花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

茨城県・那珂湊

茨城県の遊里跡、那珂湊を探索してきました。
江戸時代から続く大洗遊廓は吉原、潮来と並び、関東三大遊郭としての誇りがあり、その格式は天下に響いていたという。その大洗遊郭が那珂湊と久慈浜に分散、二つ合わせて約百軒、四百名というのだから相当のものだったであろう。

↓常磐線勝田駅から湊線で約10分。那珂湊は江戸時代には舟運で栄えた町でしたが、鉄道の開業後、舟運が寂れてしまいました。現在も乗降客は疎ら、近くのお魚市場にはマイカーでの買い物客で賑わっていました。

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↓「跡」探索には地元の商工地図が結構役に立ちます。旅館や料亭、飲み屋街が当時の歓楽街の目印になります。

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↓現在は賑わった当時の面影は殆ど残っていませんでした。
唯一、湊公園の麓、天満宮の参道界隈に飲み屋街が残っていました。

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↓趣のある建物。現在は倉庫になってるようです。

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↓那珂湊と大洗を結ぶ海門橋。大洗遊郭が在ったと思われる祝町まで歩いてみましたが、面影は全くありませんでした。数軒の観光旅館と水族館アクアワールド大洗に変わってしまったのでしょうか。大洗から那珂湊を望みます。

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2008年8月7日
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