花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

北海道・帯広・釧路

北海道の遊里跡、帯広、釧路を探索してきました。
今回の北海道は陸路利用、2011年台風12号、13号の影響で往路の北斗星は運休。当日夜青森まで行ったものの、翌日は函館~札幌間の北斗が午後14時まで運休。出鼻をくじかれましたが、翌日からはお天気も良く探索実行。この二ヶ所の他、網走、根室も探索することが出来ました。
↓「全国遊廓案内」によると貸座敷は八軒、娼妓約四十人とあるが、「木賊原遊廓」とは別に駅に程近くの青線が流行っていたという。「赤線跡を歩く・完結編」での帯広の飲み屋街は現在でも残っていた。

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↓帯広の一大歓楽街は駅から程近く、西一条、西二条辺りにススキ野を小さくしたような呑み屋が集まるビルが建ち並ぶ。其所からさらに1キロ、帯広川の手前に長屋式の呑み屋小路があった。

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↓呑み屋小路は平行して二路地あるが、ひとつの小路は休業中の店舗が多い。

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↓西二条通りとは反対側の入口、遊楽街の看板がある。

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↓裏側から見た様子。駐車場になっていました。

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↓夕刻の帯広川を西二条通りから撮影。

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↓帯廣明神大社参道。木賊原遊廓は更に西側、木賊原通りにあったようだが、今回は探索出来ず。雰囲気からすると、名残は何も残っていないような気がした。

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釧路界隈
↓「全国遊廓案内」によると、釧路に遊廓が置かれていた米町は駅より約3キロほどの距離、貸座敷十八軒、娼妓約百五十七人とある。現在では整備され名残もなさそうなので、駅に近い現歓楽街の栄町を探索することにした。

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↓細い小路に呑み屋が軒を連ねる。貸店舗貼り紙も多い。

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↓一画が全て取り壊され、更地になっているので小路が小路でなくなっています。

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2011年9月8日
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