花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

北海道・函館

北海道の遊里跡、函館を探索してきました。
「よるの女性街・全国案内版」によると赤線は駅前大門通りの裏に十七軒、娼妓六十三名とある。2010年に再訪、大門裏手の小路は跡形も在りませんでした。
↓大門界隈の町並み(03年頃)

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↓正面に「あかしあ通り」のアーチが見えます。

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↓大門界隈(電停松風町)の飲み屋小路は殆どが取り壊され、更地、駐車場になっていました(10年)。

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↓唯一名残はパネルになった当時の風景。

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↓商業地図パネルもありました。

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↓中央に残る建物が市電通りに面している建物一棟。ポツンと残っています。

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↓大門仲通り(03年頃)

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↓大門界隈(2010)

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↓蓬莱町界隈の町並み(03年頃)

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蓬莱町銀座通りの町並み(03年頃)
↓ホテル中央荘

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↓「ホテル中央荘」は看板が取り外され廃業していました(10年)。

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↓「ホテル中央荘」玄関付近

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↓質屋のある路地(03年頃)

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↓船見坂の銭湯

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↓常磐坂界隈

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↓湯ノ川温泉の銭湯

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03年頃・2010年1月14日
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