花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

京都府・伏見撞木町

京都府の遊里跡、伏見撞木町を探索してきました。
全国遊廓案内によると撞木町遊廓の沿革は最も古く豊太閤の全盛時代が濫觴で、花街は非常に殷賑を極めたものであったが、後徳川幕府時代となって慶長15年に初めて幕府から公許を得て遊廓が出来たとある。総軒数二十軒、娼妓数約七十人とあるが、現在名残は殆ど残っていない。唯一残るが石柱(大門?)だけというのも古い町並みが多く残る京都にしては不思議だが、文化財指定もなく、案内板もない石柱だけが残っているのも此また不思議ですね。

↓廓入口の大門。かつてはアーチ状に飾り付けされていたのだろうか?

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↓裏側には大正七年八月吉日とあります。

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↓全体的に見て、まわりのお宅の築年数が結構新しいような気がしますね。
碑もありますが、案内板などはありませんでした。

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小雪舞う京の冬、京の冬はやはり寒かった。

2014年2月6日




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三重県・伊賀上野

三重県の遊里跡、伊賀上野を探索してきました。
全国遊廓案内によると、貸座敷は四軒、娼妓は約二十人居り陰店制である。と記載されている。
交通の便としては、関西線四日市、或いは参宮線津市駅で伊勢電気鉄道に乗換へ、伊賀上野駅で下車するとあるが、この伊賀上野駅が何処なのか悩む。関西本線の伊賀上野駅周辺には何もなく、訪れた上野市駅は伊賀電気鉄道に乗り4キロほどの距離です。

↓駅前は整備され綺麗になったそうですが、昭和の名残残「新天地商店街」があります。

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↓かつては映画館もあったのでしょうか?「上野映劇」の文字が残ります。

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↓南北を貫く銀座通りの東西は碁盤の目になっており、昭和探しの町歩きにはとても愉しい。
此方は以前は銭湯だったのかな?と思わせる建物。

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↓銭湯ファンの中では有名な「一乃湯」は大正一五年建築の登録有形文化財です。

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↓夕刻シンボルマークのネオンに明かりが灯ります。
勿論、ざぶんしました。

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↓今回の宿、薫楽荘は伊賀鉄道上野市駅より約15分程の距離。伊賀鉄茅町駅のほうが近いのですが、町探索をしながら辿り着くには丁度良い距離です。
その界隈には現在三軒の旅館屋号を目にします。いとう旅館、旅館大勢楼、薫楽荘です。
大勢楼は建物リニューアル、いとう旅館は営業をやめてしまったとの話ですが、唯一明治後期のたたずまいで、国の登録文化財にも指定されているのが薫楽荘。

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↓素泊まり1名4000円。通されたお部屋は梅の間。1名1室なので小さめの部屋だったのですが、通りに面していて眺めは良かった。部屋にあった2012年の新聞記事(卓袱台左上の新聞記事ね)でも、「かつて花街として栄えた、伊賀上野桑町の二軒」と紹介されていました。

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↓ちょっと失礼して館内探索してみました。中庭に面しているお部屋。

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↓廊下も良い感じです。

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↓素泊まり4000円ということですが、今回は夕食1500円、朝食500円の有り有りにしました。
まあ、夕食は外で、朝食は早朝出発もしたいので、無くても良かったのですが、
訪れた方のサイト見て食事処も見てみたかったのです。

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↓結構このお宿は地元工事関係の長期宿泊者が多いらしいのですが、
食事時間を早めにしたため食事処は貸切でした。藤の床柱が立派です。

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↓先ほどの新聞記事晩酌後ゆっくり目を通してみました。
PCで読めるサイズにしておきました。

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↓宿泊したお部屋からのエトセトラ。
こぢんまりしたお部屋でしたが、何気なく凝ったお部屋でした。

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↓引き戸を越しと開けた時の印象が違います。
新聞記事にもあるように、先代が亡くなった後10年位休館し、再開したのが1994年、その時消防法等々でサッシに替えたそうです(女将談)。

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↓窓の外にはお向かいの大勢楼、いとう旅館(一番右の建物)を望みます。

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↓門からお玄関へと導くアプローチにはタイルが装飾されています。

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↓お玄関にもタイルの装飾。

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↓お玄関にある柱時計。現在は壊れ時を刻んでいないとの事ですが、
天然の鶯張りで微妙に時を刻んでいるとか。

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