花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

東京都・伊豆大島

伊豆大島の遊里跡、波浮港を探索してきました。
今回の大島も前もっての遊里跡情報は入手せず、行き当たりばったりの路地裏探索でした。

大島は2度目で前回は熱海よりジェットホイルの日帰り大島。
滞在時間が3時間くらいと短かった為、岡田港到着~元町港散策含む温泉だけで終わってしまい、遊里跡、スナック街等は何もないのだなと言う印象でした。

今回は竹芝桟橋より22時出港のさるびあ丸での大島入り、
翌朝6時に着き、14時半同じ船で東京に戻る行程です。

↓竹芝桟橋さるびあ丸

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↓翌朝6時に大島岡田港到着
深夜便の時間にあわせ大島バスの臨時便があるようです。
元町港まで360円
(島内は全てバス移動なので、1日フリーパス2000円がお得かも知れません。バス車内で購入出来ます。)
因みに元町を起点とすると、
岡田港~元町港 360円 元町港~波浮港 680円で、各ルート往復するだけでフリーパスの方がお安い計算になります。
バスは大体1時間に1本の割合ですね。

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早朝着き、まだ店舗も殆ど開いていないので大島のマップを眺める。
(時期的に寒い時期はきついかも知れません。コンビニもありません。)
早朝時間を潰すとすれば、深夜便到着日に6時半から営業している元町港「御神火温泉」で暖まるのが良いかと(早朝料金500円・ロッカー100円)。

そうすると波浮港に「踊子の里資料館」となる物を見つけた(9:00~16:00・無料)。
かつては賑わっていた港町の旧港屋旅館。何か期待が持てそうな雰囲気ですね。

↓波浮港バス停から伸びる路地はとても良い雰囲気です。

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↓徒歩5分程で「踊子の里資料館」に到着します。
この路地がとても良かったのですが、詳しくは後ほど。

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↓誰もいない館内、ちょっとお邪魔します。
明治築で大正時代の増築とありますが、登録有形文化財の指定にはなっていない模様。
老朽化も拒めません。階段も含め全体的に傾いているんです。
階段は正面の大階段と左側に小階段のふたつ。小階段は立入禁止になっています。

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↓館内入るとテープが流れますが、
港屋旅館あらましを眺めます。

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↑↓大階段を上ってみると、3階へ続く階段と大広間の廊下ですね。

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↓大広間(襖を入れると三部屋)では宴会中。妙にリアルな蝋人形です。

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↓そして、此の踊子さん動くのです。
スイッチを押すと音曲と共にガシガシ動くのです。

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↓長い廊下の突き当たりには一階へ下りる階段。
一階の広間でも宴会中。

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↓旧湊屋旅館、結構愉しめました。
そろそろ宿を後にしましょう。
来た道を戻りますが、港町路地からも港屋旅館を望みます。

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↓路地の1軒、廃屋ですがとても気になる建物がありました。

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↓木造三階建てですね。

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↓遊里跡などでよく見られる窓枠。
よく見るとお玄関はふたつ。左側ひとつは木材で塞がれているようです。

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↓扉が開いていたので、ちょっとだけ失礼します。
かつてはお寿司屋さんだったのでしょう。カウンターの上には寿司ネタケース。
でも、よく見ると寿司屋としてはどこか和洋折衷。
寿司カウンターはバーカウンターの様にも見えます。

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↓お二階へ上がる階段の照明、とても素敵です。
お寿司屋になる前はカフェだったのでしょう。

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↓天井にはかつて此所にシャンデリア?がありました。と言う名残が。

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今回は思いもがけぬ建物に出会えてとても満足でした。
帰宅後サイトにて「伊豆大島 遊廓」で検索してみたら、
過去に行かれた方がいましたね。
2010年だったので5年前位。
その5年の間だ結構劣化も進んでいると思われます。

↓オマケ・帰路の船上からの大島。

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2015年10月29日

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大分県・別府

大分県の遊里跡「別府」探索してきました。

↓別府・浜脇温泉。別府八湯の一つに数えられている浜脇温泉はJR東別府駅近く、
朝見川の袂に数軒の建物が残っていました(03年)

