花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

愛知県・衣浦温泉

愛知県の遊里跡、衣浦温泉を探索してきました。
かつては名古屋の奥座敷、風光明媚な海岸線にも恵まれ、
歓楽温泉街として名を馳せた遊里です。


2016年9月、8年ぶりに再訪してきました。90秒程の動画にまとめてありますので、
宜しかったらご覧ください。
(03年画像と重複していますがその点ご了承ください)

↓以前は「衣浦温泉」と書かれていた温泉街へのアーチ、
現在は「新川本町」と書き換えられている。

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(08年)

↓転業旅館が集中している一画、旅館は殆ど廃業している。
辺りは住宅街になっていて、歓楽温泉街だったという面影だけが残る。

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(08年)

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(08年)

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(08年)

↓唯一現在でも営業をしている旅館「すゞ本」、旅サイトで宿泊予約可能でした(08年)。

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(08年)

↑↓「すゞ本」の別玄関

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(08年)

↓玄関脇にプレートが掲げられていました。

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(08年)

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(08年)

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↓「清元」の玄関

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(08年)

↓「清元」の鑑札

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(08年)

↓現在でも残る雪洞のひとつ。実際にこの衣浦温泉に温泉が湧いたか湧かなかったかは別として、当時の一大歓楽温泉街だったことは確かなようだ。温泉はあくまでも添え物だったのだろう。

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(08年)

↓旅館「清元」と「翠扇」現在は廃業しています。

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(08年)

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(08年)

↓衣浦温泉は昭和30年代後半から海を埋め立て、どんどん海が沖に進み、取り残された歓楽温泉街の残照が現在でも残っている。 この衣浦温泉は時代と共に置き去られてしまったのです。

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(08年)

2008年7月24日・2016年9月1日
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