花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

山形県・上山・赤湯・米沢

山形県の遊里跡、上山、赤湯、米沢を探索してきました。
福島から米沢行きの奥羽本線は、山形新幹線を除くと時刻表が薄い路線です。秘境駅で有名な「赤倉駅」もあり、途中下車もままならぬ路線、ノンビリゆっくり18きっぷでまわってきました。
昭和30年代の「よるの女性街・全国案内板」上の山では置屋九軒、芸妓三十二名とあるが、全般的にはそば屋にも駄菓子屋にも置いているといった酌婦だったと記載されています。

↓かみのやま温泉街入口アーチと緑色豆タイル柱の建物。新湯界隈には温泉旅館が並びます。

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↓緑色豆タイル柱の建物は以前は映画館だったと思われ、入口付近に券売窓口がありました。
現在はお花屋さんの倉庫になっています。

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↓緑色豆タイル柱の建物の裏は呑み屋になっていました。

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↓仕出屋の建物

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↓緑色豆タイル柱の建物の路地裏には仕出屋、和洋折衷の旅館、栗川稲荷神社に続く参道参道があります。路地裏歩きが愉しい一画です。

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↓和洋折衷の旅館。

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↓現在は営業していない旅館と思ったのですが、
此方は旧館。新館は営業中で従業員の寮的な建物になっているようです。

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赤湯界隈
↓赤湯の温泉街は駅より3キロほど離れていて、バス路線も余りないようだった。時は夕刻、歩き疲てきたのでタクシーにて温泉街へ。ひと通り温泉街を探索してみる。旅館自体が点々としていて余り温泉風情が感じられない温泉街だった。メインの道路を挟み、旅館街とは反対側に歓楽色のある呑み屋街が在りました。

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↓空き地も目立ちます。

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米沢界隈
↓2008年7月、18きっぷ「跡」探索。福島、山形をまわり、宿は米沢に宿泊。
翌日早朝より米沢福田遊郭跡を探索します。
福田遊郭跡、区画に名残があります。

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↓相生町の当時の区画だったと思われる一画。

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↓現在は営業していない旅館がありました。

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↓一画の外れに在った小さな祠

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↓相生町から町の中心街へ探索します。

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↓現中央町界隈には歓楽街的呑み屋が軒を連ねています。

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↓「吉亭」江戸時代末期から商家を営んでいた吉澤家の建物、現在は料亭になっています。

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↓こちらも探索中に見つけた趣のある料亭。

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↓米沢駅前の「音羽屋本館」明治三十四年創業の老舗旅館で、こちらの建物は昭和十二年築。
和洋折衷の建物になっています。

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↓早朝米沢「跡」探索は5時より朝食前の約2時間6キロでした。
夏場の跡探索は早朝に限ります。帰路はさすがに新幹線利用です。

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2008年7月31日・2008年8月1日
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