花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

愛知県・豊橋

愛知県の遊里跡、豊橋を探索してきました。
「全国遊郭案内」によると豊橋の遊廓は郊外の東田(吾妻遊廓)にあり、東海道吉田宿以来の遊女町が明治の末に遊廓になったとある。貸座敷五十六軒、娼妓四百九十五人と記載されている。





2017年再訪してきました。

2005年3月24日・2017年7月28日


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新潟県・新潟・新発田

新潟県の遊里跡、新潟、新発田を探索してきました。
「よるの女性街・全国案内版」では、市街中央を貫く東堀と西へ流れる西堀に挟まれた古町、東堀通、西堀などに置屋五十八軒、芸者百七十八名とある。


2017年再訪。

~~2016年5月再訪。古町界隈は殆ど変わらぬ佇まいでした。~~

↓初三郎の鳥瞰図のも描かれている料亭鍋茶屋です。当時は堀割に囲まれていました。

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(06年)

↑↓鍋茶屋

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(06年)

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(16年)

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(16年)

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(16年)

↓古町界隈の町並み

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(06年)

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(06年)

↓西堀通に在る三業会館

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(06年)

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(06年)

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(06年)

↓十四番町界隈
古町通り、商店街を抜けると不自然に道幅が広い一画になります。

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(06年)

↓商店街から浄信院を眺めます。
十四番町遊廓が出来たのは明治31年、此所からの風景は絵葉書にも新潟遊廓として残っています。
(筑摩書房・遊廓をみる参照)

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(06年)

↑↓殆ど変わりのない町並みでした。
変わったといえばセンターラインが無くなっていました。

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(16年)

↓浄信院を背に十四番町を眺めます。「赤線跡を歩く・青本」の古い妓楼は無くなっていました。

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(06年)

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(16年)


↓十四番町浄信院参道に数軒の旅館が残っています。

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(06年)

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(06年)

↓寄附町界隈の町並み
「赤線跡を歩く・青本」に載っている寄附町の建物です。

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(06年)

↓横から眺めてみました。

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(06年)

↓2016年5月、廃屋のまま取り残されていました。
お隣には新築のお宅がありますが、今にも崩れそうな雰囲気です。

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(16年)

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(16年)

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(16年)

↓本町界隈近くで見つけた成人映画館。

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(16年)

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(16年)

↓新潟駅前、ビルに囲まれた小路がありました。

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(15年)

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(15年)

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(15年)

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(15年)

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(15年)

↓オマケ・新潟探索後、新日本海フェリー「あざれあ」乗船。
敦賀に向かいました。




☆新発田界隈の町並み
全国遊廓案内によると新発田遊廓は駅より西へ十三丁、「神明社前」で下車するとある。
貸座敷十九軒、娼妓百十八人記載あり。
↓新発田「明神前」で見つけた料亭と思われる建物です。

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(06年)

↓アーケードがちょっと邪魔ですね。

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(06年)

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(06年)

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(06年)

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(06年)

2006年4月27日・2015年11月13日・2016年5月15日

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東京都・立石

東京の遊里跡、立石を探索してきました。




2017年再訪。

亀戸で罹災した業者の一部が移転してできたシマで、戦時中の昭和20年6月に民家を改装して営業を開始されたという。終戦後は進駐軍向けの慰安施設(RAA)に指定された(赤線跡を歩く・赤本記載)。
↓立石を最初に訪れたのは2004年でした。今回8年ぶり再訪。駅前再開発反対ののぼり旗が随所に経っているが、駅前の町並みが殆ど変わっていないのには少々驚いた(04年画像)。

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↓立石界隈の町並み(2012年)

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2004年4月29日・2012年2月17日・2017年6月12日

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