花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

東京都・新宿ゴールデン街

東京の遊里跡、新宿ゴールデン街を探索してきました。

2017年再訪。

ビデオ「近代庶民生活誌・赤線」によると、新宿犇めく歓楽街の中で一箇所の赤線と八箇所の青線と紹介されています。赤線は勿論新宿遊廓の名残で、現在の新宿2丁目、といっても戦災に遭っているのでエリアとしてはもっと東側、末廣亭から現2丁目の三社稲荷神社(現存せず)までが赤線に囲まれた範囲だった。
このゴールデン街は許可されていない所謂「青線」で、通り名が「カンラク街」と「花園街」に分かれている。
建物自体は戦後のバラック造りのまま現在に残されています。

2010年にお借りしていた(店舗シェアリングで毎日店長が替わります)ゴールデン街店舗内部をちょっぴり紹介します。内装は多少変わっていますが、赤線時代の造りがそのまま受け継がれています。

↓2010年の新宿ゴールデン街の町並みと旧あんよ(現・無銘喫茶)の店内。
1階はバーカウンター。かなり年季がはいっています。良く言えばレトロな雰囲気のバー。

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↓入口から2階へ上る階段があり、現在冷蔵庫が在る場所は覗き小窓があったかも知れません。
しかしながら、不思議なことに他の店舗は1階と2階に分かれて別々の店舗があります。
元々此所には壁があったようにも思えます。

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↓2階から1階を見ます。

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↓2階の部屋です。3階へ上がる階段があります。

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↓以前は襖か障子が入っていたのでしょうか?

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↓3階から2階を見ます。現在は倉庫になっていますが、2階が居住空間で3階がいわゆる「ちょんの間」なのでしょうか?

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2010年6月4日


↓2006年のゴールデン街の町並み。店舗屋号は変わっても町並みは殆ど変わっていません。

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↓ゴールデン街にも数店の店舗で簡易料理店の鑑札を見ることが出来ます。

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↓昭和30年代の新宿界隈地図

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2006年11月9日

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