花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

東京都・柳橋

東京の遊里跡、柳橋を探索してきました。
神田川が隅田川に落ちる柳橋。江戸末期からの花街で、柳橋の袂にあった亀清楼(現在はビル料亭)をふりだしに、隅田川湖畔に料亭が軒を連ねていた。

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↓平成十一年、料亭「いな垣」が休業

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↓昭和三十年代頃、芸妓四百人いたという柳橋も現在は殆ど名残は残っていない。
唯一料亭の名残を残す「傅丸」。

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↓名残は殆どなくなっているが、料亭風の名残のある建物は所々に見受けられ、路地裏探索の愉しみがある。

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↓ビルとビルの谷間にちょこっと望む建物だったり。

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↓総武線から望める料亭風の建物は・・・。

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↓リフォームでごく普通の建物だったりもする。

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↓石塚稲荷の玉垣、妓楼の屋号を見るのも愉しい。

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↓石塚稲荷神社

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↓柳橋の旧料亭街からはちょっと離れますが、駅近くの居酒屋、この様なファサードが個人的に好みです。

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↓ちょっとアップで・・・。

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2006年2月23日・2012年2月12日
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