花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

東京都・池袋

東京の遊里跡、池袋を探索してきました。
赤線跡を歩く・青本、東京の小さな花街を歩く「池袋」では、池袋の花街は西口から徒歩十五分。トキワ通りの一本先の通り(三業通り)を入ってしばらく行くと、左手にぽつりぽつりと料亭が現れる。とある。
池袋は数年前に一度探索しましたが、アップする前に旧PC壊れ、画像はお蔵入りのまま消え去ってしまったらしい。数年ぶりの池袋三業通り、思いなしか料亭だったと思われる建物がマンションなどに変わってしまったような気がします。

↓三業通り入口辺り

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↓現三業通りには料亭らしき建物は殆ど残っていません。

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↓スナックにあった鑑札

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↓古そうな建物ですが、遊里跡名残ではないようです。
現地図には洋裁教室、昭和30年代だとクリーニング屋さんでした。

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↓三業通りから御嶽神社に向かう通り。
実際通り左側には料亭、芸妓置屋が軒を連ねていたようです。

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↓喜久屋さんは寿司屋だったと記載あり。
数年前はサッシではなかったような気がします。

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↓喜久屋さんの向かい側に池袋三業組合(会館)がありました。
現在は飲食店。

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↓細い路地に料亭がありますが、昼間だった為、現役かどうか分かりません。

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↓料亭の亭がひらがなの「料てい」

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↓マンション化された料亭。旧料亭、置屋は殆どマンションになってしまったようですね。
マンション名が梅が枝とか料亭の屋号を引き継いでいるのが唯一の名残。

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↓路地角に小さな祠、三社神社がありますが、昭和30年代の地図には載っていません。
多分、料亭内の祠を祀ったのでしょう。

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↓右手の駐車場はかつて「都川」という料亭だった。
祠もその一部と勝手に想像。

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↓御嶽神社。昭和30年代の地図では神社周りは殆ど置屋か料亭。
玉垣に名残を探しましたがありませんでした。

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↓御嶽神社前は道路拡張で空地のままですね。数年前と殆ど変わっていませんね。

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↓今回参考にしたのが昭和30年代の地図です。
御嶽神社、三業会館を中央に南北に分かれています。地図にて遊里跡探索をお愉しみ下さい。
著作権で怒られるかな?駄目だったら削除しますね。

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2012年5月20日

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神奈川県・横浜港崎遊廓跡の跡

神奈川県の遊里跡、港崎遊廓跡の跡を探索してきました。
港崎遊廓に関しましてはウィキペディアを参考にして下さい。
↓横浜公園横浜スタジアム脇にある日本庭園に「岩亀楼の灯籠」が現存しています。
三春台にある妙音寺から横浜市に寄贈されたとあるが、いつ妙音寺に移されたかは判明していない。
「ふるあめりかに袖はぬらさじ」の舞台にもなった岩亀楼、2012年は久々に玉三郎出演で舞台があるようです。私は杉村春子出演で観ていますが、久々に玉さんで観てみたいですね。

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↓大火等で類焼、以後二転三転して明治十六年に永楽町に移転あるが、
一年後には廃業とも記載されています。
一二を争う大店だったわりには終焉も早かったようですね。

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↓遊女達が病に倒れた際に静養する寮があったとされる岩亀稲荷界隈。
現在でも岩亀横丁と呼ばれています。

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↓一瞬通り過ぎそうな岩亀稲荷入口。

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2011年5月22日・2012年5月11日 

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神奈川県・戸塚

神奈川県の遊里跡、戸塚を探索してきました(06年探索・12年再訪)。
2006年7月、国道1号線の拡張工事と駅前再開発の為、店舗移転と閉店のお知らせが多く見受けられました。
戸塚宿の遊里は清源院入口の路地を入り、東海道からは廓が見えないようになっていたようです。明治十五年、貸座敷二十軒、芸妓二十一名、娼妓三十四名と記載されています。
↓清源院入口の交差点。
永禄3年の頃から旅籠屋などを営んでいた丁子屋、現在は蕎麦屋として営業中(06年)でした。
以前はお隣のローソンも丁子屋の敷地だったようです。

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↓ローソンのお二階にあった西洋料理屋さんも閉店のようでした。

