花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

青森県・野辺地・大湊・田名部

青森県の遊里跡、野辺地、大湊、田名部を探索してきました。
↓「全国遊郭案内」によると、野辺地遊廓は東北本線野辺地駅より北へ三丁、乗合自動車金沢山口屋前とある。金沢町は駅よりもうチョイ離れているような気もするが、ネットで調べた「大万旅館」を目標に地図を片手に15分程歩く。全国遊郭案内に記載されている妓楼名の中に「大万楼」の名があるので、転業旅館だったかもれない。
当時妓楼数十三軒、娼妓三十人記載あり。

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↓現在は休業してしまっている「大万旅館」は明治時代の建造物。最寄り駅は北野辺地駅だが(昭和33年開業)、
大湊へ行くための列車「快速ジョイフルトレイン下北号」を利用するため、数枚の画像を撮り再び野辺地駅へ。
小雨降る初冬の北東北は寒かった。

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大湊界隈
↓「全国遊郭案内」によると、妓楼数十軒、娼妓約三十人とある。規模的には野辺地と同じくらいと思われる。天気は傘を差すほどではないが、鈍より曇り空。駅より徒歩10分程の所に現在は廃業された石造りの料理屋か妓楼のような建物が在る。

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↓建物の脇が「一番坂」と呼ばれる坂で、坂を登り切った所に常楽寺がある。

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↓坂の回りは殆ど建て替えられているが、一軒の立派な木造家屋がありました。

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↓逆方向から撮影。大湊湾を望みます。

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↓大湊駅前の小路に呑み屋街がありました。

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↓駅前旅館もレトロな雰囲気。

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田名部界隈
↓「全国遊廓案内」によると田名部遊廓は貸座敷三軒、娼妓十五名とある。現在の田名部では遊廓の名残は見つけることは出来なかったが、田名部神社を囲むように呑み屋が軒を連ねているのには驚いた。そのひとつひとつに小路の名もある。

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↓現在の最寄り駅は下北駅だが、平成13年下北交通大畑線廃止までは鉄道路線が在った。下北駅より三キロ弱。

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↓今回の下北半島跡探索の旅、大湊線は時刻表も薄く、効率的に回るには苦労をする。
時期的に初冬、日の傾くのも早く、曇り空ゆえ3時半位には辺りは暗くなる。

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↓大湊が先か田名部が先か、迷ったあげく駅より近い大湊を先に選ぶ。運良く大湊から田名部行きの路線バス(1日4本・14:02発)があり。田名部に向かうことが出来た。

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2009年11月11日
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