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(03年)

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(03年)

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(03年)

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(03年)

↓2013年10年ぶりに別府を再訪。NHKbsプレミアム「新日本風土記・別府」で浜脇界隈が以前遊里だったことが紹介されていたので、過去に撮った画像と確認しました。10年前は半信半疑ながらのアップでした。
此方のお宅は10年前と殆ど変わらず。新日本風土記でも映っていましたね。

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↓新日本風土記の中で紹介されていた「二幸荘」は旧遊里の建物そのままに、
仮装が出来る宿としても有名だとか。奥の提灯がある旅館です。

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↓裏から見てみました。コの字型で坪庭があるのでしょうかね。

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↓03年年前探索はスピード探索でかなり見落としもありました。
空地等も多いのですが、ちょっとした路地裏も良い雰囲気を醸し出しています。

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↓オマケ
今回別府行きの行程は東京東海道昼特急高速バスにて畿内入り。その夕刻南港から別府行きのさんふらわぁフェリーにて別府でした。ツアー名「弾丸フェリー」で別府泊なし。早朝着いて夕刻帰る。
画像は帰路の明石海峡大橋です。

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↓もう一つオマケは帰路の高速バスターミナル近くの梅田貨物駅。廃止になってしまったんですよね。と言っても関東人間なので余り愛着もなし。バス乗り場から近かったのでついデジカメしてしまいました。
(13年)

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↓すっかり更地になってしまいましたね。これから再開発なのでしょう。

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(15年)

↓BS-TBS 湯のまち放浪記「別府」では浜脇界隈の遊里跡を紹介。
当時の屋号も確認されました。

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↓画像真ん中辺りの空き地にはつい最近まで「てんぐや」という妓楼が在ったそうです。

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↓2015年再訪。
浜脇の妓楼は2015年10月、まだ残っていました。
遊里跡のネット情報は最近数あれど、情報古いと現在空地&駐車場の可能性大ですからね。
今後サブカルチャー等のご趣味で訪れる方は最新の日付画像に注意しましょう。
当方サイトの画像はクリックで撮影日時が確認出来ます。

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↓別府駅前通から、竹瓦温泉に抜ける路地裏、北浜界隈は別府の歓楽街。
スナック、呑み屋が軒を連ねる一画です。

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↓早朝の竹瓦温泉。人も疎らです。

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↓駅近くのピンク映画館。

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↓オマケ・パート2
今回の別府行程もさんふらわぁ別府弾丸。
遊里跡探索よりもフェリーしたかったのです。
早朝到着で杵築巡り、空き時間で別府探索。
別府再訪エリアも愉しめました。
此方は早朝の別府の町並み。

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↓2度目の別府弾丸、前回は名門大洋フェリー帰路1便だったので、夜景ではなかった。
画像では余り感じ取られませんが、出港して暫くは別府の夜景を満喫出来ます。
なだらかな別府温泉街夜景がとても綺麗でした。

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2003年5月21日・2013年3月9日・2015年10月7日

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東京都・八王子

東京都の遊里跡、八王子を探索してきました。
八王子遊廓の歴史はもともと宿場町だったこともあり、江戸時代には街道沿いの横山町、八日町に遊女屋が建ち並んでいたことが始まりとされています。
現在残る八王子田町遊郭跡は明治30年の大火により全焼してしまった街道沿いの遊女屋を市の北側の淺川沿いの一画に集められ、明治、大正、昭和と平均建坪200坪という大店が幅二十間の道に建ち並んでいたといわれています。
現在では大門通りに面した広大な敷地は倉庫や工場などに生まれ変わっていますが、唯一戦災を免れた八王子遊廓、現在も数軒残っている戦前の建物に当時の様子が伺えます(02年)。

2015年10月、ちょうど八王子に行く機会がありましたので、
一寸だけ覗いてみました。

↓田町界隈、大門の在った場所

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↓田町界隈の町並み(02年)

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↓かつては旅館か料亭だったと思われる建物。
残念ながら2014年1月17日火災の為焼失してしまいました。
「八王子 田町火災」で検索すると当時の模様がヒットしますね。