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↓清源院入口の路地を入って行くと大門が在ったそうです。
丁字屋の建物は間口は程々に奥行きがあることが分かります。

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↓大門が在ったとされる緩やかなカーブよりローソンを望みます。
自転車のある辺りが旧丁字屋敷地部分です。

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↓小さな祠が在りました。後で知った事なのですが、その隣には句碑が在ったそうです。
見落としました。反省。「井にうかふ番いの果や秋の蝶」心中句碑だそうです。

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↓元々は何だったんだろうと思ってしまう町内会館です。

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↓清源院参道

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↓清源院の無縁仏群

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↓遊里跡とは違いますが、駅前商店街に在った趣のある建物。
酒屋さんのようでした。

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2006年7月6日・2012年5月11日再訪

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長崎県・丸山

長崎の遊廓跡、丸山を探索してきました(03年・12年再訪)。
↓料亭「花月」は丸山随一の妓楼引田屋の庭園にあった亭の名、
県指定史跡に指定されています。

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↓長崎東検番、検番手前路地より「長崎ぶらぶら散策コース」になっています。

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↓左上の建物が料亭青柳

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↓かっての妓楼が残る路地。

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↓長崎ぶらぶら散策コース、検番路地より梅園天神へ向かう坂道。

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↓梅園天満宮鳥居前

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↓軒燈

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↓中の茶屋。丸山の遊女置屋筑後屋が茶屋を設けていた。
江戸時代中頃に築かれた庭園として長崎市指定の史跡になっています。

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↓梅園身代わり天満宮。長崎丸山町の氏神様として親しまれている。
元禄13年(1700年)に創建され、花街に隣接していたことから、遊女や芸者が参拝した。
03年1月下旬幸運にも梅が満開でした。

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↓茂木街道

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↓正覚寺駅裏路地のレトロな銭湯、営業しているのかな?

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↓丸山町と隣り合わせの寄合町の本通り、唯一アパートとして現役中の建物。
入口には「貸室あり」の貼り紙がありました。

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↓寄合町で見つけた銭湯。

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2003年1月22日

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愛情生活/抜粋

<書籍画像抜粋>

以前に古書会館で購入した「愛情生活11月号」愛情生活社・昭和二十六年発行です。
特集は東京特飲街巡り。酸性紙の為か冒頭のモノクログラビアが劣化激しかった為、
スキャンして保存しました。
ここではちょっとだけご紹介。著作権等で怒られないかな?
発行後六十年近く経っているので、大丈夫と思われますが、駄目だったら削除しますね。

↓何とも言えぬ艶めかしさのある目次裏表紙。
一時サイトのトップページ画像にもしていたことがあります。

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↓新宿/キャバレースタイルで設備万全

この風景は「近代庶民生活誌・赤線ビデオ」でも映っていた新宿二丁目です。
新宿二丁目靖国通り、手前は現在もある交番で、交番後ろはビルになりソープになっています。
右手奥は御苑、左隣の白い建物は現在の静岡銀行です。

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↓鳩の街/戦後一躍にして有名になり活気あり

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↓玉ノ井/昔日の観はないが近代化され再興熱盛ん

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↓千住/日本趣味で下町情緒たっぷり

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↓亀戸/玉ノ井と共に電灯の歓楽地

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↓新小岩/渋いけれど新小岩の情緒みなぎる・武蔵新田/アパート式が大部分

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↓洲崎/江東地区の統合楽天地として発展期待

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↓亀有/新開地気分

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↓品川/古色そう然、余り活気がない・立川羽衣町/普通の家屋建てがだから家庭的

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↓立石/のんびり遊べるのが強み・三鷹/アパート式建築、女給は至ってモダン

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↓調布/地味な建物で物寂れた風情

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↓八王子/粋で古風な建物、長火鉢などの小道具

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↓吉原/吉原の伝統を誇り建物は和洋種々

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↓雑誌自体が劣化しているので、お見苦しいと思われますが、
当時の風俗雑誌の雰囲気を感じて下さい。
グラビアは落丁の為繋いでスキャン、紙の質の悪いページはドットが出るのでデジカメ撮影です。
特飲街ガイドには「カフェー式」「アパート形式」「普通の家屋建」などの建物紹介、
遊興費、道順が記載されていました。

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