしょうかね。

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↓内部は至ってシンプル。常連の方しか来ないのでしょう。皆さん代金は釣り銭の無いように番台に置いていくようです。番台の昔のお嬢さんもうたた寝モードで金額聞いても150円しか言わないの。シャンプーリンスは150円と書いてあるのだが・・・。

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↓銭湯入浴料金表で確かめ400円(滋賀県)を払う。
男湯は貸切でした。脱衣場はご覧の通りかなり年季がはいっていますが、
浴槽内は小綺麗にリニューアルされていたのがちょっと残念でした。

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2012年3月3日


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神奈川県・綱島温泉

神奈川県の遊里跡、綱島温泉を探索してきました。
かつては東京近郊の温泉地として賑わいをみせていたようだが、時代の流れと共に衰退していった温泉街。1962年には綱島温泉芸妓組合置屋数十九軒在ったという。
詳しくはウィキペディアを参照して下さい。
↓現在でも日帰り温泉施設として営業をしている綱島温泉の東京園。

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↓現在は駐車場の塀となっていますが、旅館だった頃の名残があります。

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↓綱島街道を平行する路地裏、ひっそりとお稲荷さんがありました。

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↑↓綱島街道沿いの旅館入口と路地裏の玄関。

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↓路地裏にはビジネス旅館がまだ数軒残っています。

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↓駅前駐車場の一画に当時の旅館だったと思われる玄関が残されていました。

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↓豆タイル装飾のタイル画が良い雰囲気です。

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↓敷地周りを一周するとかなり大きな旅館だったようです。此方は裏口と思われる扉。

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2011年4月29日

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