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↓2015年再訪。

↓田町界隈05/02/10

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↓現在は貸倉庫になっていました(05年)。

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↓2011年再訪。田町の一画は殆ど変わりはありませんでした。

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(2011年撮影・2014年火災の為焼失)

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(2011年)

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(2011年)

↓唯一名残を残しますね。

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(2015年)

↓火災の跡地はすっかり変わり、新しい建物が建っていました。
勘違いしていて倉庫と倉庫の間のこげ茶建物か新しく出来たのかと思っていましたが、
その左隣の建物のようでした。

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(2015年)

↓中町界隈
以前は待合いだった建物は現在料亭として営業中(05年)。

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↓営業をしていない料亭風の建物。

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↓隙間からちょっくら失敬

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↓中町界隈は路地も石畳風に舗装され、八王子黒塀通りとして観光案内されています。

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↓此方の案内板には花街は中町、遊廓は田町ときちっと記載されていますね。

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2002年2月7日・2005年5月21日・2011年11月10日・2015年10月22日

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大分県・杵築

大分県の遊里跡、杵築を探索してきました。
今回の遊里探索はネットでの前情報は全く入れていませんでした。

大分県の中ではまだ訪れた事のない杵築か豊後竹田か迷いましたが、
滞在時間の関係で杵築に決定。
まあ、今回は一般の観光を目的(フェリー乗船含む)としていたのでしたが、城下町という場所柄、
遊里が在っても不思議ではないという期待は多少ありました。

↓まずはお決まりの観光コース、酢屋の坂、塩屋の坂からスタートです。

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↓杵築城、お天気快晴でとても爽やかでした。

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↓さて、観光地図看板を眺め、何処かしら遊里風情を感じさせられる場所を探しましょう。
町名的には新地、新町、祇園、梅が枝などの町名が可能性大。寺社仏閣の参道も含みます。

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↓富坂界隈。観光マップには載っていませんがレトロな洋館、文具店がありました。

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↑↓此方の「柳家」さんは結構立派な佇まい。
仕出しやも兼ねていたようですね。

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↓ショーウインドウ?の中も中々レトロです。
ちゃんぽん650円というのも気になりましたが、
何かあまり営業している様子もなかったんだよね。

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↑↓逆光写り込み入って失礼致します。

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↓折角なので八坂神社にも訪れ。
玉垣チェックでしたが参考となる物はありませんでした。

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↓それでは一番気になる場所に訪れてみましょう。
最初の観光看板地図に戻り、富坂上、八坂神社、礼の辻辺りを見てみると、
何となく区画が違う場所があります。
一寸気になる建物。
観光地図には「近藤家」と記載されている建物が見えてきました。

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↓近藤家というのは「近藤産婦人科」で、現在は廃屋になっています。
表玄関のファサードは洋風になっていますが、奥の和風木造三階建てが気になりますね。

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↑↓地図サイトで確認すると、産婦人科と奥の木造家屋は同じ敷地内でした。

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↓武家屋敷を案内されている方に、さり気なく伺ったところ、
どうやら杵築の遊里(遊廓)は此方の場所にだったようです。
それにしても立派な和洋折衷の建物ですね。

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↑↓木造家屋丸窓にバルコニー。
それも手摺り部分が、石かコンクリートの様にも見えます。
バルコニーからは海も望めた事でしょう。

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↓木造家屋のお玄関。初めは産婦人科棟と木造家屋とは別のお宅かと思っていましたが、
地図サイトによると同じ敷地内にあるようです。緩やかな下り坂です。

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↓お勝手口だったんでしょうね。

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↓勝手口から伸びる緩やかな下り坂を巡ってみました。
左の木造家屋が近藤家になります。

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↑↓ 火防(ひよけ)・火伏せの神として広く信仰された秋葉神社の祠があります。

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↓オマケ
今回も九州別府は南港からの弾丸フェリー別府でした。
杵築探索、別府温泉浸かり帰路。
画像は別府観光港到着前の日の出と停泊中のさんふらわぁ こばると。

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2015年10月7日

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