花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

山梨県・月江寺

山梨県の遊里跡、月江寺を探索してきました。
最初に訪れたのは2006年の事、今回2014年に再訪してきました。
8年ぶりでしたが、町並みは殆ど変わりなく、昭和の面影を残していました。
しかしながら、画像を見比べると無くなってしまって空き地もしくは駐車場になってしまった箇所もちらほら。
再訪画像は追記(続きから始まります)画像後に14年の記載を入れておきますね。

↓月江寺界隈の町並み

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↓呑み屋街が軒を連ねる月江寺の町並み、路地裏探索が愉しいです。

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↓元は旅館か料亭だったのでしょうか?立派な唐破風の玄関を持つ角田医院です。

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↓2006年探索時の建物。
2014年時は見つける事が出来ませんでした。

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↓旅チャンネル町田忍の昭和レトロ紀行、#8「富士山を愛する」みんなの町 富士吉田市(山梨県)では此方の建物は旧検番だと紹介されていましたね。

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静岡県・三島

静岡県の遊里跡、三島を探索してきました。
農兵節2番にも唄われた「三島女郎衆はノーエ 三島女郎衆はノーエ
三島サイサイ 女郎衆は御化粧が長い」の頃の遊里は駅から20分の茅町(現・清住町)にあるという。
これは「全国遊廓案内」での記載で、「夜の女性街・全国案内版」では既に五軒の妓楼(屋号の一致)もアパートに転業、現在はやっていない。とある。その代わり駅近くの芝町に五、六軒、駅より西へ6分新開地(六反田)に五軒あるほか、市内に約三十軒百五十名とあるので、駅界隈にかなり散娼していたと思われます。
実際探索してみると芝町(芝本町)界隈は歓楽色が強い。
探索は2006年に訪れていましたが、PCの中でお蔵入りしていました。
今回2014年再訪、歓楽街の屋号等は変わってしまっているかと思われますが、
呑み屋街は殆ど変わらずの佇まいでした。

↓芝本町の呑み屋街(06年)

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↓14年同じ路地ですが、ちょっとひいてしまいました。
定点撮影しなかった事に帰宅後反省。

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↑06年
↓14年、此方もちょっとひいていました。

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↓地図サイトを見たり、三島観光案内所で頂いた「みしまっぷ」を参考に06年画像の場所特定してみました。
桜小路、此方の旅館はビルに変わっているようです。

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↓2006年探索時三島界隈の建物、
見落としかも知れませんが今回は見つける事が出来ませんでした。

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2006年3月23日・2014年7月15日







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北海道・小樽

北海道の遊里跡、小樽を探索してきました

「よるの女性街・全国案内版」によると稲穂町から花園町へかけて置屋二十九軒、芸妓九十名とあり、宴会芸の華やかな妓はいないが、情けは極めて細やかである。と記載されている。現在の花園町は小樽の一大歓楽街になっており、呑み屋が軒を連ねる。また、赤線で有名な町外れの手宮であるが、此方は殆ど名残は残っていなかった。



梅が枝町界隈
↓「全国遊郭案内」によると、貸座敷十三軒、娼妓約七十人とある。
現在名残は殆ど残っていない。廓を貫く通りは上り坂になっています。

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↓坂の途中の木造家屋

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↓手宮の銭湯
「百軒ほど密集している手宮の曖昧屋」とは梅ヶ枝町への通り道、銭湯、飲食店が並びます。
こちらの銭湯は外壁処理をしているものの、裏口辺りは木造家屋そのままになっています。

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↓旧遊廓だった梅ヶ枝町よりも旧手宮駅界隈の町並みの方が歩いていて愉しい。
「赤線跡を歩く・緑本」にあった色内町の飲み屋街は見つからず残念!時遅しか見逃したか・・・。

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↓一棟売りに出ていました。

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↓如何ですか?このお値段

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