花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

石川県・小松

石川県の遊里跡、串茶屋を探索してきました。
串茶屋民俗資料館
↓観光化されておらず、この資料館(右の建物)も無人。「見学希望者は管理人さんに電話をしてください」の張り紙。電話をすると5分ほどで鍵を持った管理人さんが自転車で来てくれました。

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↓この串茶屋遊廓は戦後の売春防止法以後は酒屋として営業、そして現在の資料館になりました。

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↓全盛を極めた文化・文政の時代、京都の島原の風習を学んだことから、資料館内部はかなり立派な建物です。欄間などにも工夫が凝らされ、遊女の手紙、証文書、お道具などが展示されています。

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↓狩野派の絵画を天井に描かれた客室。

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↓当時の面影を残す建物。屋号は「山屋」という。資料館隣の建物。
資料館チラシの写真では見事な松の木(馬つなぎ松)に覆われていたが、松食い虫にやられ現存せず。

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↓串茶屋町で当時の面影を残す建物は、資料館を含め三件が残っています。
当時の屋号は「駒屋」という。

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↓資料館管理人さんに色々と説明してもらい、
数百メートル離れている「遊女の墓」までも自転車で先導して頂きました。

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↓無縁仏と「茶問屋」寄進六地蔵

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2003年11月6日
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