花街ノスタルジア

新宿の遊里跡にて四半世紀場末の呑み屋を開いていたこともあり、全国津々浦々の花街、遊里跡巡りに填っています。負のイメージからか文化財として残されることもなく、取り壊されて、消えゆく遊里の建物に惹かれます。

兵庫県・飾磨・高砂

兵庫県の遊里跡、飾磨、高砂を探索してきました。

飾磨町界隈の町並み
「全国遊廓案内」によると、飾磨町遊廓は貸座敷十軒、娼妓六十名とあるが殆ど名残は在りませんでした。
↓案内情報だと飾磨港駅南へ約一丁とある。飾磨港駅は廃駅でもっと海側に位置し、現みなとドームになっている。当方の勘違いで山陽電鉄飾磨駅界隈を探索してしまいました。

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↓駅から100メートル程の所に旅館が在りました。

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↓旅館の隣は銭湯「藥師湯」、旅館とは繋がっているようです。

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↑↓旅館を裏から見てみました。

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高砂界隈の町並み
↓「全国遊廓案内」によると貸座敷五軒、娼妓六十四名と記載されている。
駅前にはアーケードが残っています。遊廓が在ったとされる次郎助町はこのアーケード界隈になります。

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↓光守大神

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↓玉垣の正面左右対称に「高砂料理屋組合」「高砂芸妓組合」と刻まれています。

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↑↓高砂芸妓組合事務所

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↓この界隈が以前、遊廓、花街だったという札が掲げてあります。堀割に囲まれていたようですね。

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↓レトロな銭湯「梅ヶ枝湯」が在りました。

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↓銭湯を裏から見た風景

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↓商業地図

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2007年11月15日
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